6.沈海平《しずみだいら》の反乱

 曲坂まるざか通りのくねくねとした道をぶらぶらと歩き、二人で店を見て回る。

 途中、革紐で巻いた紫水晶アメジストのペンダントが売っていて、碧霧はそれを買って彼女の首にかけた。


「ありがとう。プレゼントしてくれるの?」

「そう。こういうの、好きそうだし」


 こんな風に女の子に贈り物をしたのは実は初めてだ。

 とにかく彼女が笑う顔が見たかった。


 小腹が空いたところで休憩をすることにする。紫月が、「芋まんじゅう」という張り紙が貼られた古ぼけた店を指差した。


「あそこの芋饅頭はとっても美味しいのよ。それに、イモンブランが絶品なの」

「イモンブラン?」

「芋のモンブラン。今度は私がごちそうするわ」


 小さな長椅子が店先にいくつか置いてあり、その一つに二人で並んで座った。紫月が元気良く店の奥に向かって声をかけた。


「じぃじー、イモンブランを2つ!」

「おや、今日は二人ですか?」


 店の奥から年老いた店主らしき男が出てきた。


「珍しいこともあるもんだ。しかも、えらい色男ではないですか。先生はご存知で?」

「知らないから言ったらダメ!」


 紫月が慌てて立ち上がり、「余計なことを言わないでっ」と店主を店の奥へと追い返す。

 角もなく見た目は人間と変わらない風貌であるが、彼も何かのあやかしだろう。それで碧霧が狐か狸かと考えていると紫月が小さな声で耳打ちした。


「じぃじは、なの」

「なし──」


 思わず碧霧は目を丸くする。紫月がすぐに言葉を続けた。


伝染うつらないわよ」

「知っているよ。こんな風に店をやっているんだと驚いただけ。そう言う紫月も平気なんだ」

「だって、私の父さまもなし者だもの」

「え?」


 碧霧はさらに驚いた。家族のことを話してくれたということと、それが「なし者」だということとで二重に驚いた。


 同時に、疑問が湧く。


「両親は、その……、大恋愛なの?」


 ゆえに結婚をしないし、できない。夫婦になるなんて、余程のことだ。

 しかし紫月は「うん?」と首を傾げた。


「いや、仲は悪かったわね」

「わ、悪いんだ……」

「無理やり夫婦になったみたいだし」


 なし者と無理やり夫婦になるなんて、どういう状況だ?


 碧霧の頭がさらにこんがらがる。そんな彼の動揺を感じ取ったのか、紫月はつまらなさそうに鼻を鳴らした。


「相当こんがらがっているって顔ね。やっぱり育ちがよろしいようで」

「いちいち育ちについて嫌味ったらしく言うな──」


 その時、


「速報だよー! 沈海平しずみだいらで反乱だ!!」


 通りのど真ん中、新聞を持った女が現れた。

 赤目をランランと輝かせ、大きく尖った耳をくるくる動かしながら、刷りたての号外新聞を高らかと掲げる。


「土地の汚染に怒った水天狗たちが月夜つくよに反旗を翻したよ! うちは、写真入りの号外だよー!!」


 刹那、行き交う者がわっと号外新聞に群がった。


「なんだって──」


 碧霧はとっさに立ち上がる。そして、そのまま自分も群れの中に突っ込んだ。


「俺にも一つくれっ」


 撒き散らすように配られる新聞を一枚もぎ取り群れから外れる。『水天狗、反旗!!』という大きな見出しとともに、武器を手にして沈海平の鎮守府を取り囲む水天狗たちの写真が目の中に飛び込んできた。


「馬鹿な……」


 父親は反乱を許さない。下手をすれば皆殺しだ。

 碧霧は新聞の端をくしゃりと握り潰した。


 すると紫月がおそるおそるやって来て、新聞を覗き込んだ。


沈海平しずみだいらで反乱が起きたの?」

「ああ、そうだ。沈海平しずみだいらの土地の汚染は以前から問題になっていて、どうにかしないといけない案件なんだ。でも、こんな風に反乱が起きたら……、派兵して鎮圧することになる」


 碧霧が手短に説明すると、紫月が怪訝な顔を返した。


「どうして? 土地が汚れたから不満が出ているのに、水天狗の不満を力で押さえ込むっていうの?」

「鬼伯は、歯向かう者を許さない」

「──じゃあ、伯子は?」

「え?」

「今の厳しい鬼伯と違い、伯子は聡明で優しい方だと聞いたわ。父親である鬼伯に意見をしないの? 葵だって洞家でしょ。意見は言えないの?」


 突然、紫月の口から「伯子」という言葉が出て、碧霧の心臓が跳びはねる。彼は動揺を表に出さないよう注意しながら彼女に答えた。


「俺は……ほんと雑用係で、決定に関して詳しいことは分からない。でも、鬼伯の決定は絶対で伯子といっても反論は難しいと思う」

「だとしたら、その黙っている伯子も所詮は同じね。傍観は同罪だわ」


 紫月の言葉が容赦なく碧霧に突き刺さった。

 こちらの事情を何も知らないくせに、と言いそうになりぐっと言葉を飲み込んだ。


 紫月の言っていることは間違っていない。北の領のまつりごとを担う者として、きちんと治めきれていない今の状態は、何を言われても仕方がない。


(せっかく少しお互いのことが話せるようになってきたのに)


 今の会話で、自分が伯子であると告白する機会も逸してしまった。


 刹那、


「若!」


 聞きなれない呼び方で聞きなれた呼び声がした。碧霧がはっと振り返ると、険しい顔をした左近が睨みをきかして立っていた。

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