幕間 比較的新しい誰かの記憶:1

 今更、失望することは怖くない。

 死ぬことだってきっと怖くない。


 私の魂に何の意味もないと知ること、ただそれだけが怖い。





「ねえ、市街地に着くまででいいですから! さっきみたいにあたしのこと、守ってくださいよー!」

「うるさ……」


 ボロボロのワンピースの少女が、歩みを止めぬまま、面倒臭そうに顔を顰める。重たい金髪が、周囲の音声をシャットアウトするように耳を隠した。サイズの合わないジャケットから除く指は、赤く汚れている。

 その後ろを、透き通った脚が、ふわりと軽やかに駆けて追いかける。


「助けてってばー!」

「……さっきのは別に助けたわけじゃない、たまたまそうなっただけ。別にあんたが生きてようが死んでようが、私はどっちだって良かったよ」

「でもあたし的にはちゃんと守ってもらえましたもん!」

「だからって、次もそうする義理があるとでも?」


 汚れたワンピースの少女は立ち止まって、もう一人の少女を睨んだ。

 睨まれた少女は、水色と銀色の混じる髪を横に振って、笑う。


「無くても、そこをなんとか」

「……しつこいなあ。そもそも、目の前で何体も殺した相手に、なんでそこまで食い下がれるの?」


 怖くないの、と問われれば、なんで? と返す。


「助けてもらったのに?」

「だから助けてない」

「助かったあたし本人が助かったって言ってるんだから、それはやっぱ助かったんだよ」

「……なに? あんたと話すと疲れそう」


 少女は再び、早足で去ろうとする。


「私みたいな通り魔に関わったって、ロクなことないから」

「あたしから見たら正当防衛だよ」

「変な言葉。暴力に正当も何もないのに」

「それが言葉のアヤってやつだよ」


 掴み所のない笑顔で、少女は得意げに言った。


「だからお姉さんだって、通り魔ってコトバで表現したら損な気がする。なんだろ、守る人。騎士、護衛、用心棒……用心棒ってかっこいいなー」

「どんな言葉を使ったって、中身が変わるわけじゃないでしょ」

「カタチから入って変わることだってあるって」

「……適当言わないでよ」

「あ、待って! いい言葉見つけた!」


 吐き捨てた言葉にも怯まず、少女は明るいトーンで叫んだ。


「ボディーガード!」

「は?」

「ボディーガードって言うのはどう? 通り魔より全然かっこいいよ」


 少女は茶目っ気たっぷりに指先でハートを作って、笑った。

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地底十番街のネオン 可惜夜アタ @atalayoata

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