障害者雇用と工事請負契約~大手ハウスメーカー紆余曲折日記~

真山虎次郎

第1話 障害者雇用と工事請負契約

新卒入社から約7年間在籍した新築部門からリフォーム部門へ出向となった時の話しです。


新しく着任した特販リフォーム課の「リフォーム営業マン」として本格的に業務がスタートし、何とか初の見積り依頼を受けて外壁と屋根のリフォーム工事の商談に行きました。


今回は、その時に起こった感慨深い思い出話を綴ります。 



◆ 少しずつ馴染み始めてきた新会社


特販リフォーム課へ着任してから約2カ月が経過し、ようやく私も一緒に出向してきた同期の佐藤も少しずつ馴染み始めていました。


当時の特販リフォーム課は、「冷血でイヤミな柏木課長」や「強面の田岡係長」を筆頭に、かなり強烈なキャラクターが揃っている特別感がただよう異質な部署でした。


そのため、当初は一体どうなることやら…と、めちゃくちゃ悩んだものです。


そんな中、存在感のある田岡係長と仲良くなったこともあって、他の社員たちとも徐々に打ち解けていきました。


おかげで少しは働きやすい環境になってきたのですが、私が直面した最大の問題点は…


お客様からの反響がまったくないということでした。


特販リフォーム課は、大手ハウスメーカーの我が社が今までに累積何十万棟も建ててきた「自社の住宅以外」の建物を受注する課なわけで、営業マンの私としては致命的な問題です。


グローバル化が急速に進んだ現在であれば、インターネットを使ったSNSによる集客方法などいろいろな戦略が立てられます。


しかし当時は、インターネットもSNSもまだほとんど普及していませんでしたし、当然のことながらスマホなどもありません。


当時のトータルイノベーション株式会社では『総売上金額の約98%が自社住宅のリフォーム工事の売上』となっていました。


そのため、それ以外のリフォーム工事を受注しなければならない私と佐藤だけが、大規模人事異動で異動した同期たちの中で、最低の成績となっていたのです。


同社のリフォーム営業マンの半数以上は、すでにこの2カ月間で10件以上の契約を獲得していました。中には1000万円を超える高額契約を獲得している営業マンも存在しており、私と佐藤は完全にカヤの外といった状態でした。 



◆ まったく反響がない中で集客方法を模索する日々


柏木課長や田岡係長は、支店長や取締役の会社上層部から「お客様紹介カード」と呼ばれる顧客リストをもらって顧客を獲得したり、過去に担当した自分のお客様から紹介してもらったりと、自分の商談ネタに困っている様子はまったくありませんでした。


冷血でイヤミな柏木課長からは、


「トラジロウも佐藤もイイ加減に何とかしないとヤバイぞ!君たちの同期の半数はすで10件以上契約を獲得している。中には1000万以上の大型工事を受注している人もいるんだぞ!」


などと、常にプレッシャーをかけられ、私と佐藤は次第に意気消沈していきました。


もちろん、私にも以前からお付き合いしている新築時代のお客様や業者など、さまざまな繋がりはあったわけですが、『今まで携わってきた自社住宅のリフォームは契約できない』という、あまりにも残酷で大きな縛りがあるため完全に八方塞がりです。


そうはいっても「契約件数がゼロ」というわけにはいきません…。


私が2カ月間で獲得した契約は、実家のカギの交換35,000円の一件のみでした。


これってリフォーム工事の契約としてカウントしていいのか?


