4 九尾の弟子(2)
迷い道とは、その名のごとく「突然現れ、来る者を惑わす道」のことだ。森のいたずらであったり、何かあやかしが招いていたり、道自体が迷っていたりと出現する理由はさまざまである。
そして、人の国に繋がっている迷い道を「
「通常、迷い道は不安定で気まぐれに現れて消えていきます。しかし、それでは道として使えない。なので、結界を結んで道を固定します」
「そんなことができるんですか?」
「自然発生的なものであれば、だいたいは。結界術の応用です。とは言っても、大きな道を固定するにはそれなりの霊力が必要です。お屋形さまは、大きな筋をいくつもお作りになって人の国のあやかしに解放されておいででした」
「お屋形さま……」
「先代九尾にございます」
思いがけず猿師の口から大妖狐の名が出た。碧霧は、思わず彼の言葉に食いついた。
「猿師、大妖狐は三百年前、伏見谷を守るためにお隠れになったと聞いた。その時に彼が持っていた妖刀も封印され、それに関わる大切なものを藤花さまが預かったとも。藤花さまがお亡くなりになった今、それは
「……伯子、私があなたの指南をするのは、それが伏見谷の利となると考えてのことです」
碧霧の質問には直接答えず、猿師がやおら口を開く。そして冴えざえとした冷たい顔を見せた。
「勘違いしないでいただきたい。端屋敷の姫さえ伏見谷にお迎えできれば、正直なところ北の領がどうなろうが知ったことではありません。ただ少なからず
藤花を殺された恨みはいかばかりか。自分はその元凶の息子である。気軽に手の内を明かしてくれるはずがない。
しかし、ここで怯むわけにはいかない。厚顔無恥は望むところである。碧霧はぐっと歯を食いしばり、さらに言葉を重ねた。
「姫が生まれ、藤花さまが預かっていたというものが姫に引き継がれたというのなら、それは条件が整ったという意味だ。つまり、二代目九尾が現れる、もしくは──すでにその兆しがあるのではないですか?」
「……頭が回り、油断ならないところは、あの博学子の娘にそっくりですな。しかも青臭い分、手に負えん」
猿師が呆れた様子で鼻を鳴らした。母親の千紫は、「博学子」と呼ばれる学者の娘で、彼女の出自の低さを
こういう時は開き直りが大事である。碧霧は軽く肩をすくめた。
「それは、褒め言葉と受け取っても?」
「神経の図太さも親譲りですか。まあ、そうでなくては困りますが」
猿師が吐き捨てるように言ってのける。そして彼は、しばらく思案した後、ため息とともに口を開いた。
「伯子、最初に言っておきます。私に何か聞きたいことがあるというのであれば、可能な限りお答えします。が、全てに答えるつもりはない」
「では、今の質問には、どこまで答えてくれますか?」
「
「……」
鳶色の目に鋭く射抜かれて、碧霧は神妙な面持ちで頷く。 ほぼ拒否に近い回答である。それでも、端屋敷の姫君の名が「伊万里」であること、そして彼女を猿師は伏見谷へ迎え入れるつもりでいることが分かった。
三百年前、元伯家が九尾と交わした盟約。末姫藤花を二代目九尾にもらい受けるかわりに、妖刀の封印に関わる大切なものを彼女は預かった。その盟約が動き出すとするならば──、二代目九尾はもう存在すると考えてもいいかもしれない。
(後は、
当然ながら乳飲み子の今は無理だ。姫の成長を待つ必要がある。が、考え方を変えれば、時期をある程度こちらで操作することができるとも言える。
刹那、猿師がパンッと手を叩き、碧霧の意識を引き戻した。
「話はこれで
言って、猿師は手の平から霊気を
「どこに繋がっているかも分からない
猿師に言われ、碧霧はしぶしぶ手の平で霊気を
「……もどかしいですか? ですが、まずは人の国に一人で行けるようになってくださらないと困ります。今のままでは紫月さまに会いに行くのもままならない」
新しい師匠は
碧霧は焦る気持ちに冷や水をかけられ、頭がすっと冷めていく心地だった。まだおまえは入口に立ったばかりなのだと、そう言われたような気がした。
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