君色に染めた
File6.緑川ひびき(18)
目を開けると真っ白な天井が広がっていた。
俺は何故か保健室のベッドで寝ていて、そしてまた何故か椅子に座った宮田さんがベッドに上半身を預けて眠っていた。
おかしいな。確か小野と一緒にチョコレートまんを食べてたはずなんだけど………。
それにしても先程から頭が少し痛む。不思議に思って額に手を当てると、包帯のようなものが巻かれていた。
「あれ、俺…」
そうだ思い出した!体育のときに宮田さんにボールが当たりそうになったのを庇ったんだった。
さっきまで見ていた夢が妙にリアルだったから現実かと思った。ていうか昨日の放課後の様子そのまんまだったけど。
外からは生徒の声が聞こえてくる。まだ体育の授業中だろうか。
ベッドの傍らで眠っている宮田さんに目を向ける。
もしかしてこの子は心配して俺のそばに居てくれたのかな。
俺のことなんて気にしなくていいのに。
そう思いつつも自分の口元が綻んでいることに気づき、慌てて顔を引き締める。
「…これ」
そっと宮田さんに手を伸ばす。よく見ないと気づかない程度ではあるが、宮田さんの目の下にクマがあった。
「ん…緑川?」
「あ、ごめん。起こしちゃった?」
しまった。あんまり眠れていないのかなと思って、起こさないように気をつけようとした矢先、起こしてしまった。
「ずっと居てくれたの?」
「うん」
「ありがとう!でも俺のことは気にしないで、授業戻って大丈夫だよ」
元気だから、とそれを誇示するように腕をぐるぐる回せば、宮田さんがふっと笑った。
「もう放課後だから」
と宮田さんはそのまま椅子に腰を下ろしている。椅子のそばには2つ鞄があった。
「俺の鞄も持ってきてくれたの!」
「うん」
「ありがとう宮田さん!!」
そう言うと、宮田さんはクシャと顔を歪ませて俯いてしまった。
「え、えーどした!?俺何かした!?!?」
「私がぼーっとしてたせいで、緑川に怪我させて本当ごめん」
「気にしなくていいよ。俺が勝手に飛び出しただけだし!!」
「でも、」
責任感強いなあ。俺は本当に何ともないのに。
どうやったら納得してくれるだろうか。
「あ、じゃあさ、俺にもチョコください!それでチャラ!どう?お願いします!!!」
両手を合わせてお願いすると宮田さんは少し驚いた顔をしてぱちぱちと瞬きをした。
「緑川にまだ渡してなかったっけ?」
「もらってないよぉ!皆には渡してるのに俺だけ貰えてないからイジメかと思ったもん!」
「色々あって忘れてたかも。ごめん」
そう言って宮田さんは鞄から小さな包みを取り出した。そうこれこれ、皆が持ってたやつ!
「ありがとう!」
食べていい?と宮田さんの許可を貰う前に袋を開けると、中には緑…おそらく抹茶味のトリュフチョコが入っていた。
……あれ、確か皆にあげてたのは普通のチョコトリュフだった気がする。
「宮田さん、これ…」
俺のだけ皆と違うの?
そんなこと言えるわけなくて口を噤んでしまう。
「抹茶味………緑川だけ…」
その言葉が何を意味しているかわからなくて宮田さんを見つめる。でも彼女の表情は暗いままで、何を考えているのか全然分からない。
「俺単純だから期待しちゃうよ?」
宮田さんは一瞬頬を赤く染めたが、またすぐにさっきみたいな神妙な面持ちに戻っていた。
「今日は助けてくれてありがとう。そのチョコは緑川だけのものだよ。でも好きな人を傷つけておいて告白なんてできない」
宮田さんはそう言って泣きそうな顔をした。
彼女から貰ったチョコを1つ食べてみる。美味しい。甘いけど抹茶特有の苦味が少しあった。俺は男だからこれくらいの苦味がちょうど良く感じる。
「これ、俺色のチョコだね」
そう言って1粒宮田さんに渡した。その意図がわからないようでチョコと俺を交互に見つめるから、食べてと促した。
「俺、宮田さんのこと好きだよ。だからすぐ助けられた」
「え?」
「わからない?ずっと見てないと急に飛んできたボールから庇うなんてできないでしょ」
「…うそ」
「本当だよ。守りたくて守ったんだ」
ずっと好きだったんだ。宮田さんは気づいてないと思うけど。だから今すごく嬉しいんだよ。
俺のためにチョコを作ってくれたことも。
俺のことを心配して泣きそうな顔をしてくれていることも。
「宮田さんのこと俺に守らせてよ」
「……私はそう簡単に守られるような人間じゃないよ。それに私だって宮田のこと…」
宮田さんがふいっと横を向く。おかげで顔は見えなくなってしまったけれど、耳が赤くなっていることに気づいた。
「守らなくていいから、ずっと私のそばに居て笑ってて」
緑川の笑顔が好きなの、と笑う彼女の顔が世界一可愛いと思った。
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