現世での行いを償う為に悪役令嬢として生きていきます。

神代シン

現世の罪

 今日も身が凍えるくらい寒い。確か今日の気温はマイナス1度と言っていた。冬真っ盛りな12月現在、雪もちらちらと降っている。


 ―― 私、速水瑠奈ハヤミルナは17歳の高校2年生。


 少しでもアーティストっぽく見えるように髪形はショートボブで色は少しだけ茶色に染めている。

 趣味は音楽を聴く事と歌う事で、小さい時はテレビの画面越しに映るアイドルに指さして『ルーもコレになりたい』とお母さんに言っていたらしい。

 ヒラヒラな衣装がもの凄く可愛くて、きっらきらな笑顔にとても癒された。


 だけど、いつしか私がなりたいものはアイドルではなく、アーティストになっていった。今思えばこの世はなんて汚いんだろうと思った時から、私の心もドス黒く汚れていったように感じる。


 どうしようもない心の奥底に秘めている闇を作詞し、ギターを片手にメロディーをつけて作曲して歌にする。

 歌にする事で心の何かが吹っ切れた気がした。そして歌は私の生き甲斐となり褒められる事が嬉しくて、『歌手になれるよ』と言う友達の甘い言葉で私は調子に乗りまくった。


 制服の上からコートを羽織って、いつものごとく喉を押さえる。


「あーあー。うん、よし。大丈夫」


 軽く声を出した後、用意していたホッカイロをスカートのポケットに突っ込み、手にもこもこの白い手袋をして3万円もした白色のワイヤレスイヤホンを付けてリュックを背負う。


 今日は念願の高校生新人歌手オーディションに参加するべく、ウキウキ気分で家を出た。

 好きなアーティストの音楽を聴きながら外を歩くのが好きだ。バイトをして一生懸命貯めたお金で買ったばかりだけど、この重低音が響く感じがなんとも言えない。まるで音を生で聴いているようだ。


 外の音が聴こえなくても注意をすれば事故らない。今までもそうだったし、今日もこの先も気を付けていれば大丈夫と思っていた。


 ――この時までは。


 クラクションに気づかず、『あ、ヤバイ』と思った時には自分が自分では無くなっていた。


 真っ暗な暗闇の中、呆然と立ち尽くす。

 ――寒くない。寒いとか暑いとかの体感気温すら感じない。

 何が起きたのかも分からない。自分がどうなってしまったのかも分からない。


 ただ分かっている事は念願の歌手になるべく、オーディション会場に向かっていたという事だけだ。



 コレは夢の中なのだろうか。

 もしくは死んでしまったんだろうか。


 ーー夢の中である事を、心の中で何度もお願いしていると、真っ白な髭を生やしたお爺さんが上から降りてきて私の前に現れた。

 …………良かった。これは夢の中だ。夢の中じゃなきゃこんな神様みたいな人は目の前に現れたりしない。


 ホッと一息ついてると、

『そなたは今意識不明の重体だ。意識の中を彷徨っとる』

ーーと、静かに喋り出した。


 私が意識不明の重体?

『車とぶつかった事は覚えておるか?』

「いいえ………オーディション会場に向かっていた事しか……私、交通事故に遭ったんですか?」

『うむ』

「あなたは私を生き返らせてくれるんですか?」

『……可能じゃが、そなたにどちらか選んでもらおう。わしはそなたの先祖じゃ』


 ………………………ご先祖様。


『先祖じゃから何でも知っとる。そなたの現世での終わりも、どうなっておるのかも』


 ………………………現世での終わり。


「現世で私はどうなるんですか? 小さい頃から夢だった歌手は……なれていますか?」


『夢には届かん。そなたは一生涯、フリーターじゃ』


 ………そんな。一生涯フリーターだなんて………


「変えられないんですか? だってまだ私オーディション受けてない……」


 ご先祖様は私の『変えられないんですか?』の質問に答えてはくれず、ゆっくり口を開いた。


『それともう一つは異世界へ行く事じゃ。異世界でそなたは現世の行いを償い悪役令嬢となるのじゃ』


 …………は?? 悪役令嬢? 異世界? って、何?