というところではありますが、とりあえず契約件数がゼロではなくなるので、実家に無理やりお願いして、カギを交換させてもらいました。(ちなみに私がお金を払いました…)


佐藤は実家の給湯器を交換して契約を取っていました。


そんな状況だったため、特販リフォーム課会議で柏木課長は、私と佐藤を集中攻撃してきたのです。


佐藤いわく、

「柏木課長は商談ネタがいっぱいあるんだから少しは俺らに回せってんだよ!」と激怒していましたが、当然、柏木課長に面と向かってそんなことを言えるわけはなく…


◆ 早朝から待機していると一本の電話が…


冷血でイヤミな柏木課長に、

「グループ会社や地域新聞にも特販リフォーム課の宣伝広告を載せてやってんだから、朝一は電話にシガミついて電話反響を獲得しろ!」


と、相変わらず強い口調で恫喝されたため、仕方なく私は佐藤と交代で毎朝早くから電話の前に張り付くことになりました。


しかし…


いくら電話の前に張り付いてもまったく電話は鳴りません。


と、諦めかけていた私の当番の日、朝7時過ぎに突然電話が鳴ったのです。まさかこんな朝一に電話が鳴るとは思ってもいなかったため、一瞬戸惑いました。


「お電話ありがとうございます!トータルイノベーション特販リフォーム課のトラジロウでございます!」


と、元気よく電話に出ると、すごく優しそうな女性の声で、


「すみません。ウチの外壁と屋根がもう古くて心配なので見積りに来てもらってもいいですか?」


と、いきなり外装工事の見積り依頼を獲得しました。


ちなみに外壁と屋根の外装工事は、まだこの会社のリフォームに慣れていなかった私にとっては大変オイシイ話でした。


一般的にリフォームの営業は、営業と現場監督を兼ねることが多く、建物内部をいろいろとイジル改装工事の場合、受注金額は上がってもあらゆる意味で難易度が高くなり、クレームや利益率大幅ダウン等、契約した後に地獄を見る可能性があります。


なので、外壁と屋根のリフォームだと手間が掛からないうえに契約金額が大きいので、まだ慣れていない当時の私としては大変ありがたかったわけです。


とりあえずは電話で可能な範囲まで要望を聞いて、翌日にお客様宅へ訪問することとなりました。



◆ 現地調査から4時間以上にも及ぶ商談に!?



翌日、依頼者である北川様(仮名)宅へ訪問した私は、熱烈な歓迎を受け、まずはリビングに通されました。


<北川奥様>

「トラジロウさんとおっしゃるのね!本当に今日はありがとうございます!もうウチは古いでしょう。雨漏りとか、もし何かあったら不安なので、この際全部直しちゃおうってことになったんですよ!」



と、あたかも契約することは決まっているかのような感じで話してこられました。



<私>

「こちらこそ!ごていねいにありがとうございます。大変恐縮でございます。まずは外壁と屋根の採寸や写真など、現地調査をさせていただいてもよろしいですか?ひと通り終わりましたら、概算の金額やリフォーム内容のご説明をさせていただきます。」


といって、約1時間近く現地調査を行い、その後、調査結果を説明しながら外壁や屋根をどのようにリフォームするのか、その場合は大体いくら位の金額で工事期間はどのくらいか?などをていねいに説明していきました。


60代位のご主人と奥様は、2人とも大変感心してくれ、深くうなずきながら熱心に私の話を聞いてくれました。


そして、せっかくだからキッチンやお風呂他もいろいろとリフォームしたいという話になり、外装工事が約300万円、キッチンやお風呂など水周り工事も追加され合計で600万円くらいの概算見積り金額となりました。


私は未だ特販リフォーム課の見積もりやその他システムに慣れていなかったため、予備費なども考慮して少々高めの見積もり金額を提示しましたが…


<私>

「一応、本日お伺いしましたご要望で見積りますと、だいたい600万円くらいになりますが…いかがでしょうか?」


と尋ねてみると、ご夫婦で顔を合わせた後にっこり笑って、


<北川様夫婦>

「わかりました。トラジロウさん、それでお願いします!」


と、即答でした。さらに、


<北川ご主人>

「ああっ、そうだ!印鑑が要りますよね?お金は?今日はいくらかお渡しした方がよろしいですか?」


と、何の迷いもなくスムーズに契約が進み過ぎる状況に、逆に戸惑った私は、


<私>

「いやっ!とりあえず本日は、現地調査と概算見積りの掲示だけですから…これから社に戻りまして正式に見積書を作成させていただきます。さらには外壁やキッチン等の仕様もしっかりとご説明できるような資料を後日お持ち致します。

