3.佐一の訴え
「佐一と申します」
一つ鬼の青年が、さっと座って頭を下げた。
質素な小袖と野袴姿で、つい今しがたまで何かの作業をしていたと思える格好だ。
控え目な顔は姉の加野と同じだが、こちらを真っ直ぐ見つめる眼差しとぐっと引き結ばれた口元は意志の強さを感じた。
「まずは皆さまを離れまでご案内いたします。話は、あちらの部屋で」
簡単に名乗るだけで、くどくどしい挨拶もない。
無駄のない言動は碧霧の最も好むところだ。
佐一に促され、碧霧たちは立ち上がった。
案内された離れ座敷は、渡殿一本で本殿と繋がっている別の建物だ。玄関も別にあるので、本殿を通らずに隊士たちも自由に出入りできる。
「一番奥の座敷が碧霧さまのお部屋となっております。隊長と守役のお二人にもそれぞれお部屋を用意しました」
言って佐一がざっくりと説明しながら進んでいく。
部屋はそれぞれ廊下できちんと仕切られており、個人的な空間がしっかり守られるような造りだ。他にも専用の湯殿や私室以外の部屋がいくつかあって、長期滞在を予想していた碧霧たちにとって、満足のいくものだった。
碧霧たちは、奥の二十畳ほどある部屋に通された。部屋の中央には、大きく十人以上は座れる大きなテーブルと椅子が設置され、そこに沈海平の地図が広げられている。
「こちらで食事や執務をしていただけます。地図は必要になるかと思い、用意させてもらいました。他にも必要な物があればお申し付けください。あ、そこの襖の向こうが碧霧さまがお休みになるお部屋となります」
「ありがとう」
廊下で控える佐一にお礼を言いつつ、碧霧はテーブルの適当な椅子に腰を下ろした。自分が座らないことには、周りが誰も座らないからだ。
自ら進んで座ることも仕事の内だと碧霧は思っている。
ひと呼吸置いて、彼はあらたまった口調で佐一に声をかけた。
「朝から世話をかけさせて悪いな」
佐一は恐縮した様子で「いいえ」と首を振った。そしてそのまま黙りこくる。
碧霧は苦笑した。
「そんなに
そのやり取りを見て、与平が碧霧の隣に同じように座りながら口添えした。
「碧霧さま、もう身内だけですし、このまま話を始めればよろしいのでは?」
「うん。その方が話しやすいな。左近と右近も座れ。佐一、廊下に突っ立ってないでおまえも入れ」
碧霧は守役たちにも適当に座るよう促しつつ、佐一を手招きした。
しかし彼は、部屋の中には入ってきたものの、碧霧たちから少し離れた場所に座った。その表情はまだ堅い。
いきなり輪の中に入れと言うのも馴れ馴れしいか。
佐一に警戒されているようで不満ではあったが、無理強いするのも可愛そうだ。碧霧は、ひとまず話を進めることにした。
「佐一、まずは
「……
「平八郎が、全ておまえに任せてあると。だとしたら、直接聞いた方が早い。できれば、今の状況だけでなく、反乱に至ったまでの経緯を聞かせて欲しい」
碧霧が言うと、佐一は「経緯もですか?」と少し驚いた表情を見せた。それから思案顔であちこちに視線を泳がせていたが、ややして静かに口を開いた。
「……
「うん、それは聞いたことがある」
西の鎮守府は、南西部一帯の政治を任されている。
とは言っても、月夜の里ほどしっかりした組織や仕組みがあるわけでもなく、ここでの主な仕事は、南と西の領境の警備と治安の維持だ。
例えば、
当然だ。ただ住むだけなら金はいらない。
そこに道を造り、水路を通し、住みやすいよう整備するから金がいるのだ。
南西部一帯は、まさに秩序と無秩序がごちゃ混ぜになっている場所で、
「ところがです。月夜の直轄地である奈原の里にだけ適用されていた月夜の定めを南西部一帯に広げると
佐一の語気が強まった。同時に彼の体が、ぐっと前のめりになる。
「ご存知かと思いますが、奈原は
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