7 救いのない話
猿師と鷹也が「は?」と顔をしかめた。深芳と与平はというと──、「私も残る」と宣言した直後から恐ろしいほど鋭い視線がブスブスと突き刺さってくるので、紫月はさっとそっぽを向いた。
思っていた通りの反応ではある。しかし、ここは自分の意思を押し通す場面だ。紫月は意を決して深芳と与平を見る。
「あの長柄って男に、歌をもう一度聞きたいって言われたわ。あいつの狙いは私よ。だったら、私が歌って
「何を言っているの、紫月!」
「だって私も一緒に逃げたら、追いかけてくるかもしれないじゃない。大丈夫よ、私は生け捕りだから」
深芳が唖然とした様子で首を振る。そして、今は弱々しい状態の与平に助けを求める。彼も、ようやく生気が戻ってきた口調で反対した。
「ミィの言うとおりだ。そんな危険なこと、許可できない」
「それ、何権限? それともヘイさん、
与平がうぐっと
「こんな話ができるのも、彼が私たちを助けてくれたおかげよ。だから、今度は私が彼を助けたい。心配しないで。次はもっと強力な結界を結ぶわ」
「紫月……」
承諾しかねるという母親と父親(仮)の顔が並ぶ。
そこへ、鷹也が会話に加わった。
「あの、今の話なんだけど──。彼女がここに残るっていうのは手としてありだと思う。奴ら、きっと誘いに乗ってくる」
「誘いに乗ってくるって、簡単に──! 私の娘をなんだと思っているの?」
「ちゃんと守るよ」
「でも、すでに二人も
「俺以外の二人が指名されたのは、同族としての体裁を整えるためだ」
すかさず鷹也が深芳に言い返した。そして嫌悪と諦めをない交ぜにしたような表情で小さく笑う。
「今回はケモノが集団化したことで、さすがに他の術者の一族にも協力を要請した。他に助けを乞うのに、問題の一族が一人しか出さないなんて、誰も納得しないでしょ。ただでさえ俺たち一族は嫌われていて、ケモノが出たって勝手に殺し合えばいいと思われているんだから。だから建前上、三人出した」
「じゃあ、そのおかげで
「ううん。
結局みんな断られたって──、三人出した意味がないのでは?
突っ込みを入れそうになる紫月たちの前で鷹也は複雑な面持ちで目を伏せた。
「だから、本当は俺一人で良かったんだ。どちらにしろ、長柄さんを止められるのは、俺しかいないから」
「長柄──さん?」
「あ、長柄さんは今回の首謀者で、俺に戦い方を教えてくれた人。ずっと憧れの人だった」
「……」
事情を何も知らなかった三人は、気まずい顔を交わし合う。
憧れていた人物に裏切られ、多くの同業者からそっぽを向かれ、一人で同族の不始末の尻拭いをしなければならない気持ちはいかばかりか。
紫月を預けるにあたり、詳しい事情を聞きたかっただけなのに、鷹也とその一族の救いのない
猿師が、「もういいか?」と話を切り上げた。
「深芳さま、心配は分かります。が、あれこれ議論をする余裕はありません。鷹也の能力は私が保証します。紫月さまが残ることは
最後に猿師が強い口調で鷹也を擁護して話を切り上げた。深芳と与平は引き下がるしかないが、決して納得している顔ではない。
紫月はそんな二人に言った。
「先生の言うとおりよ。訳も分からず襲われたさっきとは違うもの。今は先生たちが来てくれた。狩る側がこっちなら、攻めに転じないと。私、役に立って見せるから」
「立たなくていい。逃げて欲しいって言ってるの」
深芳が大きく嘆息し、しかし、諦めた様子で娘を見返す。
「言い出したら聞かないもの、あなたは。
そう言われると、なんとも気まずい。
紫月は、母親に神妙な顔を返すしかなかった。
その後、深芳と与平は猿師とともにマンションの自宅に向かうことになった。三人の動きが相手に気づかれないよう、紫月たちも同時に行動を起こす。
「ヘイさん、ごめんね。相手に気づかれてしまうかもしれないから、癒してあげられない」
「当然だ。もしもの時は、あの力を使え。紫月だけなら助けてもらえる」
別れ際、深芳に抱かれエイの背中に横たわる与平を気遣うと、彼の含みのある言葉が返ってきた。あらためて、白銀の子は与平を見捨てたのだと紫月は理解した。
沈海平の時は瀕死の右近を助けてくれたのに、なぜ?
「紫月、そろそろ行こう」
「あ、うん」
考えがまとまらないまま鷹也に促され紫月がエイから離れる。猿師は鷹也に「頼んだぞ」と言い残すと、エイを一気に浮上させた。
それを見送りつつ、紫月と鷹也も行動を開始した。
二人は路地から出ると、銀杏通りから離れた場所にある高層ビルの屋上へと移動した。
身体能力が鬼より劣るはずなのに、彼はとても身軽だった。空中に結界で足場を作り、いとも簡単に駆け上っていく。呼吸法と気の繰りを組み合わせた「身体機能を上げる方法」だとかで、人間はあやかしに対抗する
たどり着いたのは、空きテナントが目立つさびれたビルで、さっき鬼斬たちと戦った屋上よりも高くて広い場所だった。四方の様子を確認しつつ、鷹也が紫月に声をかける。
「あのさ、」
「なに?」
「きっと引かれると思ってさっきは口に出さなかったんだけど、」
「だから、なに?」
鷹也が少し言いよどむ。
そう言えば、さっき抱き締められた時も妙な態度をした。
紫月が首を傾げて先を促すと、鷹也は意を決したように口を開いた。
「……中に、何かいるよね? たぶん、神族級の奴」
「!」
思わず紫月は驚きの顔を返す。誰のことを指しているか、細かく言われなくても明白だった。
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