雨のち晴れ

前田島人

第1話

「あ~~~~ひま」

 髪を2つ結びにした活発そうな少女、スノウが唐突にそう呟いた。

「仕方ないよ。だってここ、天国だし」

 黒髪でサラサラヘアの少年、レインが冷めた口調で言い返す。

「ほんと平和だよな~~」

 と髪をツンツンと尖らせたようにヘアセットをしている少年、サンダーが言った。


 そう、ここは天国。雲のうえにある世界。


 そこでレインとサンダーとスノウの3人は暮らしている。

 3人とも見た目は14、5歳の少年少女だが、人間ではない。雨と雷と雪を司る妖精である。

「そこの3人! 暇なら庭の掃除やってきてよ!」

 突然現れたメイド服の女性。この人は女神様だ。長い黒髪を後ろで束ねてキリッとした顔立ちの美人である。

「「「え~~~~」」」

 3人が声を揃えて嘆いた。

「いいから行ってこい!」

 3人は箒やらちりとりやらを持ちながらトボトボと庭に向かった。

「ちぇ~暇とか言わなきゃ良かった」

 とレインがぼやく。

「言ったの誰よ!」

 とスノウ。

「「いや、スノウでしょ!」」

 すかさずレインとサンダーからのツッコミが入る。

 その時だった。庭の垣根からガサガサと音が聞こえる。

「「「えっ?! 何?!」」」

 3人は声を揃えて音のした方を向いた。

「よいしょ!」

 なんと垣根をかき分けて出てきたのは2~3歳ほどの小さな男の子だった。思わぬ訪問者に唖然とする3人。

「え~~っと…もしかして迷子かな?」

 スノウが男の子に声をかけた。

 男の子はキョトンとして3人を見ている。

「あの……お母さんはどうしたの?」

 とレインが聞くと、

「わかんない! ママと離れちゃったの!」

 と男の子はニコニコして答える。

 3人は顔を見合わせた。サンダーが口を開く、

「とりあえずこれ……神様に報告案件じゃね?」

 3人は男の子を連れて神の間に向かう。スノウが手を繋いであげており、とてとてと一生懸命に歩いている。

「女神~~! 男の子が迷い込んできたんだけど!」

「は?!」

「お母さんのところに届けた方がいいよね~?」

「いや、え? ……てかここ、天国なんだけど?!」

「「「……確かに」」」

「いや、そこ気づくだろ普通!」

「え~とつまり……この子もう亡くなってるってこと?」

 女神は言いにくそうに答えた。

「……おそらくね……でもまあ、神様に見てもらった方がいいかも」

 レインたちは、神の間へ向かうことにした。




 神の間の扉は美しい装飾が施されており、仰々しい雰囲気がある。

 コンコン「神様入るよ?」

 部屋は荘厳な雰囲気に包まれており、奥の高座の薄いカーテンに人形のシルエットが見える。

「神様、そういうそれっぽい雰囲気出さなくていいんで、開けますよ」

 そう言うと女神はズカズカと入っていき勢いよくカーテンを開けた。

「ね~! もうちょっと雰囲気大事にしてよ~~!」

 現れたのは髭がサンタクロースのようにモジャモジャと生えた小さいおじいちゃんである。

「どうでも良いことで時間取るのやめて下さい。うちの庭に迷子が迷い込んだんです」

 と女神がクールに言い切った。

「迷子? ここ天国なのに?」

「この子なんだけどさ……」レインは男の子を指さした。小さい男の子は指を咥えてペターっと床に座っている。

「う~~む。下界の者が天界に現れることは、普通ないんじゃが……」

 その時だった。「ピンポーン」玄関のチャイムが鳴り響く。

「この気配……もしやこの子を迎えにきたのかもしれんな……」

 神様の言葉にレインたちは少しばかりの胸騒ぎを覚えた。

「ピンポーン」訪問者は何度も呼び鈴を鳴らす。

「はいはーい! 今開けまーす!!」

 女神が勢いよくドアを開けた。

 ゴンッ!玄関の扉が訪問者の頭にクリーンヒットする。

