六洞の姫君(上)

 右近は、きりりとした柳眉に凛とした面立ちの男装の麗人である。

 彼女は六洞りくどう家の娘として生まれ、本来であれば良い縁を結ぶべく、屋敷の奥で大切に育てられてしかるべき姫だ。

 

 しかし、父親の重丸は、幼い頃から人形ではなく木刀を彼女に持たせ、天気の良い日は馬に乗せて遠乗りに出るという始末である。おかげで、物心つく頃には右近自ら木刀を振り回し兄の後ろをついて歩くようになった。


 一方、母親の初音は、元伯家の末姫である藤花つきの侍女で、教養も立ち振舞いも一級の女性だ。しかし彼女は、右近のあまりのじゃじゃ馬ぶりに娘を普通の姫として育てることを早々に諦めた。


 こうして、右近は誰もが憧れる伯子碧霧の側に、姫という立場ではなく守役という立場で侍ることとなった。ただ、他の姫君には、男装をしてちゃっかり伯子の側近くに居座る女と見えるようで、それなりのやっかみを受けている。なんとも迷惑な話だ。

 彼女にとって、伯子は身命をして仕える主君ではあるが、家族のようなもので恋愛対象ではない。


 では肝心の彼女の好みはと言えば、まずは六洞衆の三番隊長、次に五番隊長、そして二番隊長と続く。どれも武骨で渋い面構えばかりである。渋顔が好きなのかと思われがちだが、本人が愛でているのは、引き締まった全身の筋肉と腰回りであるということを、実は誰も知らない。




「早く済ませてくださいよ。待っているこちらの身にもなってください」


 奈原の里の大通りに面した小間物屋の前、うんざりした顔で右近は紫月と妃那古に言った。

 沈海平しずみだいらに滞在してすでに一か月余り、彼女たちが買い物に行く時は、必ず右近が護衛として付き合うことになっていた。

 今日は髪飾りが欲しいとかで、朝から二人は小間物屋を渡り歩いている。もうこれで五件目だ。


 紫月がつまらなさそうに首を傾げる。


「右近も一緒に入ったらいいじゃない」

「甘ったるい匂いが嫌いなんです」


 鍛錬場の汗の臭いの方が絶対に落ち着く、とは嫌がられそうなので言うのを止めた。

 右近が早く行けとばかりに手を振ると、二人は苦笑しながらも迷うことなく店内に入っていった。


「やれやれ……」


 後は、二人が出てくるまでじっと店先で待つだけだ。右近は大きなため息をついた。


 奈原の里でも、右近の中性的で秀麗な立ち姿はそこそこ目立つ。今日の彼女は、白藍しらあいの小袖と深藍ふかあいの袴のすっきりとした出で立ちである。通りを行き交う者は、そんな彼女の姿に男は眉を潜め、女は顔を赤らめた。


 とその時、険のある男のだみ声が響いた。


「よう、鬼の女。綺麗なの二人も連れて、用心棒気取りかあ?」


 ちらりと視線を声のした方へ向けると、ニヤニヤと物言いたげな顔の男が数人立っていた。

 一人は真比呂たちと同じ水天狗、もう一人は一つ鬼、後は狐か狸か、尻尾がある者、毛むくじゃらの者、ぎょろりとした目の頭でっかちの者──。どう見てもゴロツキである。


 こういう輩は、どこにでもいるな。


 右近は相手をするのも馬鹿らしく、黙って視線を元に戻した。しかし、その態度が癇に障ったらしい。男たちの一人が「ああっ?」と声高に右近に詰め寄った。


「すかした態度を取ってんじゃねえよ。女だてらに刀なんぞ差しやがって、それでお仕置きでもするってか、んん?」


 残りの男たちがゲラゲラと笑い出した。そして、ここぞとばかりに右近を取り囲む。


「男装の麗人だかなんだか知らねえが、所詮は女、可愛く男に媚びてりゃいいのによ」

「まったくだ。ほら、そこの茶屋で俺たちと遊ぼうぜ」


 言って、一つ鬼の男が馴れ馴れしく右近の肩に手を置いた──刹那、


「触るな」


 鋭い声とともに右近が男の手を掴み、ぐるりと捻り上げた。


「いでえっ」


 悲鳴を上げる男の腕をさらに捻って動きを封じ、残りのあやかしたちを鋭く睨む。


「無駄な争いはしない。どこかへ行ってしまえ」


 言って彼女は、捻り上げた男を仲間たちへと突き返した。それを受け取りながら、男たちは「なんだとお?!」と激昂する。


「舐めやがって──っ。やっちまえ!!」


 顔を真っ赤にした男たちが一斉に右近に襲いかかった。


 しかし、でたらめで無駄な動きばかりの攻撃が右近に通じる訳もない。

 右近は、大振りで繰り出される拳をひらりとかわし、投げつけられた火の玉を素手で受け止め、振り回された短刀ももろともせず、あっという間にゴロツキたちをしてしまった。


「ふん、」


 低い呻き声を上げて転がる男たちを見下ろしながら右近は小さく鼻を鳴らす。女だからと舐めるからこんなことになる。


 と、


「女ぁぁー!!」


 辻の影から、何者かが右近に向かってわっと飛び出した。

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