4.話し合いを

 右近たちが見張り番の天狗に案内されたのは、一階の応接室だった。


 八畳ほどの石床の部屋に、一枚板のテーブルと流木を削っただけの簡素な椅子があり、椅子の上には緋色、鬱金うこん、群青など色とりどりの座布団が置かれていた。

 鮮やかな色使いは、この地域の特徴のようだ。


 ここでしばらく待つように言われ、右近が緋色の座布団に腰を下ろそうとした時、元気な声が部屋に入ってきた。


「右近! 良かったあ、無事で!!」

 

 紫月が嬉しそうに満面の笑みを浮かべ、右近に駆け寄る。そして彼女の姿を上から下まで眺め倒して「怪我はないようね」と大きく頷いた。


 当然ながら自分自身はまるで何事もなかったかのような顔だ。


 右近は苦笑しながら紫月に言い返した。


「こっちのセリフですよ。てか、どんだけ自由に歩き回ってるんですか? 一応、さらわれた身ですよね」

「あら私、ちょっと行って来るって言ったでしょ?」


 悪びれた様子もなく紫月が答える。

 すると、戸口から男の声がした。


「まったく言うことを聞いてくれなくてな。質には不向きだった」


 戸口を振り返ると、そこに真比呂と彼の伯父である宗比呂、そして勇比呂が立っていた。

 右近がすっと緊張した顔になり、鋭い視線を真比呂たちに向ける。

 真比呂が佐一をちらりと一瞥してから、口の端を皮肉げに上げた。


「よく、ここが分かったな」

「まあね、」

「ペンダントですよ、そこの姫の」


 佐一が会話に割り込み、事もなげに答える。

 もったいぶって話そうとしていた右近はきっと佐一を睨み、当の紫月は「え?」と胸元のペンダントを手に取った。


「そう言えば、葵がそんなことを言ってたな……」


 その様子を見て、右近は「やっぱり忘れていたんですね」と大きなため息をついた。


「碧霧さま、泣きますよ。まあいいや、それはさておき、」


 右近が話を仕切り直す。佐一がここまであからさまなら、何かを隠す必要もない。

 彼女は、真比呂たちをまっすぐ見返した。


「今回、この反乱に伯子が来ていることは聞いているだろう? 伯子は話し合いを望んでいる。こちらとしては戦うつもりはない。今日はそれを伝えに来た」


 佐一とそちらが通じていることはバレてるぞ、と皮肉たっぷりに言うと、真比呂と宗比呂が苦々しい顔をして佐一を見た。


「なるほど、それで佐一と共に来たのか」

「そうだ」

「で、我らと話し合いたいと?」

「そうだ」


 すると、


「はんっ、信じられるか!」


 すかさず勇比呂が割って入った。


「女のペンダントに妙な仕掛けをするなんてセコい真似をしやがって。話し合いなどと言って、どうせ儂らを騙し討ちにするつもりだろう?」


 いや、それは単にあるじがストーカーだからだと、右近は反論しそうになって、聞こえが悪いので寸でで言葉を飲み込む。

 すると佐一が落ち着いた口調で勇比呂に答えた。


「もし騙し討ちするつもりなら、昨日の夜に奇襲を仕掛けています。あなた方は多数負傷者が出ているし、何より翼を切り落とされた者も大勢いた。おそらく昨夜は、羽化でそれどころではなかったはず。そんな好機を見逃すほど甘い連中ではありません」

「だったら、なんでペンダントに仕掛けなんか……」

「単にくだんの伯子が姫のストーカーだからです」


 あ、言っちゃった。


 この不遇の養子は、思った以上に腹に毒を持っているらしい。そもそも彼は伯子に対して忖度そんたくする気がまったくない。


 その毒舌に右近は渋い顔でため息をつき、真比呂はこめかみを押さえてくつくつと笑った。


「断ると言ったら?」

「……勝算はありますか?」


 佐一が鋭く切り返す。


「今、鎮守府にいるのは六洞りくどう衆きっての精鋭部隊。昨日の襲撃は上手くいったと思っているかもしれませんが、明らかに手加減をされている。多少の怪我はあっても、あちらに負傷者は一人もいない。正面からやりあって、意味、真比呂はもう分かっていますよね。しかも、今ここに来ているのは、たった一部隊です」


 すいっと不機嫌に真比呂が目を背ける。

 ここは少しでも悪態をつきたいところかもしれないが、佐一がそれを許さなかった。

 それでもと、叔父の宗比呂が唸った。


「こちらには──、姫がいる!」

「その姫に手をかけると? それこそ後がなくなる」

「おまえ、寝返ったのか? どちらの味方だ?!」

沈海平しずみだいらの味方です」


 最後は凄味さえ感じる口調で佐一が締めくくる。


 ぴんと張り詰めた空気が漂う。

 ややして、「真比呂、」と鈴の音のような声がりんっと響いた。


「お願い、葵に話す機会を与えて。彼は争うために来たんじゃない。この沈海平をなんとかしたくて来たのよ」


 言って彼女は右近と佐一を見た。


「葵に伝えて。私に、そして真比呂たちに会いに来てと。みんなを紹介したい」

「紫月さま……」


 帰る気はなしか。

 本当は少し強引なことをしてでも連れて帰るつもりだった。


 しかし、もう彼女はこの争いの直中ただなかにいる。

 佐一の言う通り、川面に石は投げられた。


(肝が座っているというか、なんと言うか……)


 よくぞこんな姫さまを見つけて来たもんだ。


「分かりました。碧霧さまに伝えます」


 右近はしょうがないなと笑いながら頭を下げた。


 その後、両者の会談は三日後と決まった。

 互いの言い分も要求もある。それらをまとめて両者で話し合うこととなった。

 場所は岩山がっさん霞郷かすみのごうの岩城。

 その間は互いに手出しは一切なし。紫月はそのまま霞郷に残ることになった。




 鎮守府は執務室──、碧霧は霞郷かすみのごうから戻った右近たちの報告を聞きながら大きなため息をつく。

 傍らには左近もおり、ちょうど加野がお茶を持ってきてくれたところだった。


「会談の日取りはそれでいいとして、紫月はやっぱり歌っていたと」


 碧霧はさして驚く様子もなく、しかし、難しい顔で眉間を押さえ呟いた。

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