「いっっったぁぁ!!!」

 訪問者が額を抑えて蹲った。フードを被っているため顔が見えない。

「きゃー! ごめんなさーい!」

 若干のぶりっ子を交えて謝る女神。

 小さい男の子を神様に預けてレインたちも急いで玄関に集まって来た。

「ぐっ……まあ、いい」

 訪問者は立ち上がりフードをサッと外した。

「俺は死神のウルフ。幼い魂を探しに来た」

 自らを死神と名乗るその訪問者は、見た目は14、5歳程のあどけない少年だった。瞳は青と紫の混ざったビー玉のようだ。そして頭にはオオカミのような耳が生えている。

「幼い魂?」

 レインが思わず問いかける。

「そうだ。下界から魂を導いてる途中で、幼い魂が逃げ出してしまった。3歳くらいの男の子だ」

 そう言って死神と名乗るその少年は懐から紙を取り出すと、レインたちに渡してきた。その紙には先程見つけた迷子の男の子の顔写真や住所などが載っている。

 写真を見た3人は思わず顔を見合わせた。

「……ちょ、ちょっとそういう子は見て無いですけど、見かけたらお伝えしますね!」

 とスノウが慌てた様子で死神に伝えた。

「……そうか……分かった。見つかり次第連絡をくれ。よろしく頼む」

 死神はそう言うとあっさりと踵を返して帰っていった。




「――で……どうする?」

 死神にもらった紙を眺めながら、レインが重い表情で呟いた。

「なんかノリで匿っちまったけど、これ、やばくねーか?」

 とサンダー。

「だってだって! あのまま死神に渡しちゃったらこの子がどうなるか分からないじゃん!」

 と半べそをかくスノウ。

「とりあえず……」

 そう言って3人は思わず匿ってしまった小さな男の子を見つめた。

「えーっと、僕、お名前は?」

「……ひなた……」

 辿々しく男の子は答えた。

 レインが先程もらった紙を見てみると、名前の欄にひなたと書いてある。

「ひなたくんかぁ、良い名前だね」

 レインが言いながら頭を撫でると、男の子はニコニコと嬉しそうに笑った。

「こんなに小さいのに、お母さんと離れちゃって、寂しいだろうね」

 3人は顔を見合わせた。

「ねえ、この子、私たちでお母さんに会わせてあげられないかな」

 スノウがそう呟いた。

「会わせるったって、どうやって?」

 とサンダー。

「私たち3人で地上に降りるの。お母さんに一目会わせてあげて、急いで戻ってきて、この子をさっきの狼に渡す」

 スノウは真剣な表情で答えた。

「俺らで地上に降りるって……」

 サンダーはスノウの真剣な表情に気圧されて戸惑う。

 レインがしゃがんで男の子に問いかけた。

「ねえ、ひなたくんは、ママに会いたい?」

「ママ! ママ会いたい!」

 男の子は元気よく答えた。

「ママ大好き……ママのとこに行きたい……」

 母親を思い出したのか、男の子はさみしそうにしょんぼりとしてしまった。

 レインはその表情を見て、切ない気持ちになった。

「……行こうよ。僕らでこの子をお母さんの元に連れて行く、一目会わせることしかできないけど、ちゃんとさよならを言わせてあげたい」

「……だな! 俺らでこの子をお母さんの元に届けよう! やってやろうじゃん!」

 とサンダー。

「良かった! じゃあ決まりで!」

 スノウがそう言って手を前に出して目配せした。

 3人は頷き合った後、手を重ねて円陣を組む。レインが言った。

「ひなたくんを僕たちでお母さんに会わせる! さよなら大作戦開始! エイエイオー!」




「――ってことでどうしようか……」

 雲の隙間から下界を眺めつつレインが呟いた。

 小さな男の子は、おんぶひもでレインの背中に括り付けられている。

 レインたちの眼下には息をのむほどにすさまじい絶景が広がっていた。空は晴れているものの、上空には風が吹き荒れている。下から突風がゴーっとレインたちの顔に吹き付けた。

