8.洞家会

 各洞家の当主が一堂に会する洞家会は千紫の発案だと聞いている。


 ともすれば独裁になりかねない北の領の政治を合議制にすることで洞家との力の均衡を図るためだ。言わば、北の領の方針を決める最高機関である。


 大急ぎで御座所おわすところに戻り、着替えを済まして大広間に向かう。五十畳ほどある板の間には、すでにほとんどの洞家が集まっていた。


 ちなみに四洞の姿はない。彼が洞家会に姿を見せないことは、ほぼ暗黙の了解だった。

 

 上座の左側が伯子の席だ。碧霧には腹違いの弟が二人いるが、彼らは洞家会に参加できない。

 碧霧が自分の席に腰を下ろしたその時、派手な刺繍を施した小袖を着た二つ鬼が千紫を伴い入ってきた。


 傲岸不遜な顔つきは他を圧する迫力がある。長い黒髪を頭の高い位置で結び、腰にく見事な装飾の大太刀は最近の彼のお気に入りだ。

 鬼伯にして碧霧の父親、旺知あきともである。


 碧霧をはじめ、洞家の面々が座した状態で一斉に低頭した。


 旺知は左右に並ぶ洞家の中を足音も荒く進み、上座中央にどかりと腰を下ろす。その後ろを千紫が静かに続き、彼女は右側に座った。


「皆、楽にしろ」


 その声に、一同がようやく顔を上げた。

 洞家会の始まりである。


 左側の一番先頭に座る小柄で愛想の良さそうな男──洞家筆頭の次洞じとう佐之助が、洞家の面々を見回して口を開いた。


山守やまのかみ沈海平しずみだいらの状況を報告してもらいたい」

「は、」


 里外の山野を監視する山守やまのかみ五洞ごとう家当主がずいっと膝ひとつ前に出る。


「一昨日、水天狗たちが西の鎮守府を取り囲み、染井川汚濁の対応を求めてきています。反乱軍を率いているのは水天狗当主の真比呂まひろ、まだ百にも満たぬ若造です」

「ふん……」


 旺知が面白くなさそうに鼻を鳴らした。


里守さとのかみ、兵を派遣できるか」

「できますが……」


 六洞りくどう重丸が太い眉毛を寄せて不満げな顔をする。


 ほぼ全ての洞家が入れ替わった中で、六洞りくどう家だけは、月夜の変以前から続く家柄だ。

 旺知が九洞くどを名乗っていた頃からの付き合いであり、政変後にしぶしぶ旺知に下ったという経緯がある。


「反乱軍を鎮圧するのはいいとして、染井川の汚濁はいかがなさるおつもりか」

「西の鍛冶場での対策はこれ以上取りようがない。いかがも何も、どうもできまい」

「しかしそれでは、また反乱が起きる」


 すると、三洞みと家当主が声を上げた。


「鍛冶場で作る鉄の大部分は六洞りくどう衆が使っておる。西の領境の柵を鉄製にしたのは、重丸、そなたではないか」

「領境の防衛は最優先事項だ。それと川水の問題を一緒にするな。そもそも、領内の土地の管理は地守つちのかみである三洞みと殿の仕事であろう。何か対策はないのか?」


 洞家の面々が好き勝手にあれこれと話し始めた。


「鉄の生産を減らせばよい」

「水天狗に新しい土地を用意するというのは?」

「誰が用意するのだ」

「自分たちで開拓させればいい」

「それこそ反発が大きくなる」


 ややして、


「皆の意見は分かった」


 旺知が片手を上げて一同を黙らせた。そして彼は、ふと左脇に座る碧霧に目を向けた。


「碧霧、大量の火トカゲを集めるように四洞に命じたそうだな」


 冷ややかなその顔は、気に入らない時に見せるものだ。


 ふーん、今ここでその話を振るんだ。


 四洞が旺知に告げ口をすることは予想はしていた。碧霧はさして驚くこともなく、「ええ」と頷き返した。


「火トカゲは鉄を好んで食べます。それで沈海平しずみだいらに堆積した赤鉄をどうにかしようと考えています」

「鉄を大量に食べた火トカゲは発火する。そんな物を平野に無秩序に放すつもりか? 奴等に爆発物を渡すことになる」

「彼らの要求は爆発物じゃない。川と土地の洗浄だ」


 碧霧の頭の中に「傍観は同罪だ」という紫月の言葉が浮かんだ。

 正直なところ、こうした父親とのやり取りにはうんざりしていた。何を言っても無駄だと、意見すること自体を放棄しかけていた。


 しかし、彼女に「同罪だ」なんて言われたくない。


 彼は真っ直ぐに父親を見据え、はっきりとした口調で言った。


里守さとのかみの言うとおり、力でねじ伏せるのは簡単だ。けれど、原因を断たなければ結局は同じことが繰り返される。余計な反乱は、北の領全体の力を無駄に削ぐことにもなりかねない。川と土地の洗浄は喫緊きっきんの問題かと思います」


 部屋がしんっと静まり返った。

 大広間に沈黙が流れる。

 皆、鬼伯が何を言うかを待っている。


 それはそうだ。どちらの肩を持っても角が立つ。


 ややして、旺知が「ふん」と鼻を鳴らした。


「ならば、やってみろ」

「え?」


 思わず鼻白む碧霧に旺知がにやりと笑う。


「儂に隠れて何やら画策しているくらいだ。どうにかする自信があるのであろう? 手段は問わん。伯子として沈海平しずみだいらの反乱を止め、ついでに川と土地を綺麗にして来い」

「……」


 まさかいきなり命令が下るとは思っていなかった碧霧はさすがに言葉を飲んだ。

 これが父親の自分に対する嫌がらせであることは明白である。しかし、沈海平の問題に公然と取りかかれることに心の奥で喜んでいる自分もいる。


 すると勘定がた八洞やと家当主が、するりと前に出た。ひょろりとしたひげ顔に面倒臭そうな様子を浮かべ彼は言った。


「畏れながら伯に申し上げます。伯太はくたいの儀が間近に控えております。今、碧霧さまを沈海平しずみだいらに派遣するというのは──、予定が遅れれば、その分だけ金がかかります」


 旺知が「ああ、そのことか」と顔をしかめた。


「さっさと終わらせればいい。あんなもの形だけだ。伯太の儀が終わり次第、碧霧は沈海平しずみだいらへ向かえ」


「伯、お待ちくださいませ」


 いつもは事の成り行きを見守るだけの千紫が口を開いた。

 しかし、ぎろりと旺知に睨まれ、しぶしぶ引き下がる。奥の方といえど、この状態の旺知に意見を言うのは難しい。


「誰も異論はないようだな」


 旺知がこれで終わりだとばかりに立ち上がった。

 かくして、碧霧に難題を押し付ける形で緊急の洞家会は閉会した。

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