5.初デート
里中は、月夜の里で最も賑わっている場所である。
鬼だけでなく、人語を解するあやかしが集まり、いろいろな店を構えている。特に下里中の
通りの両側には所狭しと大小さまざまな店が立ち並び、古めかしい阿の国の甘味処から、ネオン輝く人の国の小物屋までなんでもある。
人の国からのあやかしも多いので、行き交う者も洋装や和装なんでもありだ。まさに今と昔がごちゃ混ぜになった奇妙な場所だ。
そして碧霧はというと、すっきりとした袖のない薄茶の上着に深緑のズボン風の袴姿だ。紫月の
以前、反物商に勧められて買った洋風デザインの上下をこっそり持ち出し、途中の山中でそれに着替えてきた。
なんでこんな真似をと思ったが、奥院からこの格好で出かけようとしたら目立ってしまうので仕方がない。
我ながら自由のない身だと思う。しかし、これも紫月に会うためだ。
先日、腕の中に囲った紫月は途方もなく可愛く、そのままお持ち帰りをしたいくらいだった。どこの誰であるかが分かれば、権力を総動員して奥院に召し出すことも可能なのにと、思わず物騒なことを考えてしまう。
待ち合わせ場所は、
「ちょっと、雑誌一つに二千円ってどういうことよ?!」
「あんた、いつもいつも一時間以上ここで立ち読みした挙げ句に、やっと金を持って来たかと思ったら、一冊しか買わねえじゃねえかっ」
「失礼ねっ、だから、どれを買おうか悩んでいるだけだって言っているじゃない」
「隅から隅まで読んでるくせに何を言ってやがる!」
聞き覚えのある鈴の音のような声が、口汚く店主と言い合っている。
まさかと思って、集まり出した野次馬に混ざって見てみると、両サイドを切り揃えた黒髪の女の子が大きな一つ目の店主と対峙していた。
「紫月……」
いや、も、何をやってんの?
碧霧は軽いめまいがした。
慌てて仲裁に入り、並んだ雑誌をさらに五冊ほど買うことにして店主に三千円を払う。
気前のいい客に店主はぎょろりとした一つ目を三日月型にニィッと細めた。
「
「いいです。ってか、俺好みってどういう──」
「そりゃあんた、男が大好きな本って言ったらあれに決まってんだろ。すごいのあるよ」
ああ、あれ。すごいの。
店主のニヤニヤ顔がうっとうしく、碧霧は即座に「けっこうです」と断った。隣では紫月が嬉しそうに雑誌を六冊抱えている。
「一つ目のおじさん、また来るね」
「おう、今度はちゃんとそこの
完全に金づるとして認識されてしまった。
碧霧は普段お金を使わない。生活に必要な物は全てあてがわれるので当然なのだが、しかし、自由にできるお金を全く持っていないわけでもない。
たまにお忍びで里中に遊びに来ることがあり、それ用の金銭を勘定方から準備してもらっている。いわゆる「お小遣い」だ。なので、自分が着ている衣服の値段は言い当てられなくても、こうして買い物も自分で出来るし、里中に並ぶ商品の相場についてもおおよそ分かる。
ただ、今の買い物は、ちょっと手痛い臨時出費だった。
とにもかくにも二人は本屋を後にして、通りを並んで歩き始めた。
「ありがとう。いきなりふっかけられて困ったわ」
「あの本屋、よく行くの?」
「うん。ちょっと他より高めなんだけど、新しい本が一番多いし、何より立ち読みもさせてくれるし」
「だから高くなるんだろ。ちゃんと買ってやれよ……」
さっきの二千円の請求もそこまで不当ではなかったなと、思わず店主に同情してしまう。
「支払ったお金は必ず返すからね」
「いいよ、それ買ってあげる」
そう答えながら、碧霧は(返せるんだ)と内心驚く。
阿の国は、貨幣制度がそこまで発達していない。いまだに金や銀もお金として通用するし、物々交換だってありだ。中でも人の国のお金は貴重で、有利に取引ができる。
そんな人の国のお金を持っているなんて、やっぱりそこら辺の里の娘じゃない。
今日の彼女は、また別の着物ドレスを着ていた。白地に青色の花と蔓の模様があしらわれたそれは、スカートの後ろが金魚の尾びれのように長く垂れ下がっている。足には厚底のサンダルを履いていて、なんとも
すると紫月が、碧霧の姿を上から下まで眺め回してくすくす笑った。
「そういう格好も似合っているけど──、育ちの良さはどうにも隠せないわね」
「そりゃ、どうも。褒められている気がしないな」
「褒めてるよ。葵はどこ行きたい?」
「そうだな……」
言って碧霧はさりげなく紫月の手を握った。そのまま指を絡ませて恋人つなぎをする。
ちらりと彼女の反応を窺うと、彼女は戸惑った表情をしながら耳の先まで真っ赤になっている。
うん、いつもながら可愛い。
しかも、彼女はこちらが絡めた指を一生懸命ぎゅっと握り返してきた。
わお、
「紫月の行きたいところに行きたい」
今日あたり、お互いのことをもっと話せるかもと碧霧は思った。
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