 スノウは顔をしかめ、腕を前に出し、風をよけながら言った。

「ここから先は、あれをやるしかないっしょ……」

 スノウの言葉にレインがうなずく。

「…幸い今日は……晴れてることだし」

 レインが天空に向けて両手を伸ばし呪文を唱える。

 その瞬間、どこからか現れた真っ黒な雨雲がもくもくと上空に広がっていった。

「……こんなところかな」

 大きな雨雲を前にレインはそう言うと、再度呪文を唱える。

 その途端、雨雲から大粒の雨が降りだした。

「おーー!!」

 男の子は手をたたいて喜んでいる。

 レインのやっていることが手品みたいに見えているのだろう。

「へへへ……」

 レインはどことなく誇らしげに鼻を掻いた。

「ねえ!? 俺なんかすることある?!」

 自分の見せ場がないサンダーがそわそわしながら聞いてくる。

「とりあえず大丈夫」

 スノウが冷静に返し、ズーンと落ち込むサンダー。

「よし! ここまでかな!」

 パチッとレインが空に向けて手をたたいた。

 途端に雨がやみ、気づけばそこには下界まで続く虹の橋ができていた。

 虹の端が雲にかかり、大きくて美しい虹がまるで滑り台のように下界へと続いている。

「きゃー!」

 小さな男の子は手を挙げて喜んだ。

「ひなた君、今からこの虹をみんなで滑り降りるんだよ。少し怖いけど我慢してね?」

 レインが優しく語りかけると、男の子は元気よく「うん!」とうなずいた。

 その時だった。


「――やはり隠していたか」


 突然の声の主に驚いて一同が振り返ると、そこには先ほどのオオカミ、ウルフが立っていた。

「貴様ら、自分たちのやっていることが分かっているのか?」

 氷のように冷たい声にレインたちは背筋が凍るのを感じた。

「死者を地上に返すことは天空法で禁止されている。その子はもう死んでいるんだ」

「……そ、それは…わかってるけど……」

 スノウが震える声で返す。

「わかっているならなおさらだ。これは子どものおふざけじゃないんだよ。その子をこちらに渡せ」

 オオカミがじりじりと近づいて来る。レインたちは少しずつ後ろに下がるが、後ろは絶壁だ。

「……もう後がない……行けるか?」

 レインは小さな声で二人に呟いた。

「わかってる……」スノウが答え、「俺も行ける」サンダーが呟き、三人は手を握り合わせた。


「「「せーーのっ!!!」」」


 掛け声に合わせて三人は大きな虹の滑り台に飛び乗った。

「おい! 待て!」

 ウルフの静止の声も虚しく、レインたちはあっという間に目の前から消える。

「くそっ!!」

 雲の上から地上を見下ろしながらウルフは悔しそうに拳を握りしめた。




「「「うわあああああああああ!!!!!!!!」」」

 この世の物とは思えない声を張り上げながら凄まじいスピードで滑り落ちていくレインたち。

「みんな! 手は絶対離さないでね!」

 スノウが叫んだ。

「いやわかってるけど! わかってるけど俺たち! このまま落ちたらやばくね?!!」

 と焦るサンダー。

「任せて! 私が何とかするから!!」

「何とかするったって! うわああああああああああ!!!!!」

 叫びながらさっきから無言のレインを横目で見る。


「……」


「いやレインが白目向いてる!!!」


 ピカッ!ズドン!!


