2.三番隊の行軍

 夜明けとともに出発した碧霧たちの一行は、空馬で北の領の空を一気に駆け抜けた。

 かなりの速さで駆けているのに六洞りくどう衆三番隊の隊列は崩れない。馬も乗り手もよく訓練されているなと碧霧は感心した。


 先頭を行くのは三番隊長、その後ろに空馬が前後左右同間隔で四列に並ぶ。

 碧霧はちょうど隊の中ほどに据えられ、その隣に紫月が狛犬に乗ってぴったりくっついていた。二人の後ろには左近と右近。

 つまり、この四人を守るような隊列である。


 霊力の強い鬼は、「十人力(人にして十人分の力)」とも言われる。それが精鋭部隊の隊士となると「百人力」は下らない。二つ鬼の隊士が多いが、一つ鬼もそれなりにいる。吏鬼のほとんどが二つ鬼で占められている執院の現状を考えると、六洞りくどう衆が例外であることが分かる。

 角の数にはこだわらない実力主義である所以である。

 そんな隊士をまとめ上げる隊長格の実力は、計り知れない。


 与平はほぼ後ろを振り返らない。

 必要な時は、手の合図のみで指示を出す。このやり取りが隊全体の迅速な動きに繋がっていた。


 月夜つくよの里を出て、一行は南西に向きを変える。眼下に雄大な北の領の山野が広がった。

 西部はどちらかと言えば、岩などのゴツゴツした土地が多く農耕には適さない地域だ。最近では鉄鉱石が採取できる山が見つかり、物や金が流れるようになったらしいが、それまでは北の領でも流れ者たちの溜まり場のような場所でもあった。

 沈海平しずみだいらは、その西部で数少ない肥沃の地として知られていたのだ。


 半日ほど休憩なしで走り続けただろうか。

 ようやく隊長が背後の騎馬隊に向かって腕を振り下ろし、降下の合図を出した。


「休憩だ……」

 碧霧の後ろで右近がほっと息づくいた。

 今回の遠征で、紫月のような別枠を除けば、彼女は六洞ろくどう衆として唯一の女である。当然ながら、実力主義の六洞衆では六洞家の子女という肩書きは通用しない。

 少し開けた岩だらけの平地に小さな沢が見える。

 部隊はそこに降り立ち、しばらく休憩を取ることになった。


 それぞれが沢の周りに馬を放し休み始める中、左近がすぐさま碧霧と紫月の世話をしに駆け寄る。


「かなりの強行軍ですが問題ないですか?」

「ああ、大丈夫だ。紫月は?」

「うん、吽助が頑張ってくれたから平気」


 紫月が笑顔で答える。もっと疲弊しているだろうと思っていた碧霧は、案外と元気な彼女の姿に驚いた。

 それよりも、

 碧霧は紫月とともに同じ方向に視線を向ける。


「右近、大丈夫……?」


 視線の先には、かなり疲弊した様子の右近が、馬を適当に放して、その場にどかりと座り込んでいた。


 すると、そこへ与平がやって来た。


「碧霧様、予定より遅れています。できれば、夕方までに古閑森こがのもりの入り口に辿り着きたいところですが、この調子だと難しいかもしれません」

「……私のせいですか? 隊長」


 それを聞いて、右近が悔しそうな顔をした。

 遅れがちになっていた自分を周りの仲間が補ってくれていたことは十分に気づいていた。

 紫月はともかく、自分が足を引っ張っていては話にならない。


 しかし、与平が「違う」と素っ気なく答えた。


「隊の遅れであって、おまえ個人の話をしている訳ではない。誰かのせいにしているうちは、隊は一歩も前に進まん。そういう話をしている」

「すみません」


 厳しい与平の言葉に右近はさらに落ち込んだ。

 

 すると、紫月がむうっと口を尖らした。


「どうして風に乗らないの? 風を切り裂くように進んで、こんな喧嘩を売るような走り方をしてたら、そりゃ意地悪されるわ」


 与平が戸惑った顔をした。


「風の流れは目に見えません。乗れと言われても──」

「簡単よ」


 紫月が空を見上げる。


「今日は朝から西の空の機嫌が鬱々と悪い。それを風たちが必死になだめようとしているんだから、邪魔しちゃダメよ」

「空の機嫌が悪い──」


 紫月の言葉を繰り返し、与平が雲一つない青空を見た。

 そして、怪訝な顔で碧霧を見る。姫の言葉を訳してくれと、その目は訴えていた。


「ええと紫月、それで?」


 苦し紛れに碧霧が彼女を促すと、「だから」ともどかしそうな口調が返ってきた。


「西に流れる風たちと一緒に進めばいい。きっと喜んでくれるわよ」

「だ、そうだ。与平」


 さっぱり意味が分からないが、そのまま与平に振ってみた。

 いっそ、紫月に道案内をさせた方が得策かなと碧霧自身が考えていると、難しい顔をして考え込んでいた与平が同じことを口にした。


「紫月様に道筋を指し示してもらいましょう。よろしいですか?」

「いいわよ」

「では、私の馬に一緒に乗ってください」


 刹那、


「ちょっと待て。だったら俺の馬に乗せる」


 碧霧が口を挟んだ。

 与平があからさまに嫌な顔をする。


「子供のような対抗心はやめていただきたい。あなたの宵臥よいぶしに手なんか出しません。だいたい、私のように後続隊に指示を出せないでしょう?」


 ま、そうなんだけど。

 紫月が喜んで与平に抱っこされている図なんて見たくない。

 それで碧霧が同意を渋っていると、


「与平さんの馬にも、葵の馬にも乗らないよ」


 紫月が言った。

 そして彼女は右近を「ほらっ」と立たせると、彼女の腕に抱きついた。


「私は右近の馬に乗る。先頭を走るから、みんなちゃんとついてきてね」


 にっこり笑って紫月は自信満々に言った。

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