どんなチョコもやっぱり美味しい

File6.川村みどり(18)


「昨日はありがとう!」


 小野くんから貰ったチョコを食べ終わった頃に、そう言って宮田さんが教室に入ってきた。


「お菓子作りのお礼になるかわからないんだけど…バレンタイン限定のカップルパフェ一緒に食べに行かない?」


 思わずキョトンとしてしまう。


「緑川くんと行かなくていいの?」


 少し驚いた顔をした宮田さんを見て、自分が無神経なことを言ってしまったと気がついた。体育であんなことがあったから、ちゃんと渡せていないかもしれないのに。


「緑川はさっきお母さんが迎えに来て帰ったよ。それにこのパフェは川村さんと食べたいの!」


 美味しそうなんだよ、と楽しそうに話す宮田さんを見てほっと胸をなで下ろした。

 よかった。どうやら気にしていないみたい。


 ◇


 カップル限定だというパフェは、2人組なら男女でなくても注文できるようだった。


「お待たせ致しました」


 目の前に運ばれてきたパフェは、ハートのチョコやポッキーがトッピングされていてとても豪華だ。

 それにしても大きなパフェ。2人で食べ切れるかしら。そんな私の心配をよそに宮田さんはパクパクと食べている。


「美味しいね〜」


 宮田さんはそう言うけれど、正直あまり味がわからない。まだ喉の奥の方に小野くんから貰ったチョコレートが残っている気がした。だから甘いパフェを食べているはずなのに、口の中は少し苦い。


「私マカロンが好きなんだけど」


 トッピングの1つであるマカロンラスクを食べながら宮田さんが言った。


「マカロンと言えばフランスだよね」


 ドクンと心臓が嫌な音をたてる。


「あいつパリに行くらしいね」


 息が苦しくなった。宮田さんは何も知らないから仕方ないとは思うが今の私にその話題はタブーだ。


 聞きたくない聞きたくない。何も話さないで。相槌あいづちも打てないから。きっと今、私、ひどい顔してる。せめてこんな表情を見られないようにと視線を床に向けた。


 そんな私の心境なんて知らぬまま宮田さんが話を進める。


「大人になったら、小野に会いに一緒にパリ行こうよ。あいつ私の料理センスバカにしてくるからさ、こんなに美味しいお菓子作れるようになったんだぞって、パティシエの舌唸うならせてやりたいんだよね」


 ………え?

 何を言っているんだと驚いて顔を上げれば、宮田さんは私を見て優しく微笑んでいた。


 まるで全て知っているような口ぶりだった。


 もしかして彼女は全部知ってて今日パフェを食べに行こうと誘ってくれたのだろうか。緑川くんじゃなくて私を連れて。


「だからさ」


 宮田さんが可愛くラッピングされた袋を差し出してきた。渡された袋を開ける。


「これ…」


「私のお菓子が美味しくなるまで一緒にそばで見ててほしいな。そんでもって家庭科室でお菓子作りした後は、今日みたいにカフェへ行ってパフェ食べようよ」


 中には昨日作っていたトリュフチョコが入っていた。


「私にもくれるの?」

「川村さんに食べてみてほしいの」


 促されるまま口に入れた。途端、ナッツの香ばしさと濃厚さが舌を刺激する。これピスタチオだ。外見はココアパウダーで覆われていて、普通のトリュフチョコと同じだったから分からなかったけれど、断面を見れば綺麗なライトグリーンだった。


「どう?美味しい?」


 そわそわとした様子で宮田さんが私の反応を伺っている。


「すごく美味しい!」


 昨日の料理からこんなに進歩するなんてすごい!ピスタチオの風味も良くてパクパク食べてしまう。


「良かったー!昨日帰ってから1人で作ってみたんだ。川村さんにお礼がしたかったから」


 そう言って嬉しそうにはにかむ宮田さんの目の下には薄いクマができていて、細い指に巻かれていた絆創膏はさらに増えていた。


「ありがとう、嬉しい」


 いつの間にか喉の奥の苦さがどこかに消えていた。今は口の中にピスタチオがめいっぱい広がっている。


「でもなんでピスタチオなの?」


 私の問いに宮田さんがしたり顔をする。なぜ?


「抹茶は緑川って決めたからアレだったんだけど、川村さんもみどりでしょ?」


 だからだよ、と宮田さんは悪戯いたずらな笑みを浮かべた。


「さあさあさあ、私のチョコもいいけどパフェも食べよう!溶けちゃう前に」


 もしかして昨日彼女が言っていた"特別"の中に私のチョコレートも含まれていたのかしら。そうだとしたら少しむず痒い。


「はい、あーん。みどり」


 差し出されたスプーンを口に含むと、冷たいチョコアイスと共に甘酸っぱいフランボワーズの味がした。

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ほわいとみるくびたー 吉祥 昊 @soi_03

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