 その瞬間閃光が走り、衝撃音とともに一同は地面に着地した。

「―――うっ……いてて……いった~……くない??」

 大の字になった状態で目を覚ましたサンダーは不思議そうに呟いた。衝撃音が大きかった割になぜか不思議と痛みはない。

「てか、つめたっ?!!」

 地面についた腕を見ると冷たさで赤くなっている。周りを見渡すとあたり一面が銀世界になっていた。

「だーかーら言ったでしょ? 私が何とかするって!」

 先に立ち上がっていたスノウが自分についた雪を払いながら、いたずらっぽく笑い手を差し伸べてきた。

 どうやらスノウが出した雪がクッションになって衝撃を和らげてくれたらしい。

「……へへっよく考えりゃ、こっちには雪の女王様がいるんだもんなぁ!!」

 照れ臭そうにスノウの手を掴み起き上がるサンダー。

「雪の女王様って何よ」

 スノウは恥ずかしそうに笑った。

「あっ! てか! あの子は大丈夫なのか?!」

 サンダーは心配そうに当たりを見渡した。

 晴れた空の下、真っ白な雪がまぶしく照り返し、目を凝らしてあたりを見回すもレインと男の子の姿は見つからない。

「まさかあの二人、途中で落ちたんじゃ…」

 嫌な予感がしてサンダーとスノウは不安そうに目を見合わせる。

 その時だった。

「キャッキャッ!」どこからか男の子の笑い声が聞こえた。

「「ひなた君!!」」

 二人が急いで声のした方へ向かうと、そこには雪で遊びながらはしゃぐ男の子と、近くで屍のように気を失っているレインの姿があった。

「よかった~~二人とも心配したよ~~」

 スノウがホッとため息をついてその場に崩れ落ちる。

「おい! レイン! 大丈夫か?!」

 サンダーがレインの頬をペチペチと叩いた。

「ハッ!!」気を失っていたレインが目を覚まして周りをキョロキョロと見まわす。

「あの子は?!」勢いよく立ち上がったレインにサンダーが「あっち…」と指をさした。

 相変わらず楽しそうに雪で遊ぶ男の子の姿を見てレインもまた気の抜けたようにホッとため息をつく。

「全く。逞しいよな」

 サンダーがやれやれと大げさなリアクションを取って見せた。

「着地の衝撃でおんぶひもが外れちゃったみたいね……とにかく二人とも無事でよかったわ」

 スノウが近くに落ちていた紐を拾って言う。

 一同はクッションのように柔らかい雪の山から降りて、再度レインの背中に男の子を背負わせた。

「……さて、ここからどうするか」

 レインが懐から紙を取り出す。

「あ! これさっきのオオカミが持ってきた紙じゃん!」

 サンダーがレインの持ってる紙を指さして叫んだ。

「フッフッフ、僕に抜け目なんてないんだよ」

 レインがドヤ顔で持ってた紙を見せびらかしてくる。

「あっこれ! 住所とかもちゃんと書いてる!」

 スノウが紙をバッとむしり取った。

「さっすがレイン! この住所をたどればあの子のお母さんを見つけられるな!」

 サンダーの言葉にレインが嬉しそうにうなずいた。

「それじゃあ…行きますか!」

 三人は希望を胸に男の子を母親の元へと届ける旅に出発した。




 ――その数分後――


「なめてたわ……かんっぜんになめてたわ……」

 先程意気込んでいたレインたちは途方に暮れていた。

「人生そんなうまくいかないよね~」

 とスノウ。

「住所分かったからってすぐに見つかるわけじゃねえんだな……」

 外はすっかり日も暮れている。男の子はレインの背中ですやすやと寝息を立てていた。

「見て! この子の寝顔、すっごくかわいい!」

 スノウが男の子のほっぺを優しくつつく。

「天使みたいだなぁ……」

 サンダーとレインもかわいらしい寝顔に癒される。

「何としてもお母さんに会わせてあげたいけどな……」

 しかしながら、3人は完全に行き詰ってしまっていた。

「こんな時に神の手でも借りれりゃ……」

 サンダーがそうつぶやくと、


「呼んだ?」


「おわあああああ!!! びびった!!!」

 神が突然上空に現れた。

「なんだ神かよ~~」

「ちょっと!びっくりさせないでよ!」

「なんだとはなんだ!」と少々すね気味の神。

「まあいいや、いや~~さっきから見ておればお前たち、ぜんっぜん母親の居場所を見つけられんではないか!」

「だってさ~まじで地球広すぎ……まじハンパねぇ……」

「っていうかさっきから見てたんなら早く助けてよね!」

