食洗機、覗いてみたら…。

@ramia294

第1話

 食洗機をご存知でしょうか?

 食器を適当に並べて、洗剤を入れ、スイッチポン!

 ブザーが鳴ると、魔法の様に、食器がピカピカになっている、あれです。


 僕が、子供の頃には、あまり見かけませんでした。もしかしたら、お金持ちの方々は、使っていたかもしれません。

 僕が、食洗機を初めて持ったのは、自宅の台所に、ビルトインされていたものです。


 とても不思議で、どんな構造をしているのだろうと、覗き込みました。

 もしかしたら、スイッチポンで、食器洗いのおじさんが現れ、食器を洗ってくれるのでしょうか?

 おじさんは、食洗機のどこに住んでいるのでしょうか?

 挨拶くらいは、やっぱり必要でしょうか?

 何か差し入れぐらいしないと、手を抜かれてしまうのでしょうか?

 そんな事を考えていると、誰かが、僕を呼んでいる声が聞こえました。


『誰だろう』


 耳をすますと、はっきりと声が、聞こえます。


「はい」


 つい、反射的に返事をすると、僕の身体は、みるみる小さくなって、食洗機の中に、吸い込まれていきました。


「ようこそ、泡の国へ」


 気を失っていた僕が目覚めると、男の人が、にこやかに、立っていました。


「ここは?」


 立ち上がりながら、


「泡の国って、何ですか?」


 質問しました。


「はい。ここは、泡で出来た、泡の国。私たちも泡人間。私は、外の世界から来たあなたのお世話をさせていただこうと…」


『パチン』


 いきなりその男の人は、はじけて、消えました。

 びっくりしていると、足元の地面がプクプクと泡に変わり、ムクムクと盛り上がると、先ほどの男の人に変わりました。


「すみません。寿命でした。我々の寿命は、十分間です。あ、ご心配には、及びません。魂は、すぐに次の肉体を手に入れ蘇ります。もちろん全ての記憶は、“ほぼ”保ったままですので、あなたのお世話は可能です」


「寿命が、十分間?」


「はい。ここは泡の世界。我々は、泡ですから」


 僕たちと、姿も住んでいる世界も全く同じに見えますが、彼らは泡人間。

 寿命は、十分間。

 十分経つと、肉体は、はじけて消えます。しかし、その魂は、不死の存在。周囲の、やはり泡から出来ている土や岩や水から、自分の肉体を作り出す事が、出来ます。


 よく見ると、歩いている猫や犬も時々はじけて、消えますが、すぐに地面からムクムクと現れます。

 花だってはじけます。


 土や岩は、徐々に入れ替わっているらしく、肉眼では、確認出来きませんでした。

 カニは、十分間で出した泡が、身体を作る量になります。はじけても、自分の泡で元の姿に。

 永遠に同じ事を繰り返していますが、全ては、自己完結。

 この世界では、神の使いの様に尊敬されていました。


 世界は、とても美しく、平和で、優しさに満ちあふれていました。

 川辺の桜は、満開になると、樹ごとはじけて無くなります。無くなった場所からまた樹が、生まれて、大きくなり、花をいっぱいにつけ、はじけていきます。

 その間、十分間。

 少し忙しいですが、とても美しい時だけ、独り占めにした気分です。


 世界が、優しさに満ちあふれているのは、おそらく、いがみ合う暇が無いからです。

 生まれて、十分間で死ぬので、独占欲は生まれず、争いが生まれません。


 残念なところは、食事をする事がないということです。

 この世界で、僕は食事をする事が出来ませんでした。


「我々は、何度も蘇ります。しかし、誕生と死を、数え切れないほど繰り返していると、中には漏れてしまう記憶も出てきます。全ての記憶を持ちこすことが、困難になってきます。記憶を記録するために、我々に文字を教えほしいのです」


『パチン』


 そこまで言うと、彼は、はじけてしまいました。


『ムクムク』


 彼が蘇ると、僕は文字を教え始めました。


 あなたなら、どうやって教えますか?

 この世界には、紙もペンも存在しません。

 僕は、スマホを使いました。

 ヒラガナをひとつひとつ教えていき、次に小説を読んでもらいました。


 彼らは、十分間しかないので、長いお話は、読み切れません。

 短い物語を探しました。


 詩、童話、ショートショートの作者の皆さん感謝しています。

 そして、ゴメンナサイ。勝手に教材として、使わせていただいてます。

 短い物語でも良いお話が、いっぱい。最近の泡の世界には、感動の涙が絶えません。


 僕の友達。

 泡の世界の住人たちは、とても喜んでいます。

 十分間の人生。


 実は、大きな問題が。

 僕は、とってもキレイで、優しい泡人間の女の子に恋してしまいました。

 恋をするのも十分間。

 告白をためらっていると、すぐに寿命が尽きます。

 僕たちの唇が、重なる寸前に、はじけてしまう悲しい出来事が、数知れず。


 そんな事は、彼らにとって日常です。

 それでも彼らには、大切な人生です。どんな思い出も失いたくありません。 

 僕も彼女を失いたくありません。 


 泡の世界の住人たちは、短い物語の作者さんたちのおかげで、文字を覚えました。

 思い出を失わなくなりました。

 新しい世界を知る事が、出来ました。

 幸せが、大きく膨らみました。

 とっても感謝しています。


 そして、これからも、短くて、楽しい物語を泡の世界の住人たちは、歓迎しています。


 しかし、僕と彼女は、この先どうなって行くのやら。

 この恋、泡と消えるのでしょうか?


          

          終わり


 








 



 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

食洗機、覗いてみたら…。 @ramia294

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