8 あの国の上級種族

「なんで──」

「ほらさっき、俺と同調したじゃない。っていうか、同期シンクロと言った方がいいか。あれだけ重なれば、さすがに分かるよ。残るって言い出した時に、俺が反対しなかったのは紫月が神憑かみつきだって思ったからだよ」

「……神憑き?」

「神族に憑かれている人のこと。神族っていうのは、人やあやかしを越える超常的な存在の総称。都合良く神様って呼ばれている場合もわりとある」


 こともなげに鷹也は答えた。そして、少し呆れた様子で紫月を見る。


「もしかして、俺とシンクロしたのも、中にいる存在が何かも自覚なし? それでその同調体質って、まずくない?」

「そんなこと言われても……」


 全く自覚がない訳ではないが、あれがそうかという心当たりがある程度である。

 しかし、相手と自分の気が混じり合う感覚は、誰に対してもある訳ではない。そう、あるのは碧霧だけだ。

 すると、鷹也がふいに彼女の胸元で揺れるアメジストのペンダントを指先に引っかけ持ち上げた。


「あとさ、このペンダントは誰からのプレゼント?」

「え?」

「恋人? 中の存在とは別に、紫月と強くつながってる」


 今度は碧霧の存在を指摘され、紫月はたじろいだ。

 彼はどこまで分かっているのか。そこに長柄のような恐怖は感じないが、似たような鋭さに驚かされる。

 そんな彼女の気持ちを感じ取ったのか、鷹也が苦笑した。


「紫月ほどじゃないけど、俺も──ていうか、鬼斬自体が同調体質なんだよね」

「でも、普通はそこまで分からないでしょ」

「だから、シンクロしたって言ったじゃん。自覚がないってタチが悪いな。言っておくけど、ぐいぐい絡んできたの、そっちだからね」

「言い方──!」


 かっと赤くなる紫月を無視して、鷹也は興味深そうにペンダントを眺める。

 

「すごいよね。中にいるに持っていかれないよう、紫月を強くつなぎ止めている──彼氏って何者? ちょっと呼び出せる?」

「かっ、簡単に言わないで! 葵は阿の国にいるし、忙しいの!」

「ふうん、ね。彼女のピンチに助けに来てくれないの?」

「それより、早く! これからどうするつもりなの??」


 紫月は鷹也の手からペンダントを奪い返し、一方的に話を打ち切った。まるで丸裸にされる気分だ。

 鷹也は無自覚なこちらを「タチが悪い」と言うけれど、無邪気な鷹也も大概にタチが悪い。

 鷹也は紫月ににらまれ、軽く肩をすくめた。しかし反省している素振りはない。


「どうするも、最大限に自己アピールしてみてよ。さっき、歌がどうとか言ってたし」

「それでいいのね。分かったわ」


 ふと、碧霧と出会った頃のことを思い出す。彼に「俺以外の奴の前では歌わないで」と言われ、それを約束した。


(変なの。今さら思い出すなんて)


 あれ以降いろいろあって、碧霧以外の前でもたくさん歌ってきた。今さら誰かに遠慮することも、何かにはばかることもない。ただ、人の国に来てから、まともに歌ったことがないのは事実だ。

 紫月は居ずまいを正し、空を見上げた。そして、すうっと大きく息を吸い込む。冬の夜の冷たい空気が体の中に入ってきた。

 正直なところ、人の国の空気はほこりっぽく乾いていて好きじゃない。

 月詞をまともに歌ったことがないのは、そのせいでもあるし、何より誰にも必要とされていなかったから。


 まさか、こんな形で歌うことになるなんて。


 碧霧のことを思う。きっと絶対に怒られる。けれど、ここに立つと決めたのは、全てを一人で背負う鷹也を放っておけなかったからだ。鷹也にちらりと目やると、彼は期待に満ちた少年のような顔を見せた。

 空を見上げ、風に語りかける。阿の国でも人の国でも、風はいつだって一番の友達だ。独特の抑揚のある旋律を紡ぎ、紫月は静かに言葉を乗せる。清らかな歌声は、風と混じり合って空に溶けた。


(こちらに応えた──)


 くすんだ夜空に精彩があふれ出す。

 さあ、歌おう。誰も知らない天地あまつちをつなぐ歌を。

 紫月は声量を上げた。




 鷹也は、その絶対的な存在感に驚いた。

 彼女の歌声に呼応して、夜空の星がきらきらときらめいた気がした。これは、歌と言うより、自然と対話するための儀式だ。街を包む空気が変わっていくのが鷹也にも分かった。


(これが鬼。あの国の上級種族──) 


 どこかにあると言われるあやかしの国。当然ながら名前などなく、存在を知っている人間は、その国のことを単に「あの国」と呼ぶ。それを、あやかし自らが「阿の国」と漢字を当てて人の国と区別していると知ったのは、かの妖猿と知り合ってからだ。名前など必要ないと思っているのは人間だけで、彼らはそこでちゃんと生きている。


 しかし、人間はあやかしの存在を忌み嫌い軽んじている。特に能力を持った術者たちは、彼らのことを駆逐すべき害虫か何かだと思っていて、人と同じ感情を持った存在だとは考えていない。理解があるのは、猿師と繋がりのある御前みさき系の神社関係者くらいだ。


 行動を起こす前、猿師は御前みさき衆に「街の空気が変わったら包囲網を敷け」と電話で指示していて、「街の空気が変わったら」なんてざっくりな指示だなと鷹也は思っていた。

 しかし、猿師の指示があながち間違っていないことをあらためて知る。これは、はっきりと分かる。むしろ、驚く事態だ。


(だとしても、この変化に気づいている人間がどれ程いるだろう)


 おそらく一般人は気づかない。せいぜいで、「今日はなんだかいい夜ね」が関の山だ。

 人間とあやかし、低俗な存在は果たしてどちらか。

 街が荘厳で清らかな空気に包まれる中、ぽつぽつと闇の気配が揺れ動く。餌に釣られたケモノたちの気配だ。


(罠に、かかった)


 歌姫を守り、ケモノを狩る──。

 鷹也の瞳が赤く染まり、手から黒光る刀が現れた。彼は紫月の傍らで、刀を構え目を閉じた。

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