 それと現世の行いを償うって何? 私普通に生きてるよ。何も悪い事なんてしてないよ……


「何それ、意味分かんない。私が何したって言うの……」

『そなたはオーディションを受けた際にある人物に そそのかされ、そやつと体を重ねた後、嘘を暴かれ、そやつを殺してしまうのじゃ』

「…………は?」

『その後の人生はもう真っ暗じゃな。そなたの両親は自殺し、そなたが務所から出た際には働き口もなく、一生涯フリーターじゃ』


 ……………そんな。


「でも今こうしてご先祖様が教えてくれたから、現世での罪は犯さないように生きます……」

『それは無理じゃ。現世に戻ればここでわしと話した記憶は消させてもらうけんの。そなたの運命は変えられん」

「………でも異世界に行ったって……」

『異世界に転生した暁はここでわしと話した記憶と現世の記憶を持っていけるんじゃ。現世の罪を償う為に異世界で悪役令嬢になるんじゃけんの』

「…………悪役令嬢になったって意味ないじゃない! 異世界でどうしろって言うのよ!」

『歌を歌うんじゃ。なんせ異世界は殺し、殺されの世界じゃけんの。異世界で歌を歌って民を幸せに導くのじゃ』


 ………歌を、歌う……


『それができなけれそなたは悪役令嬢じゃけん死んでしまうけんの』


 ………ッ。


 こんな事聞かされて“現世に戻りたい“なんて言えるワケないじゃない……。私が現世に戻ってしまえばお母さんもお父さんも死んでしまう。


「現世に戻る事を選ばなかったら私はどうなるの? お母さん達は……」

「そなたは意識不明のままじゃ。ご両親も毎日お見舞いに来とる。そなたが悪役令嬢として罪を償い人々を幸せにできたなら意識を取り戻す事ができるじゃろう」


 ………悪役令嬢として死ななければ生き返る事ができるの?


「でも生き返ってしまったら私は……」

「罪を償ったんじゃ。そうはならん人生になっとる。さて、もう時間じゃ。“現世”か“異世界”か、どっちを取るんじゃ」


 私は………


「私は異世界に行きます」



『ほう。本当によいのか? 悪役令嬢になったら死ぬかもしれんぞ?』


「悪役令嬢にならなくても、このまま意識を取り戻して現世に戻ってしまっても……死んでるのと同じじゃない」


『現世に戻って一生涯フリーターをしながら罪を償うでもよいぞ。どちらにせよそなたのご両親は死んでしまうがな』


 この人本当に私のご先祖様なの!? と、疑いたくなるほど私を試す。


「さっきから何なの!? 私のご先祖様なら私と私の家族を幸せに導いてよ!」


『勘違いも甚だしいのう、わしはそなたの“先祖”であって、“守護霊”ではないからのう。因みにそなたの守護霊は30%しか力を発揮できんけんの、そなたにせめてもの救いで差し伸べておるんじゃ。“導いて”と、他人任せじゃから現世で罪を犯したんじゃろ』


「………………なっ」


『もう一度問おう。“現世”に戻って現世で罪を償うか、“異世界で罪を償う”かどちらにするんじゃ。異世界に行った際は“導いてほしい”だの、自分の欲を全て捨てて償う事に徹するんじゃ。あとはそなたで考えるように。以上じゃ』



 今まで目に見えないものは半信半疑だったけど、今何となく神様が分かるような気がする。


 確かに、私のこんな考えじゃ絶対に異世界でも何かしらやらかしてしまう。

 せっかくご先祖様が出てきてくれたんだ。もっと本気で、私の未来を変えてやる。


「ご先祖様、私異世界に行きます」


 ご先祖様は私の真剣な表情から何かを受け取ったのか『うむ』と頷いた。


『では、異世界に送ってやろう』

「はい。よろしくお願いします」

『杖に捕まるんじゃ』


 言われた通り細長い杖に捕まると、ご先祖様に高く高く投げられた。


 ***


「うっ、いたたっ…………」


 ドスン、と鈍い音を立ててどこかに落ちた事は分かる。

 体の痛みでゆっくりと目を開ける。


 見渡すと一面緑の芝生で、ミケ猫がニャーと私を見て鳴いている。


 “異世界に行きます”

 現世の行いを正す為に自分から言い出した事が今起きている。

 ここは異世界だ……


 空は青く空気も良い。

 自然に恵まれていて異世界だという事を忘れてしまう。

 何度も息を吸ったり吐いたり深呼吸をしていると、ミケ猫がまた私を睨んでニャーと鳴いた。


【おい、何してる。早く村に帰るぞ】


 …………え、何?

 誰か分からない声が私の脳内に響き渡る。

 辺りを見渡してもこの場にいるのは私とミケ猫だけで、喋れる人なんていない。


 いったい誰が!?

 まさか……


「このミケ猫が??」


 そんなワケないかとククッと笑いを溢す。

 ミケ猫がさっきより怖い顔で私を睨みつける。


【ミケ猫とは何だ!? ミケ猫とは! ケネという名があるわい】



 ……………そんなワケあってしまった。

 今、脳内に響いているこの声はミケ猫の言葉らしい。


 ーーーーーどうしよう。笑ってしまったし、何ならこの猫バカにしてしまったし。もう処刑ルート確定だろうか。




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