それをご確認の上、ご了承をいただきまして、はじめてご契約となります。

ですので、本日はここまでで大丈夫です。」


と今後の流れを説明しました。


あまりにもスムーズに行き過ぎて少々不安になった私は、北川様夫婦に尋ねてみました。


<私>

「ところで、今回はなぜ弊社にリフォームの依頼をしてくださったんでしょうか?」


すると奥様が、


<北川奥様>

「実は、私たちの息子が御社で大変お世話になっているんです。息子は今30才になるんですけど、20歳の時にバイクで事故を起こして…それからずっと車椅子なんです。」


◆ 障害者雇用の理想と現実


<私>

「ということは…私と同じ会社で働かれているということでしょうか?ちなみにどちらの部署ですか?」


<北川奥様>

「息子が働かせていただいているのは、住宅関連事業部ではありません。建材事業部の事務系の仕事をしています。なので、実際にトラジロウさんと顔を合わせることはないと思います。」


<私>

「そうでしたか…そのような経緯があったんですね。それで弊社にお電話してくださったんですね。」


<北川奥様>

「息子が障害者になってから、いろいろと厳しい現実に直面しました。障害者枠で入社しても、ほとんどの会社でパワハラや差別などがありました。

結局、どの会社も長続きしなかったんです。

障害者枠入社の社員をまとめて汚い小部屋に詰め込んで嫌がらせをされたり…

極端に給与等の条件が悪かったり…息子は身体の障害だけでなく、精神状態も次第に脅かされていきました。

そんな時に御社の障害者雇用のことを知ったんです。

御社は障害者を差別せず、障害者に対してきめ細かく配慮された障害者雇用制度を確立していました。

そして、ようやく笑顔を取り戻した息子は御社でずっと働きたいと言ってくれるようになったんです。」



北川奥様は今までの柔らかく穏やかな雰囲気とはまた違った、何かオーラのある強くよく通る声で話してくれました。



<私>

「そうだったんですか…それは本当に良かったですね。現在、私の周りには障害者雇用で入社した人がおりません。なので、一部上場の大手企業なのになぜなんだろう?と思ったことはありましたが…ちゃんと大手企業として取り組むべきところに着手できていたんですね!」


