5)月欠ける夜
1 碧霧の出征
明日、碧霧が西の領境へ再び遠征する。
このことを彼から聞かされたのが三日前。今度は連れて行けないと、きっぱりと告げられた。
こっそりついて行こうかとも考えたが、それもばっちり読まれていて、「ついてきても送り返すからな」と釘を刺されてしまった。
さすがにここまで言われては、大人しく待っているしかない。
新緑薫る昼下がり、
しかし、肝心の碧霧は遠征前の残務整理でゆっくりと会うことさえかなわない。
となると、暇な時間はこうやって「姫」としての務めをするしかない。
今日来ているのは、
洞家筆頭の
ちなみに、六洞家の初音も来ていない。最後に碧霧と
「紫月さま、
そう言うのは
すると、
「あら、
五洞家当主は
今度は三洞家の奥方が「ほほほ」と笑い声を上げた。
「
「なんと!」
「ちょっ、ちょっと待って」
なんでこの程度の会話で喧嘩になる?
紫月は
「三洞さま、
二人の言い分を一気にすくい上げて話をまとめる。どちらの肩を持つ訳にもいかないし、どちらにも角が立ってはいけない。
隣に座る美玲をちらりと見ると、彼女は「紫月さまの言う通りでございます」と頷いた。どうやら、この回答で大丈夫らしい。紫月はほっと胸を撫で下ろした。
とは言え、無駄に疲れる。ぶっちゃけ、早く終わってほしい。
そう思った時、誰かの足音がこちらに近づいてきた。と、いきなり碧霧が姿を見せた。
「紫月、こんなところにいた」
「葵、」
その場にいる全員がさっと居ずまいを正し、碧霧に向かって低頭する。その中を紫月は立ち上がって彼に歩み寄った。
「どうしたの?」
「今日はさすがにこれで切り上げてきた。少しゆっくり過ごせるな」
「本当?」
「うん」
言って碧霧は、面前であるのも気にしない様子で紫月の頬に口づけた。
「どうやら、私たちはお邪魔なようでございますよ。皆さま、これでおいとまいたしませんか? 碧霧さまは明日にも出立される身。お二人の時間を作って差し上げないと」
その言葉を受け、美玲がここぞとばかりに素早く立ち上がった。彼女も切り上げるなら今しかないと思ったらしい。
「では、私が皆さまをそこまでお送りいたします」
「美玲、私も……」
「いいえ、紫月さまは碧霧さまと
にこりと笑い美玲が紫月の申し出を遮った。要はさっさと部屋に戻れと言いたいのだろう。
「紫月、今日は泊まっていくだろ?」
ぞろぞろと帰っていく奥方たちを見送りながら、碧霧が艶っぽい声を耳元で響かせた。
その頃、左近は
忙しなく先を急ぐ猫の娘、所在なくぶらつく一つ目、物珍しそうにきょろきょと見て回るの人間っぽいのは狐か狸か。集まるあやかしも、その目的も多種多様である。
そんな中、小幅ではあるがしっかりとした足取りで先を急ぐ一つ鬼の女を見つける。小包を抱え、粗末な小袖を着た使用人のなりではあるが、控え目な容貌は慎み深い良家の娘を思い起こさせる。
左近は大通りに飛び出ると、彼女に向かって声をかけた。
「加野、」
「……左近さま?」
加野が立ち止まって驚いた顔を左近に向けた。左近は、素早く彼女の手を取ると、有無も言わせず歩き出した。
「時間はあるか? こっちへ」
左近は戸惑う加野の手を引きながら通りをぐいぐい歩いていく。
そして彼は細い路地へと入り、どこかの民家の板塀の勝手口をくぐる。戸口には「花月屋」という表札が掛かっていた。
ようやく左近が手を離し、小さな裏口の戸をからりと開けた。
すると、「いらっしゃいませ」とくりっとした目の童女が左近たちを出迎えた。
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