「ハンパねぇもクソもないわ! わしがお前らを母親の元へ届けてやるわい! 神様パワー!!」

 そう言って神は神々しい光を発し始めた。

「神様パワーって…」という言葉もつかの間、レインたちはまばゆい光に包まれた。

 次の瞬間、レインたちはとある一軒家の前に立っていた。

「あれ?…ここは…」

「ママー!!」

 男の子が家に向かって走り出していった。

「あっ! ちょっと!」

 スノウが声をかけるが、男の子の体は空気のようにスゥっと玄関をすり抜けて家の中へ入って行ってしまった。

「あっ魂だけだから実体がないのか……」

 レインが呟く。

「俺たちも行ってみるか!」

 とサンダーが言い、3人も玄関をすり抜けて家に入った。




「これは…」

 家の中は埃っぽく、カーテンが閉め切っており真っ暗だった。

 3人が部屋の奥に進むと、そこにはたくさんの薬の空き瓶とやつれて疲れ切った表情の母親がソファーに座っており、小さな男の子は嬉しそうに母親に抱き着いていた。

「俺らやこの子の姿は母親には見えてないみたいだな……」

「ママ……」男の子は母親に縋りつくが、声が聞こえていない母親は無表情のままだった。

「自分の子どもを亡くしてしまってから、この人多分寝れてないんじゃないかな。目の下のクマも酷いし……」

 そう言ってレインは床に落ちてあった薬の空き瓶を拾った。瓶には睡眠薬と書かれている。

「なんだか……連れてくるべきじゃなかったのかも…声も聞こえないんじゃ、余計さみしくなるよね。私たちの自己満足だったのかな……」

 スノウが落ち込んで呟いた、その時だった。


「やっとわかったか馬鹿ども」


「「「おわあああああ!!!」」」

 突然の背後で聞こえた声に振り返ると、そこには上空で撒いたはずのウルフがいた。

「なっ! なんでここに?!」

 サンダーが驚いて尋ねる。

「あのなぁ……俺は魂たちの個人情報は全部握ってんだよ。家の場所なんて知ってるに決まってるだろ」

 とあきれたように答えた。

「た、確かに……」

「とにかくあの子は連れて帰るぞ。全く、人騒がせな……」

 ウルフは男の子を母親から引き離そうとしたが、男の子は嫌がって離れようとしなかった。

「やだ! ママと一緒にいる!!」

 男の子の必死な姿に、レインたちはやるせない気持ちになる。

「……全く、仕方ないな」

 ウルフはそう言って母親の額に手を当てて呪文を唱える。呪文を唱え終わると、母親は静かに目を瞑り、ソファーに横になった。

「なっ!なにを?!」

 サンダーが慌てて尋ねたがウルフは手をサンダーに向け言葉を制した。

「落ち着け。眠っているだけだ」

 よく見ると母親はすやすやと寝息を立てている。

「この子が亡くなってから、この母親はほとんど寝ていない。それどころか、薬を大量に飲んで自分も死のうとしていたんだよ」

 ウルフはそう言いながら薬がまだ入っている空き瓶を拾い、男の子と同じ目線になるようにしゃがみこんだ。

「おい、寝てるうちにお母さんに話しかけるんだ。そうすればきっと伝わるから」

 男の子は不安げな表情でウルフをじっと見た後こくっとうなずいた。

「ママ……」男の子は母親に抱き着きながらつぶやいた。


「ママありがとう。大好きだよ……ずっと元気でいてね……」


 それを聞いた母親の頬に涙が一粒ツーっと流れた。

「……悪いがもうすぐ日が昇る。別れるのは辛いだろうが、天空に戻らなければ……」

 ウルフはそう言って男の子を抱きかかえ、レインたちに向き直った。

「元の世界に戻るぞ。お前たちにも協力してもらう」

「「「えっ!!」」」

 男の子と母親の会話に涙を流しつつすっかり油断していたレインたちは驚いて声を上げた。

「えっじゃねーよ。落とし前はしっかりつけてもらうからな」

 ウルフの鋭い眼光が光る。

「えーーーっと……」


「「「すいやせんでしたーーー!!!」」」

 3人は勢いよく頭を下げた。


「何でもしますから許してください!!どうか命だけはーー!!」

 と叫びながらサンダーがウルフの足にしがみつく。

「ちっ!別にとって食うわけじゃねーよ!! は! な! れ! ろ!」

 ウルフは鬱陶しそうにサンダーを引き離した。

「そういうのじゃなくて、虹をもっかい出せっつーの! 天空に戻りたいんだよ!!」

 ウルフの言葉に3人の顔はパァーっと輝いた。

「なーんだ! その程度のことなら、何なりと!!」

