第4話 ❄️王の寝室

 ノッカーは獅子の金細工だ。まこと我が王にふさわしい。


 コツコツ


 侍女がドアを開けて招き入れる。使用人には使用人の情報網があるのだ。既に身の回りの支度をする準備はできているはず。自分が起こすのを待つばかりだと思っていたが、小声で侍女は言った。


「花を飾っておいでです」


 王は精力旺盛でいらっしゃる。どこぞの姫が一緒では、はばからねばなるまい。中へ入るのは遠慮し、ここから声をおかけする。


「おはようございます」


 しばし待つと、衣擦れの音がする。二度声をかけることもないではないが、たいていは寝起きが良くていらっしゃるのが我が王だ。先代には苦労したという父が言うには、得難い資質とか。大げさだが、確かに安心感が違うだろう。


「ちと早いな、何かあったか」


 日の高さで刻を測ったか。早速の本題だ。


「聖域に立ち入る許可、もしくは聖女様を城にお招きする許可を下さいませ」

「何故だ」

「祈ることができなくなったと侍女が申しております」


 下らんな。

 そう言うと思っていた。

 しかし代わりに僅かな沈黙が訪れた。この意味はなんだ?


「分かった。城へ呼べ」

「かしこまりました」


 一礼して部屋を出ようとすると、もうひとこと。


「新しい聖女はアンネリーゼを据える」

「教会へは……」

「好きにしろ」


 上手くいった。

 王の弱みと教会への鞭の両方をいっぺんに握ったようで、気分は高揚する。

 現聖女クラリッサの妹アンネリーゼは二つ下、つい最近お側へ侍るようになった美貌の女だ。先ほどの花も彼女であった可能性が高い。


 そうすると、史上初の処女ではない聖女の誕生だな。実際、伝説の聖女は子どももいたそうだから問題なかろう。そもそも教会が聖女を持ち上げて、さも有り難いように思わせているのが良くないのだ。これからはもう少し柔軟になるだろう。

 自室まで戻り、待っていた下士官へ指示を与えた。教会へのお仕置きを考えながら、腹ごしらえとしよう。


 星の塔は城の裏手、小高い丘の上にある。馬ならば行って帰るのは容易いが、聖女様には馬車を用意する。支度だのがあれば、重要な議案を一つくらいはこなす時間はありそうだ。いや、教会がいれば話は違う。初手から釘を刺すのがいいだろう。口を出させないことが肝要だ。

 そもそも教会は聖女を要としながら、星の塔については城に任せ切りなのだ。確かにあれは王の妃だが、もっとちゃんと管理しておればこのような事態は招かなかったはず。考えれば考えるほど失点がぼろぼろと出てくるな。なかなか良いきっかけをくれたものだ。

 そこでふと、先程の小さな疑問を思い出した。


 王の、あの沈黙はなんだ?

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