落穂

高校時代の同じ部活だった友人に招待された合コンで出会ったのが、実穂さんだった。

とても美人で明るい人で、こんな人がちょっとでも僕に興味を持ってくれたのは奇跡のようだ。

彼と同じ会社に勤めているんだから優秀なのだろうし(合コンに出ていた彼女の同僚も優秀だと言っていた)、名前からも良い家庭に生まれ育ったことが窺える。

「みほ」という呼び名なら、「美穂」という字を当てることが多そうに思う。なのに、彼女の親は「美しい穂」でなく「実る穂」という字を付けた。その思いに僕は感動した。(勝手な思い込みだけど)


メールアドレスを交換して何度かやりとりし、初めてデートする場所を決めることになった。

僕が住んでいる場所は山手線の目白駅が最寄り駅で、彼女が住んでいるのは神奈川県の近く。

合コンが開催された場所は山手線圏内だったので、彼女はずいぶん遠くから来ていたことになる。

だから、次に会う場所は彼女が遠くまで行かなくてもいいように、彼女が住んでいる市にしようと思ったのだが、断られた。

池袋の水族館とか浜松町の劇場とか思い付いたんだけど、それも断られ。

彼女は新宿が良いと言った。(路線からして、新宿が行きやすかったのだろう)


でも僕には新宿に嫌な思い出があり、近寄りたくなかったのだ。


・・・


あれは、就職して2年目のことだ。

僕の仕事場は、山手線の目黒駅からバスに乗って数分という場所にあった。(目白から目黒へ通っていたわけだ)


その日は仕事にトラブルがあって忙しく、帰りは終電間際になってしまった。

バスはとっくに運転終了していたので、僕は走って目黒駅に向かった。が、終電には間に合わなかった。

そこで僕は、歩いて帰ることにした。

経験上、1駅進むのに、電車なら2分、自転車なら5分、徒歩なら15~20分。2時間も歩けば辿りつく計算だ。

(なにせまだ就職して間もない新人で、お金もあまり持っていないから、タクシーを使う案は早々に却下だった)

まさに若気の至り。


道は知らなかったが、ほぼ山手線沿いに歩けばいいので、迷いはしなかった。

そして新宿を抜けようというとき。強盗に遭った。


2人組の男に背広のネクタイを掴まれ、暗い脇道に引っ張り込まれた。

脇道に繋がる通りにはタクシーが行き来していたものの、助ける為に止まるようなタクシーなど無い。

僕はなんとか強盗を振り切って逃げ出したが、眼鏡を落としてしまったし、お気に入りだったネクタイも駄目になった。


それ以来、僕は新宿には行かなくなった。

(結局、眼鏡や背広の代金を考えればタクシーに乗った方が安かったろうし、嫌な記憶を持ち続ける事にもならなかったはずだ。

強盗未遂ですらこんな嫌な気持ちを抱えるのだから、本当の犯罪に遭った被害者の気持ちは、もっと酷いものだろう…)


・・・


こんな話を、いきなり彼女に話せるわけもなく。

どうしたものかと悩んでいる内に時間だけ流れ、そのまま彼女とは疎遠になってしまった。

まったく残念なことだ。


新宿に嫌な思い出さえ無ければ…。

僕は新宿がもっと嫌いになった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新宿が嫌いな理由 真田 了 @sanada-ryou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