<北川ご主人>

「今後とも本当によろしくお願い致します。もちろんリフォーム工事はお願いします。」



というわけで、600万円ほどのリフォーム工事を契約できそうということで少々ホッとしましたが…



なぜだかこの契約に見えない重さをズッシリと感じていたことは否めません。



1週間後を契約日と設定させていただき、その日の商談は無事に終わりました。


◆ 障害者雇用とリフォーム契約の行方


会社へ戻ってから、どうしたらいいか戸惑いました。


なぜなら、いざ契約は獲得できたものの、入社から2カ月間、今まで鍵の交換の見積り(そんなのは見積りとは言えませんが…)しか作ったことがなかったからです。


私が呆然としているところ…


<田岡係長>

「トラちゃん、オメデトウ!大きな改装工事が決まりそうなんだってね?!見積りとか手伝うよ!」


と、強面だけど、なぜか私にはやさしい田岡係長が手を差し伸べてくれ、何とか1週間後の契約に臨む資料一式を作成することができました。


そして迎えた1週間後の契約日当日。私の初の大型改装工事の契約を心配して田岡係長が同行してくれました。



北川様宅に到着した私と田岡係長。


北川様宅のドアをノックしましたが…、しばらく反応がありません。すこしイヤな感じがしましたが、今度はドアホンを鳴らしてみました。


しかし誰も出て来ません。それどころか、家の中に物音すら感じられなかったのです。


<田岡係長>

「トラちゃん、大丈夫?居ないんじゃないの…?」


心配そうに私を見つめる田岡係長。


しばらくすると、突然ドアが開き…

そこには前回とは打って変わった様子のご主人の姿がありました。



以前のやさしく穏やかな様子はなく…

終始無言のまま、淡々と家の中に導かれました。



リビングには奥様が思いつめた様子で、ひどくヤツレて静かに座っていました。明らかに何か事情があるとしか思えない重苦しい雰囲気です。


そんな中、どんよりした空気を打ち消すように、


<田岡係長>

「本日はご契約をいただけるということで、誠にありがとうございます。トラジロウの上司の田岡と申します。息子様も我々と同じ会社で働かれていると聞きまして、大きなご縁を感じるとともに、より一層気を引き締めてがんばらせていただく所存でございます。」


しばらくの間、沈黙があり…


得もいわれぬ重苦しい雰囲気が1分ほど続き、ようやくご主人が重い口を開きました。



<北川ご主人>

「つい3日前のことですが…息子は御社から正式に解雇通告を受けました。

もう息子と御社との関係はありません。」



あまりの衝撃的な発言に私と田岡係長は言葉を失いました。

しかし、どうすることもできません。


私は北川様夫婦に語りかけました。


<私>

「本当に…大変申し訳ありません。と言いますか、何と言ったらいいか…言葉が見つかりません。一体、なぜ…」


とてもリフォーム工事の契約ができる状態ではありません。田岡係長も空気を読んで私の顔を見てちょっと目配せをしました。


作ってきた資料一式を広げることもなく、カバンに詰め込み立ち上がろうとした瞬間、ご主人が話しかけてきました。



<北川ご主人>

「今回のリフォーム工事は予定通り御社にお願いします。」



あまりの意外な発言に、私も田岡係長もその瞬間、思考回路が完全にパニック状態に陥りました。


<私>

「北川様…本当にお任せいただいてもよろしいのでしょうか?今回のリフォームの件は弊社で働いていらした息子様とのご縁があってのリフォーム工事と認識しておりました。

そのため、正直…本当にお任せいただいてもよろしいものかと、戸惑っている状態でございます…」


すると、うつむいたまま今まで何も語らなかった奥様が、静かに重い口を開きました。


<北川奥様>

「私たちは先日、ていねいに対応してくださるトラジロウさんの人柄や言動を見て、この人にならお願いしたいと思って契約を約束したんです。

息子が御社で働かせていただいていたことは、もちろん大きなプラス要因ですが、それだけで決定したわけではありません。

もちろん私たちは大変ショックを受けました。でも…息子がリストラにあったのは誰のせいでもありません。

私たちは障害者雇用の面ではずっと裏切られ続けてきました。

だからこそ私たちは人を恨んだり、羨んだり、そして裏切ったりしないと決めているんです。

誠実にお話を聞いていただき、親身になって対応してくださったトラジロウさんに我家のリフォームをお願いします。」



あまりの意外な展開に、私も田岡係長も、奥様の深く澄んだ瞳の奥に吸い込まれていくような感覚でした。



初の大型改装工事契約を獲得した私は、契約の喜びよりも、奥様の放った重い言葉がしばらくの間ずっと脳裏に焼き付いていました。



その後、北川様宅のリフォーム工事は無事完了しましたが、最終的に障害者の息子さんと直接お会いする機会はありませんでした。


今でも北川様の一件はハッキリと覚えています。


障害者雇用は、国からの助成金が切れる2年前後のタイミングで、リストラされたり何かと理由を付けて差別等の迫害を受けたりするケースが実際は相当数あるようです。


私は過去に2社の一部上場大手企業で働いていましたので、障害者雇用で入社した人と何人か接したことがあります。


今回の北川様に関しては、契約後、一切息子さんの雇用や弊社の事情には触れなかったので、具体的にどういった状況で解雇通告を受けたのかは最後までわかりませんでした。


でも…


もし私が当時の北川様の立場だったら、息子が解雇された会社にリフォームを依頼することができただろうか?



あれから20年ほど経ちましたが…

今でも車椅子に乗った若い男性をみかけると、フッと北川様のことを思い出します。



【完】



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