第3話 ❄️異常事態
狂ったような悲鳴を上げ続け、侍女は建物の外へ出て行った。外には衛兵が一人いて立哨の任に当たっていたが、事態の把握にかなりの時を要してのち、城に応援を呼ぶべく空砲を撃ち上げた。
過去一度もなかった連絡方法だったが、物見の耳目には入ったようで、速やかに兵士が数人派遣された。
衛兵の報告も要領を得なかったが、侍女よりは要点を話したため、事態を確かめるために中へ入ろうとする兵士を、侍女と衛兵が止めた。
「聖域に兵士が入ることは許されません」
「確かにそうだが方法がない」
聖域に入れる男は王だけだ。性別が女でも、それには許可が必要だった。
「聖女を外へ出しては?」
「それには王命が必要かと」
それで一人が伝令となり、一報が城内にもたらされた。
叩き起こされた宰相、ローマン・ヴェルナー・ギード・コンラーディン・リープクネヒトは不機嫌だった。告げられた内容にも不満だった。聖女が祈れない? どうだっていいことではないか。彼にとって聖女とは、正式に認定された女が聖域にいればこと足りるもので、そこで何をしていようと預かり知らぬことだった。
実際、聖女は何も国にもたらさない。目に見えるものは何もだ。祈って何が起き、祈らなくて何が起きないのか、誰も知らない。彼にとって、いや、彼のような人間にとって、聖女とは宗教者の言い訳であり、ただの象徴だった。そしてそれは不幸なことに、この国の大多数の人間たちと同じ考えだった。
しかし侍女に支度をさせながら脳は忙しく回転していた。王に伝えるとして、それはどのような調子でするのか? 自分と同じく、早朝に起こされるのは機嫌を損ねるかもしれない。しかし王は朝が強い方だから、そこは考えずとも良いか。だが内容を告げれば不興を被る可能性はある。聖女は形式的には王妃になるが、その婚姻は伸び伸びに伸びて未だされず、現在は婚約に止まっている。これが不祥事ならば、新たに聖女を立てれば済むこと。そこまで考えて、彼の気分は少し軽くなった。
まだ静かな廊下を歩く。両側に、豪華な額縁で飾られた広い廊下は思索に向いている。自室の先は王の部屋、そして影妃ペトロネラ・ヘルミーネ・ゾフィーア・クラテンシュタインの部屋しかない。この地位まで昇り詰めるのには苦労が伴ったが、それを過小評価するところが彼をここまで引き上げたのかもしれない。
それより問題は、教会だ。これを機に少しやり込めておくのも悪くない。国教でもあり、本拠地である大教会がここ、アウスベルグにあるために、今までどれほど口出しされたことか。金は出すが口も出すにも限度がある。
教会はあくまで宗教者なのだ、政治のことにくちばしを入れてくるのは間違っている。それこそ彼奴らは祈ってだけおれば良いのに、やれここに新しい教会をだの、やれ祝日を作れだの、祝えだの、愚にもつかぬことばかり。
気が付けば城内に息のかかった信徒がうじゃうじゃ入り込んでおるし、良い機会だ。これを嗅ぎつけてくるのは時間の問題だし、手は早いうちに打っておくのが良いだろう。
宰相は自慢の豊かなあご髭を撫でた。
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