5.宵の花びらが舞い散る中
その日は、宵の口から洞家や家元の鬼たちが御座所へと集まった。
場所は
影霊殿正面から南庭に向かって延びる大きな階段の降り口に、四方をかがり火で囲まれた舞台が設置されていた。今夜は、ここでさまざまな芸能が披露される。
その左右に設置された席は洞家のものだ。さらに庭の端には緋色の
月夜の鬼たちは、月の雫から生まれたとされる。そしてその「月の雫」が降り落ちるとされているのが影霊殿だ。ちなみに、「
その影霊殿の上座中央、旺知が座る
ちなみに、深芳も千紫の賓客として呼ばれており、他の夫人たちを差し置いて千紫の隣を陣取っている。
宴が始まる前、南庭では各々の権勢を誇示するかのように着飾った二つ鬼たちが集まり、ここぞとばかり意中の相手と親交を深めていた。
宴の中心に一つ鬼はほぼいないと言っていい。いたとしても家元か、そこに仕える身分の低い者たちだ。今日、洞家の中で一つ鬼なのは、
最も賑わいを見せるのは佐之助が座る
当然ながら四洞の姿はなく、
ちなみに、
そんな中、
「六洞の、おまえは輪に入らんでいいのか?」
「口ベタな儂には必要ないわい。十兵衛こそ、いいのか」
「儂は面倒臭いことは嫌いなのよ。それにほら、」
十兵衛が、これまた所在なさげに傍らで控える
「毎回そこにおる独り身の縁談話がうるさくてな。面倒なんだわ」
重丸がくつくつと笑う。与平がうるさそうにそっぽを向いた。
折しも、宴が始まる太鼓が大きく鳴り響いた。
各々が話をやめ、それぞれの席に着く。今ほどの喧騒が嘘のように静まり返る中、ややして右回廊から千紫が率いる女性たちがまず現れた。
「おお、落山の御方もご一緒ぞ」
観衆の誰かが興奮気味の声を上げた。
千紫は高く結い上げた黒髪に
対して、彼女と並んで歩く深芳は、緩くうねった栗色の髪を後ろに流し、裾に大輪の花をあしらった山吹色の打掛である。
二人は扇子で口元を隠し、何事かを話しながら進んでくる。頂点を極める二人の女性の登場に会場は色めき立った。
深芳が、ふと話すのを止めて、とある一角に目を向けふわりと笑う。その艶めいた所作にどよめきが起こったが、その視線がただ一人の男──
誰に気づかれることもなく深芳と目が合った与平は、彼女に密かに微笑を返した。
次に左回廊から伯子碧霧が二人の姫君を伴い現れた。
濃い青紫の
しかしそれも、後に続く一つ鬼と二つ鬼の姫君を評する声にかき消された。
碧霧のすぐ後ろに続くのは、裾に小花の刺繍をあしらっただけの乳白色の打掛を羽織った紫月。まるで白無垢のような衣装をまとった彼女を、碧霧自らが左の席に案内する。そして彼は、彼女の手の甲にそっと口づけた。
「なんと。落山の姫は、婚礼衣装のようではないか」
紫月の姿を見て、会場がざわめいた。
一方、美玲は緋色に金糸の刺繍がほどこされた打掛である。彼女の今の勢いを彷彿とさせる華やかな衣装に、別の声が負けじと上がる。
「七洞の姫も、堂々たるものだ。落山の姫の教育係だと聞くが、そのような立場で伯子に随伴するなど、そもそも聞いたことがない」
「いやいや、」
とは、また別の声。無責任な評し合いは止まらない。
「落山の姫君は千紫さまのお気に入りであるとか。それに加えて母親譲りの美貌──、伯子は何をされても許してしまうほどのご執心ぶりだと聞いたぞ」
「しかし、寵愛だけでは
「確かになあ。落山の姫は、
この対照的な二人の姫の今後で、自分達の立ち振舞いも変わるので、ある意味必死である。ただ、落ちぶれた元伯家の姫より、現洞家の姫の方がやはり有利であろうというのが大勢の意見だった。
七洞家の佐和は、こうした評し合いを耳に入れるにつけ、密かにほくそ笑んでいた。
落山の姫君の婚礼衣装のような白い打掛は気に入らないが、我が娘の豪華な緋色の打掛だって過分な待遇である。
これはすでに妻の座を約束されたと思っていい。それどころか、美玲が正妻の座を奪い取ることが十分にできる、と佐和は信じていた。
伯子とその姫君がそれぞれの席に着いた時、太鼓の音がさらに大きく鳴り響いた。鬼伯旺知のお出ましである。
左回廊から、近習の若鬼を左右に伴った旺知が姿を現す。
厳かな空気を蹴散らすように大股で歩き、彼は影霊殿中央の
脇に控えた侍女たちが、一斉に夕膳を運び始める。今夜は、芸能の披露と会食を同時に行う趣向である。
「皆、よく集まってくれた。今宵は楽しんでいってくれ」
旺知が
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