4.反乱の本当の理由

 沈海平の奈原──南西部で一番大きな里だ。

 鎮守府の直轄地であり、その昔、鬼と天狗が協力して造った里だと言われている。当然ながら月夜つくよからの物も情報もたくさん入ってくるので、多くのあやかしが集う場所でもある。

 そして、そこを足掛かりに鎮守府が沈海平しずみだいらに対する影響力を強めようとしていることは碧霧も知っている。


 しかし、


「鎮守府が直轄地以外の地域に対して勝手に制度を敷くことは越権行為になる。なぜ、中央に報告しない?」

「……鬼伯からは許可を得ていると聞いております。それを後ろ楯に養父ちちは強引にことを進め、金がないなら物で払えと──。しかし近年、沈海平しずみだいらは土壌と川の赤鉄による被害がひどく、思うように作物が実らない。当然、住居料などというものを払う余裕など誰にもありません。そもそも、住むために何かを払わなければならないという発想がない」


 こちらの様子を窺いながらも佐一がはっきりとした口調で答える。

 碧霧は顔を強ばらせ、与平に目を向けた。


「与平、今の話を聞いたことがあるか?」


 与平は勘定方筆頭という上級吏鬼でもある。しかし彼は難しい顔をして首を捻った。


「いいえ、そんな話は……。ただ、それが本当なら、南西部からの収入が上がって然るべきです」

「……」


 上がっていないということは、、ということだ。

 先日の洞家会でも、そんな話は全く出なかった。


 にわかに緊張した空気が部屋を包んだ。じりりと汗をかくのは、季節が夏であるからだけではない。


「今回の反乱の本当の理由はそこか」


 重苦しい口調で碧霧が呟く。佐一が神妙な顔でこくりと頷いた。


「はい。自分たちを支配するというのなら、支配者として汚れた川と土地をなんとかしろと。そうでないなら、金輪際この土地に関わるなと」


 碧霧は大きなため息とともに片手で額を押さえた。


 果たしてこれは誰の仕業か。


 もしこれが、府官長の勝手な行動であったとしたら、全てをないことにして元通りにすればいい。しかし、本当に父旺知あきともの密命だとしたら、沈海平の直轄地化を簡単になしにはできない。


「碧霧さま、まずは我らも休みましょう」


 与平が話を一度終えることをやんわり提案する。そして彼は、佐一に言った。


「朝から何も食べていない。何か用意をしてもらえるか。簡単なものでいい」

「分かりました。では、今すぐ──」

「あと、それから、」


 中腰になる佐一を与平が止めた。佐一が怪訝な顔を与平に返す。

 与平は、ちらりと碧霧に目配せした後、淡々とした口調で言った。


「そなたの姉である加野に碧霧さまの身の回りの世話を頼んだ。府官長からは夜の相手もと言われている」


 刹那、佐一の目がつり上がった。しかし彼は、それをとっさに隠すべく下を向く。

 感情を必死で押し殺そうとしているのが見ていて分かる。ややして、彼は感情のない声で答えた。


「それが養父ちちの申し付けであるなら従うまでです。いかようにもしてください」


 佐一が話はもうおしまいだとばかりに立ち上がった。しかし、それを今度は碧霧が止めた。


「佐一、」

「まだ何か?」

「俺はここに旅行に来た訳じゃない。目の前で府官長の面目を潰すわけにもいかないので申し出は受けたが、加野には右近と一緒に寝てもらうつもりだ。出入りの人数を絞りたいので、世話は全て彼女に任すことになると思うが──、もし伝えられそうなら、安心していいと彼女に伝えてくれ」


 途端に佐一が呆けた顔になる。ゆっくりと碧霧の言葉を噛み砕いているようだった。

 碧霧はそんな彼に笑いかけた。


「悪いな。弟と言っても、どう考えているか分からないから試すような物言いになって。当然だけど、このことは府官長には秘密だぞ」

「……」


 ややして、佐一は無言のまま深々と頭を下げた。




 一方、岩山がっさん霞郷かすみのごうに到着した紫月は、初めて見る岩城に息を飲んだ。

 遠くから見た外観はただの岩の山のように見えたが、近づくと山がそのまま大きな建造物となっている。


「すごい、山をくり貫いたのね」


 その遺構に紫月は圧倒された。

 その頂上、広く開けた場所がある。そこが空からの出入り口となるらしい。

 水天狗たちが次々に着陸する中、紫月を乗せた狛犬もそこに降り立った。


「おおっ、帰ってきたか!」


 大きくくり貫かれた岩壁の中から年配の男が高揚した顔で出てきた。

 年配の男の顔には見覚えがある。古閑森こがのもりで真比呂と一緒にいた「叔父上」だ。


「真比呂、首尾は上々だったようだが……なぜ、その娘を自由にさせている?」


 彼は真比呂の元へと駆け寄ると、拘束されていない紫月の姿をちらりと見ながら眉をひそめた。

 真比呂が小さく肩をすくめ返す。


「全く逃げる気がないから自分自身で移動してもらったまでだ。ただし、後は部屋で拘束だ。それよりも──」


 真比呂が申し訳なさそうに怪我を負った仲間を見る。


宗比呂むねひろ叔父、負傷者をいっぱい出してしまった。奴ら、ことごとく翼を切り落としてきた」

「翼はまた生える。死者が出なかったのならそれでいい」


 翼を失った天狗たちが、仲間に伴われ岩城の中へと入っていく。

 紫月はその後ろ姿を眺めながら真比呂に尋ねた。


「どこに連れて行くの? 今から治療するの?」


 真比呂が「いいや」と素っ気なく答えた。


「治療なんてしない。ただ、翼が生える時、尋常ではない痛みが伴う。声が外に漏れないよう生え変わるまでの一、二日は地下に閉じ込める」

「地下に? そんなのダメよ。待って!」


 言って紫月は、慌てて走り出し、負傷した仲間を運ぶ水天狗たちの前に回り込んだ。

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