7.仕組まれた運命と偶然の巡り合わせ
まさか「秘密の師」と慕っていたなし者が、紫月の父親だなんて。
つまりは、彼は碧霧にとっては伯父ということにもなる。
「会わなくなった時期も同じだし、風貌も口癖も同じだわ。それに、父さまは千紫さまが教えを乞いに来るほどの知識の持ち主よ」
「母上が?」
意外な事実を知って碧霧が聞き返すと、紫月は「そうよ」と頷いた。
「お忍びでよくいらっしゃってたわ。たぶん、うちの母さまより仲が良かったんじゃないかしら?」
「ちょ、ちょっと待って」
碧霧は片手を上げて紫月を止めつつ、もう片方の手で額を押さえた。
これを全て偶然とするのは不自然だ。
師がよく言っていたもう一つの言葉が碧霧の頭に甦る。
全ての事象を手の平の上に並べ、動かせる駒を把握したか──。
きっと師は知っていた。自分が甥であり、伯子であることを。
分かった上で、自分に言ったのだ。歌を見つけろ、と。
つまり、落山で隠され続ける娘を探し出し、我が物とすよう仕向けたのだ。
かくして、師の望み通り自分は紫月を見つけ、彼女は今、自分の腕の中にいる。
「──仕組まれている」
碧霧は吐き捨てるように呟いた。
彼女に対し感じた運命的なものが、そもそも嘘で作り上げられたものだったなんて。
あんなに信頼し慕っていた師に騙されたような気分になった。まんまと相手の思惑通りに動いている自分にも腹が立った。
母親は知っていたんだろうか。
ふと、千紫のことを思う。
計算高い母親のことだ。知っていても不思議ではない。しかし、ここまで誰かの気持ちを踏みにじるようなやり方はしないはずだ。
「葵、」
にわかに動揺する碧霧に紫月が声をかけた。
碧霧が複雑な面持ちで紫月を見返した。しかし彼女は、そんな彼に向かってあっけらかんと笑った。
「確かに、出会うよう仕組まれた運命だったのかもしれないけど──、あの日、あの場所で私たちが巡り会ったのは偶然だわ。そうでしょ」
言って彼女は、固い表情の碧霧の頬を両手で包み込んだ。
「それとも、今の自分の気持ちでさえ仕組まれたものだと、あなたは思うの?」
力強い紫月の眼差しが碧霧を捉える。
誰かの思惑なんて関係ない──、そう彼女の目は言っていた。
碧霧の口元に自然と笑みが浮かんだ。
「そうだな、紫月の言うとおりだ」
この愛おしいと思う気持ちが作られたものだとは思わない。
碧霧は紫月の手を上から握り返し、そっと顔を近づけた。
紫月がほんの少し戸惑った表情を見せ、それから静かに目を閉じる。
二人の唇が重なり合い、チュッと優しい音が跳ねた。
まるで、おままごとのようなキス。しかし、お互いに気持ちがふわっと安心した。どちらからともなく笑みがこぼれる。
「ねえ葵、私がここにいることは意味があると思うの」
紫月が言った。
「葵が私のことを心配してくれているのは分かる。でも、できることが目の前にあるのに何もしないなんて──たぶん無理。言ったでしょ、葵のために来たって」
「紫月……」
言っても無駄か。
碧霧は大きく嘆息する。
そして彼は、懐からある物を取り出した。
それは、里中の
「これを肌身離さず付けていて。術をかけたから、もし離ればなれになったとしても紫月がどこにいるか分かる。紫月の好きにしていい、俺が必ず守るから。その代わり、無茶はしないと約束して」
碧霧が紫月の首にかけると、彼女は「分かってる」と嬉しそうにアメジストの石を握りしめた。
その後、
「地下道は馬のまま通ることができます。私が専用の札で門を開けますので、一気に通り過ぎてください。全ての者が門を通過するのを確認してから私が門を閉じます。門を開けている間は、私は門口から動けません。もし敵に気づかれた場合は、碧霧さまが通過することを第一優先とし、状況に応じて味方が残っていようとも門を閉じます」
「残された者はどうなる?」
「まずは各班ごとに鎮守府を目指し、最後は一人になっても
簡易式の机に地図を広げ、与平が淡々とした口調で碧霧に説明する。集まった隊士たちもみんな緊張顔だ。
「諜報の四番隊によれば、反乱軍のほとんどが鎮守府正門付近に固まっている。夜明けと同時に
すると、
「……森はどちらの味方になるかしら」
ふいに紫月が思案顔で呟いた。
「森に入っても嫌な感じはしなかったけど、歓迎されている訳でもなかったし……」
その場にいた誰もが(また、不思議なことを言い出した──)と、互いに目配せし合う。
左近と右近が苦い顔をし、碧霧が慌てて紫月の言葉を遮った。
「紫月は俺と一緒に門をくぐることだけを考えて」
「いやよ」
あっさり、そしてはっきりと紫月が拒否した。その反抗的な態度に碧霧があんぐりと口を開けた。
見かねた与平がため息まじりに紫月をたしなめた。
「紫月さま、勝手な行動は慎まれますようお願いしたい。先程、お二人でどうすべきかお話し合いになったのでしょう?」
「そうよ。それで、私は私らしくいくことにしたの。後は──そうね、葵が私を守ってくれるわ」
切れ長の大きな瞳に強い光を瞬かせ、彼女はその場にいる全員に宣言した。
与平と左右の守役が、「どんな話し合いをしたんだ」と言いたげな目を碧霧に向ける。
確かに、紫月の好きにしていいとも、守るとも言ったけど──。
無茶はして欲しくないというこちらの気持ちは全然伝わっていない。
も、そもそもこちらの話はきかないし。
そして彼は、ただただ、「こういうことになりました」とばかりに皆に目で返すしかなかった。
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