4 鬼伯の息子
出会い頭にいきなり怒られ、碧霧はげんなりした顔でそっぽを向く。
彼の守役である
二人は血の繋がった兄と妹であるが、兄の左近が一つ鬼で妹の右近が二つ鬼だ。父親が二つで、母親が一つという珍しい組み合わせだからだ。
そして彼らの父親の
六洞家は三百年以上前から続く武芸の家で、「
左近が、親譲りの太い眉を歪ませ碧霧を睨んだ。
「どれだけ探し回ったと思っているんですか」
「別に、探さなくてもいい」
不機嫌な声で碧霧はぼそりと答えた。
今度は妹の右近が、兄と対照的な細い眉を下げてため息をついた。
「探さなくていいなら、私たちも探しませんよ。ご自分のお立場、分かって言ってます?」
「分かっているけど──」
自由にどこへでも行かせてくれないじゃないか。という反論は、無駄なのでやめた。
左近が「とにかく、」と、月夜の里でひときわ大きな一角を指差した。
「
大小さまざまな渋茶色の屋根が寄せ木細工のように規則正しく重なっている。そこは、
中心の大きな庭に面する巨大な屋根は
そして影霊殿の奥に、伯家──鬼伯とその一族が住まう奥院の建物も見える。
ちなみに、「
「分かった。すぐ戻る」
碧霧の顔が、物腰の柔らかな、それでいて感情の読み取れない表向きのそれに変わった。
鬼伯の息子であり、「次期鬼伯」と目される若者の顔だ。
(思ったことをそのまま口にする子だったな)
彼の周りには、本心を隠して従順にかしずく姫しかおらず、紫月のような女の子は初めてだった。
できれば、もう少し話をしていたかったが、あまりこちらと関りたがってないように見えた。
(俺が洞家の鬼だから? それとも二つ鬼だから?)
洞家は特権階級だ。取り入ろうとする者もいれば、逆に関わり合わないようにする者もいる。角の数が違えばなおさらだ。
三百年前、大きな政変があり、一つ鬼と二つ鬼の立場は逆転した。
当時、北の領を治めていた一つ鬼の一族に対し二つ鬼が謀反を起こしたのだ。
その首謀者こそが今の鬼伯であり、そして碧霧の父親である。
たかが角の数の違いであるのに、両者の溝は深い。そういう意味では、左近や右近の両親のような例は珍しい。
(まあ、どっちも嫌だったのかもしれないな)
そんなこと関係ないのに、と考えながら碧霧はあることを思い出し、左近と右近に尋ねた。
「おまえたちは、自分の着ている衣服がいくらするか知っているか?」
左右の守役が、突然なんの話だと怪訝な顔で見合わせた。
それから碧霧は、御座所に着くと執院へと向かった。
目指すは母親の千紫の執務室となっている
二十畳ほどの和室には、
多くの
碧霧が
「碧霧、奥の方のお呼び出しにより参上いたしました」
仰々しく言って、一番奥の大きな机に座る母親を見る。
豊かな黒髪を高く結い上げ、そこから後ろ髪を長く垂らし、べっ甲のかんざしを刺している。思慮深そうな、それでいて威圧的な視線は、為政者ならではの目だ。千紫は不機嫌そうな顔を上げ、ちらりと傍らに置いてある人の国製の時計を見ると、周囲の吏鬼たちに向かって手を振った。
「しばし下がれ、伯子に話がある」
伯子とは、「次の鬼伯になる子」という意味だ。それ以外の子は、鬼伯の子でも「次子」と呼ばれる。
父
滅多と子供が生まれないあやかしにとって、息子が三人もいるなんて珍しい。どんだけ頑張ったんだと碧霧は密かに思っていた。
現在、次の鬼伯が誰であるかが、正式に決まっている訳ではない。しかし、誰もが次期鬼伯は碧霧と思っているので、正式ではないにせよ彼は伯子と呼ばれていた。
碧霧は、
「それで? わざわざお呼び出しなんて」
「くだけた物言いはやめよ」
千紫がテーブルの向かいに座り、居ずまいを正す。
威圧的な表情で背筋を伸ばし両手をきちんと膝の上で合わせる様は、非の打ち所のない最上級の女性の姿だ。
「公の場では、ちゃんと振る舞っているよ」
「どうだか」
千紫は嘆息する。そして、鋭い視線をちろりと息子に向けた。
「
碧霧の眉がピクリと動いた。
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