 そう言って3人は外に出て、それぞれ違う呪文を空に向かって唱えだした。


 その瞬間、途端に空に暗雲が立ち込め、大雨と大雪が同時に降り、雷まで鳴り出した。


「おい! やりすぎだ馬鹿!!」

 オオカミが慌てて外に飛び出して叫ぶ。

「え? こういうのはド派手な方が盛り上がると思いまして……」

「盛り上げなくていいわ!! っていうか、雪と雷は余計だろ!」

 オオカミに怒られ、3人は渋々天候を静めた。

 朝日が上がり始め、空には綺麗な一本の虹ができていた。

「よし! ちゃっちゃと登りますか!」

 とどこからか紐を持ってきたレインが言い、上から男の子を背負ったウルフ、レイン、スノウ、サンダーの順で登り始めた。

「ちょっとまて…これ…どう考えても俺の負担大きすぎるだろ……」

 そう言ってウルフは下の3人を見る。

 一番先頭のウルフが虹に爪を立てて登っていき、下に3人がぶら下がるという構造のため、実質、ウルフ一人で4人分の重さを抱えていることになる。

「いやーこの虹、降りるときは一瞬なんだけど、登るとき大変なんだよなー」

 とレインが呑気に呟く。

「爪ある人いてよかったわー」

 とスノウ。

「オオカミさんいてよかったっす! あざっす!」

 とサンダーが軽く言った。

「お前ら…調子よすぎだろ…っていうか、俺の名前はウルフだ!!」

 ウルフは呆れつつも、必死で虹を登って行った。




「は~やっと着いた~~」

 3人は上空についた瞬間ゴロンと横たわった。

「お前らはぶら下がってただけだろ……俺が……一番疲れたわ……」

 疲れすぎて死にかけているウルフが虫の息で這いつくばった。男の子はウルフの上で嬉しそうにキャッキャッとはしゃいでいる。

 しばらく休んだ後、ウルフはフラフラしながらもなんとか立ち上がり、何もない空間に向かって手を伸ばし呪文を唱えた。

「出でよ天空の門!!」

 ウルフがそう唱えると、ボワンっと煙が出て立派な門が現れた。

「すげ……」

 3人がポカンとしていると、ウルフは言った。

「今からこの子を魂の世界に送る。ここで完全にお別れだ。最後に挨拶しておくといい」

 レインたちは顔を見合わせた。

「えーっと……なんだか僕たち、あんまり役に立てなかったけど、ひなた君に会えてよかったよ。生まれ変わったら、また会おうね」

 そう言って一人ひとり男の子とハグしてお別れをする。

「お兄ちゃん、お姉ちゃん、遊んでくれてありがと! 楽しかったよ!」


 男の子は元気にそう言って門を潜っていった。


「じゃーな。お前ら、もう悪さすんなよ」

「オオカミさーん! またね!」

「だから! オオカミじゃなくてウルフだ!」

 そう言いながらウルフも門を潜り、ニヤッと笑って後ろを向きながら手を振った。

 レインたちはその後ろ姿に向かって手を振り続けていたが、門の扉がスーッと閉まり、やがて煙とともに消えてしまった。

「あの子、どうなっちゃうのかな……」

 とスノウが寂し気に呟いた。

「あの子の魂は浄化されて、もう一度生まれ変わるんだ。また会えるよ。きっと」

 レインのその言葉に、3人は顔を見合わせてほほ笑んだ。




 その頃、ウルフに眠らされていた母親は静かに目を覚ました。

 なんだか久しぶりにぐっすりと眠れたような気がする。

 眠い目をこすると、頬に涙の跡があることに気が付いた。

(……夢の中で、あの子に会えたような……)

 母親は、自分が温かく穏やかな気持ちになっていることに気が付いた。

 久しぶりにテレビをつけてみると、ちょうど朝のニュースがやっている。

「え~、昨晩は大雨、大雪、雷と突然の異常気象により天気が大荒れでしたが、今朝はすっかり晴れあがり、一日中、晴れ間が続くことでしょう」

 原稿を読む気象予報士は、予想できなかった異常気象に少々動揺している様子だ。

 それを聞いて母親は久しぶりに部屋のカーテンを開けた。

 まぶしい日の光が差し込んでくる。

 慣れない日の光に目を細め、窓から空を見上げると、そこには一本の綺麗な虹が雲へとかかっていた。

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雨のち晴れ 前田島人 @maeda_shimabito

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