6)古閑森での遭遇

1.天幕で女子会

 打ち合わせが終わり、紫月は用意された天幕テントに案内された。


 人の国製の天幕テントは快適だ。日本語ではない文字ロゴが印字されたそれは、こぢんまりとした見た目より、中はずっと広くて立つこともできる。簡素だが寝床もちゃんとしつらえられていて、今日はここで右近と一晩を過ごす。碧霧は、与平と左近と同じ天幕だ。


「葵と同じテントになるかと思っていたから、右近と一緒で良かったわ」


 碧霧には悪いが、紫月は本音を右近に漏らした。

 右近が寝床を整えながらカラカラと笑った。


「ああ、うちの若さま、わりかし手が早いですからね。テントで一晩二人っきりなんて、確実に奪われますよ」

「やっぱりそうなのね。なんとなくそう思っていたのよ!」


 さらりとスマートな顔をしながら、案外ぐいぐいと触ってくるなと思っていた。

 こちらは経験が少ない(というより)ので、これが普通だと言われたら思わず納得してしまいそうになる。更に言うなら、情けないことに彼のスキンシップに抗えない自分もいる。


 碧霧のほこほこと暖かい気は、理屈抜きに安心するのだ。


(抱き締められて、キスされて──、絶対にそのまま持っていかれるわ!)


 となると、後はそういう状況にならないよう努力するしかない。

 彼が嫌なわけでは当然ないが、心の準備というものがある。

 そもそも、自分たちは準備期間がなさすぎた。


 それに、もう一つ、右近と一緒になれて嬉しかった理由が他にもあった。

 実のところ与平の話も誰かから聞きたいと思っていたところだったのだ。


 紫月は薄い毛布に潜り込むと右近に話しかけた。

 ちなみに、いつ何が起きるか分からないので、着ているものはそのままだ。本来なら、こんな天幕テントを張ることもらしい。


「ねえ右近、与平さんってどんな鬼?」

「ああ、三番隊長ですか。今朝もいきなり抱きついたりして、隊長にえらく懐いてますよね。うちの若さまと隊長とどちらが本命なんですか?」


 同じく毛布に潜り込みながら右近が聞き返してきた。別にこちらを責めている風はない。

 どちらかと言えば、面白がっている感じもする。

 紫月は思わず苦笑した。


「与平さんはそういうのじゃないの。だいたい、年齢が離れすぎてるじゃない」

「年齢なんてこだわらない方だと思ってましたけど、」

「そうだけど、でも違うの」


 なんせ、彼の相手は自分の母親だ。だからこそ、どんな鬼なのか知りたいのだ。

 右近がうーんと頭をひねる。


「まあ、立場としては勘定方の八洞やと十兵衛さまの家臣です」

「家元ではなくて? 下野しもつけという姓を名のっているけど」

下野しもつけはもともと十兵衛さまが家元時代に名乗っていた姓です。十兵衛さまが八洞やとの姓を賜った時に、下野の姓を隊長にお下げになりました」


 紫月は少し驚いた。

 まさか、洞家でも家元でもないなんて。

 そんな二人のどこに接点があったのだろうと考える。


「じゃあ、与平さんはもともと姓もない鬼だったわけね」

「はい。長い間、座敷牢の牢番頭を務めていたそうです。なんでも奥の方さまの直々の指名だったとか」

「牢番……」

「元伯子を幽閉していた西の領境付近にあった座敷牢です。当時の牢番は、山賊まがいのような者が就く仕事だったらしいのですが、囚われている方が方ですので、信頼のある者をということで、隊長に白羽の矢が立ったと聞いています」

「へえ、それで?」


 与平に歴史あり。

 母親の相手として、なかなか興味深い経歴である。

 右近が紫月に促されるまま話を続けた。


「座敷牢は六洞りくどう家の管轄だったので、その内に六洞衆とも繋がりができ、一部隊を任されるようになりました。十兵衛さまが勘定方になられてからは、その補佐もお務めになって、今では六洞衆うちの三番隊長でありながら勘定方筆頭の上級吏鬼りきという異例の出世頭ですよ。今回、三番隊が出ることになって、隊長の仕事を十兵衛さまが負うことになり大変なことになっているとか」


 なるほど、奇跡の出世を果たした超絶が付く文官と武官というわけか。

 洞家でもない立場の者の肩書きとしては申し分ない。

 とは言え、そんな肩書きによろめく母親ではない。なんせ、誰よりも偉そうなのだから。

 もっと人柄……もとい、鬼柄を聞きたい。

 目を輝かせる紫月に気をよくしたのか、右近が苦笑する。


「隊長の経歴じゃなくて、うちの若さまの経歴はいいんですか?」

「だって、生まれてからこっちずっと伯子でしょ。一行で済むじゃない」

「今の聞いたら泣きますよ」

「でも、どう考えても与平さんの方が面白そう」


 右近が声を上げて笑った。

 確かに、与平の経歴は異例であり、こちらとしても話し甲斐がある。


 当時、荒くれ者が多かった三番隊を六洞りくどう衆一番の精鋭部隊に育て上げたのは与平の功績だと聞いている。厳しい規律と高い教養、そして、それに見合う報酬と住む場所──暮らしが安定すると、誰しも考え方も立ち振舞いも変わるのだ。

 悪いのは環境であり、個ではない。そう与平が証明した。


 その時、

 ずっと笑顔だった紫月の顔に緊張が走り、彼女がばっと身を起こした。

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