SIDE 佐藤 千里

『さとちー』――私のペンネームだ。

 私の本名、佐藤さとう 千里ちさとをもじっただけの、なんとも安直なネーミングセンスだが、他にしっくりくるのがなかったのだ。


 私は昔から引っ込み思案な性格だった。

 そのため、友人と呼べる人は殆どいなかったと思う。

 唯一仲良くしてくれた人がいた。それが同じクラスの岡沢君だ。

 彼はいつも明るく、誰に対しても優しく接してくれるような人だった。そんな彼に好意を抱くようになったのは必然だと思う。

 でも、中々想いを伝える事ができなかった。


 そんな生活が続いていた中、ふと思い立ち小説投稿サイトへ作品を投稿した。

 自分と同じような地味な女の子がクラスの男子と仲良くなっていく、そんなありふれた日常を描いたものだ。

 最初は反応なんて期待していなかった。

 実際の話、これは私の妄想をそのまま小説にしたようなものだ。読者が求めているものとは大きく違うだろう。

 ただ、少しでも誰かの目に触れてくれればそれで良かった。

 しかし、それは思いもよらぬ形で実現してしまう事になる。


 ある日の事だ。

 放課後になり教室で帰り支度をしている時、岡沢君がスマホを落としてしまい、偶然私がそれを拾った時、見てしまった。


(あっ!? これ私の小説!?)


 思わず声を上げてしまいそうになったけど、すんでのところで飲み込んだ。

 何故ならその小説は……

『さとちー』

 そう作者名が書かれていたからだ。

 私は心臓の鼓動が激しくなるのを感じた。

 正直、私の小説はそこまで人気があるわけじゃない。むしろ、ほとんど閲覧数がないに等しい。

 だというのに、それを見ているのが、よりにもよって想いを寄せている人だったなんて……。


 その日から自分の作品を進める事ができなくなった。

 物語を進めて行って、彼にどう思われてしまうか、そればかりを考えてしまった……。


「もう、このままで良いかな?」


 部屋のベッドでそんな事を呟てしまう。そんな中、私宛に小説のコメントが届いていた。


『いつまでも続きを待っています。自分で続きを書いてVRで体験もできますが、あなたの物語が見たいです。』


 そんなコメントを見て、私は嬉しく思うと同時に罪悪感を感じずにはいられなかった。


「こんな私なんかの小説を楽しみにしてる人が居たんだ……」


 もしかしたら、このコメントは彼かもしれない……。

 そんな考えが頭を過ってしまう。

 そして、遂に決心した。

 私は自分の部屋にあるPCから、小説投稿サイトのマイページを開く。

 カタカタとキーボードを打つ音のみが部屋に木霊し、数時間後、全ての準備が完了した。


「よしっ!」


 大きく深呼吸をして覚悟を決める。

 そして、私はある事を実行した。

 コメントをくれた読者宛てにメッセージを送った――


『更新が終わりました。もしよろしければ、VRを使ってみてください』




 私もVR用のゴーグルを装着する。彼が……あの優しい男の子が同じ世界にいるのかと思うだけで胸が高鳴ってくる。

 今、私が体験しているのは登場人物視点の設定ではなく、第三者視点――つまり登場人物からは見えない幽霊の様な存在として自分の物語を追える設定になっている。


 そして、書き上げたシーン。

 下駄箱に入れた手紙で校舎裏に男子を呼び出し告白する場面になった。

 そこで、小説のキャラクター、『吉田 美幸』が勇気を振り絞り告白しようとするのだが……


「私……私……、あなたが……すき焼きです!!」


 そのセリフに思わず吹き出してしまった。

 何で!? すき焼きって! 確かに私の好物だけどさ!! それにしても、このシーンは色々と台無しだよね?  ああっ!?、顔が熱くなってきた。

 これって予測変換ミス……。そういえば勢い任せで添削してなかった!?


 私は、この続きを見る事が出来ずにVRからログアウトする事にした。

 その後、私こと、ペンネーム『さとちー』へ一通のコメントが届く。

 

『すいません。誤字があったので、報告します。誤字が直ったらまた仮想体験をしますので、続きを楽しみにしています』


 ――と。


「うああああああ!? やっちゃったああああああ!!?」


 私はそのコメントを見て、ベッドの上で悶え苦しむのだった。

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エターナる・ストーリーに小さな一歩を 柴田柴犬 @spotted_seal

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