7 白銀の瞳
碧霧を乗せた
しかし、碧霧はそれさえも振り切り、火矢の炎が見える次洞軍を見定めると、そこに向かって一騎で突っ込んでいく。
左近がやけくそ気味に叫んだ。
「
遥か向こう、次洞軍の炎の赤がぱあっと帯状に広がる。どうやら何かが突っ込んでくると気づいたらしい。次の瞬間、一騎の鬼に対して火矢が一斉に放たれた。
次の瞬間、どどんっという衝撃音とともに、碧霧は爆炎に飲み込まれた。
「碧霧さまっ!」
左近は思わず声を上げる。あんなのに巻き込まれたらただではすまない。
しかし、ゆっくりと炎と煙が消えていく中、そこから火傷一つない碧霧が愛馬とともに飛び出した。左近が驚きつつも唸るように呟く。
「なんと、自身の結界だけで防がれた──」
碧霧は、ただ真っ直ぐに愛馬
沈海平の上空、
空馬にまたがって弓矢隊の後ろに控えている次洞佐之助は、こちらに向かって突っ込んでくる一人の騎兵を訝しげに睨んだ。
火トカゲを使った今回の作戦は、ほぼ成功と言っていい。弓矢隊に爆発する火矢を打たせ続け、こちらは高みの見物だ。
水天狗たちが古閑森に逃げ込むことは予想していた。森に四洞を待ち伏せさせることも考えたが、どうせなら森ともども燃やしてしまえばいいと考え直した。
そんな中、たった一騎でこちらに突っ込んでくる奴がいる。勇敢だと言えばそうかもしれないが、ただの無謀と言った方が今の場合は妥当である。
「なんだ? あの阿呆は。見せしめに射殺してしまえ」
蟲使いの四洞が、巨大な蜂の化け物にまたがって火トカゲを異空間より取り出して弓矢隊に配っている。鬼兵はそれを受け取り、矢じりに結びつけた。
「まだ打つなよ。一斉に浴びせかけろ。その方が派手に爆発するからな」
佐之助は片手を上げて「待て」の合図を取り続ける。そして、全ての矢じりに火が灯ったことを確認すると、彼はその手を振り下ろした。
「放ていっ!」
刹那、火矢が一斉に放たれ、無数の炎が目標物に直撃した。騎兵が一瞬にして火だるまになる。
「愚かな奴め」
それなりの爽快感を噛み締めながら佐之助は満足げに呟く。しかし、弓矢隊の一人がひきつれた声を上げた。
「む、無傷です! 敵騎馬、そのまま突っ込んできます!!」
「なんだと?!」
思わず佐之助は身を乗り出した。爆発する火矢の集中砲火を浴びせたのだ。仮に結界術で防いだとしても、適当な結界で防げる代物ではない。無傷なんてあり得ない。
彼は目を凝らし、相手の姿かたちを確認する。
無造作に後ろで束ねた茶褐色の髪を風になびかせ、頭には二つの角。精悍な眼差しは、しっかりとこちらを見据えている。
まさか──。
「伯子!」
謎の騎兵の正体に気づいて佐之助は蒼白になる。
刹那、刀を持った彼の腕が青白い鬼火で燃え上がり、刀身に沿って渦を巻くと、一つの巨大な火炎になった。
「たっ、退避──!!」
しかし、刃
「うわあああっ!」
「弓矢隊、被弾しました! なおも突っ込んできます!!」
「……!」
兵士たちが燃えながらぼたぼたと地上に落ちていく。
再び碧霧の腕が青白く燃え上がる。
(仮にも父親が率いる兵だぞ。本気か)
兵士たちに弓を構えさせる時間もない。このままではさらに大きな被害が出る。佐之助が顔をひきつらせたその時、鷹揚な声が背後で響いた。
「佐之助、弓矢隊を下がらせろ」
「鬼伯!」
馬に乗った旺知が、兵団の奥から前線へと出てきていた。
旺知は、遠くに見える息子の姿に目を細めた。
「儂に話があるのだろう。儂が出る」
「しかし、」
「無駄に弓矢隊を失う訳にはいかん。容赦がないのは、あれもさして変わらんぞ」
言って彼は腰に
佐之助は畏まりつつも、しかし、あえて進言する。
「手加減されますよう。今、伯子への致命傷は、無駄な争乱の種となります」
「分かっておる」
息子の背後には、領内最大の鬼兵団である六洞衆が控えている。旺知にとっては、碧霧を伯子としたのも、六洞家を黙らせるためのようなものだった。
しかし、今は誰の時代であるのかは、はっきりさせておく必要がある。
「合図をしたら儂にかまわず火矢を放て。場所は森の北東側」
「水天狗たちが逃げ込んだと思われる場所ではありませんが?」
「かまわん。森を燃やせたらそれでいい。あれが出てきたとなると、四番隊が動いている可能性がある。結界術を得意としている奴らだ。まともに狙っていては結界に阻まれる」
そう言い残し、旺知はふわりと弓矢隊を乗り越える。そして次の瞬間、彼は迫り来る息子に向かって矢のごとく飛び出していった。
古閑森では、碧霧が一人で次洞軍へ突っ込んで行ったことで、残された者は騒然となった。しかし、こちらもぐずぐずしてはいられない。森の火が迫っている。
すると、右近の治癒に当たっていた紫月がふらりと立ち上がった。まさか治癒を断念してしまったのかと思ったが、少し様子がおかしい。
「紫月?」
真比呂たちが怪訝に思っていると、紫月が顔を上げ、くるりと皆に向き直った。
しかし彼女を見て、その場にいた者は息を飲んだ。彼女の瞳が月夜の鬼特有の深紫ではなかったからだ。まるで月の光のような白銀色──、魁が槍を構え直し、凛花に抱かれた香古が「
紫月が白銀の瞳をすいっと細めた。
「いかにも、
言いながら、紫月であってそうでない者は、騒然としている森の木々たちをぐるりと見回した。
「森は炎を恐れ、固く心を閉ざしてしまっている。まずは炎を鎮めねばなるまい」
「おまえ誰だ……?」
しかし白銀の瞳の者は真比呂の問いに答えない。彼女は森の枝葉の隙間から見える夜空を遠く見つめ、うっすらと笑った。
「来ておるな。
刹那、そこにいる全ての者の疑問を無視して、紫月の体が宙に浮く。およそ、飛べない鬼が宙に浮くなどありえない。いよいよ皆が驚く中で、魁が慌てて「待て!」と呼び止めた。
「右近を見捨てる気かっ!」
「……」
やはり紫月は答えない。しかし、彼女は「よく見ろ」と言わんばかりに右近を指差す。魁が右近に目をやると、いつの間にか失った右腕が元に戻り、体中の傷も消えてなくなっていた。灰白色だった肌にも血色が戻っている。
「これは──」
失われた腕が元に戻るなんて──。治癒というより、もはや再生だ。
驚きながら魁は再び顔を上げた。と、紫月が空高く上昇し、狛犬の吽助がその後を追いかける。そして、紫月であってそうでない者は狛犬をともなってどこかへと消えた。
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