第21話 サン・クレメンテ攻防戦(21)
サン・クレメンテ基地に着艦はしたものの、負傷したフレッド・トルナーレが、まだ車椅子なしに歩けないとあって、トルナーレは基地の中へは足を踏み入れず、第一艦隊の作戦室に、主だった幹部士官が集まる形となった。
そこで、トルナーレの意向として、第一艦隊司令官の地位を退く事が伝えられた時、さすがの光輝も、一瞬だが目を見開いていた。
最も、ほんの一瞬の事だったので、その後に、アルフレッド・シーディアを後継にするつもりだと、トルナーレが続けた事への反応は、誰も読み取る事が出来なかった。
事前に聞かされていたシーディアと貴水以外、トルナーレの決断への驚きが、それを上回っていたからでもあったが、ともかくも、それは既に内々の決定事項として語られており、誰も、何かを言える状況にはなかった。
「悪いが俺は、諸々の事情説明もあるし、強制送還になる。シーディアもシーディアで、議員団を勝手に帰らせた男が、第一艦隊司令官で良いのかと、まず間違いなく揉めるから、俺が連れて帰る。後の事はカミジョウ、おまえに引き受けて貰う事になるが、構わないか?保護したガキンチョ達にご高説垂れたらしいじゃねぇか。オトナは見本を見せてやらないとな?」
「……っ」
「まあ、無理なら無理でオレの権限で、カノジョもいない独り身のシェルダンに話振るけどな」
「な⁉」」
ただ、深刻になりかけていた空気を、そこでトルナーレ自身がぶち壊した。
光輝は手の上で転がしていたペンを勢い余って真っ二つに握り潰し、シェルダンは口にしかけていた水を喉に詰まらせて、むせた。
他の面々は、椅子に腰掛けたまま、固まっている。
「て…っ、アンタがふざけんな!どんな基準で兵を分ける気だ!」
テメェと言いかけて、さすがに光輝が思い止まったらしい事よりも、動揺するシェルダンの方が、珍しかったのかも知れない。
「な…んで、私だけが独り身を吊し上げられなくちゃならないんです…っ」
「孫もいるって話のバルルークはともかく、他の連中に相手がいるのかどうかは、俺は知らねぇし。俺が知ってる中で、あと、心置きなく命令出来そうだっつったら、おまえになるだろう、シェルダン?シーディアは残れない訳だし」
「……今さりげなく、私もまとめて
光輝とは対照的に、部屋の温度が下がるような、ヒヤリとした声をシーディアがトルナーレに投げたが、トルナーレの方はいっこうに気にしていなかった。
「言い寄って来る美女よりも、自宅のお手伝いの女の子の方に親切な時点で、おまえの私生活が見えるだろうが。あ、おまえ実はそーゆー趣味か?だったら悪かった――」
「もう一か所くらい、傷、増やしておきましょうか。今なら全部コルム中将のせいにしておけますしね」
「珍しく意見が合うな。いいぞ、口裏合わせは引き受ける」
シーディアが懐から銃を取り出し、光輝がそれを止めない時点で、顔を
幕僚会議でシーディア中将がトルナーレ大将に銃を突きつけて、第一艦隊司令官の地位を譲渡させた。カミジョウ准将がそれに手を貸した――などと、後で悪意のある噂を流されたらどうするつもりなのか。
飾らない人柄は、トルナーレが下士官からも愛される理由ではあるのだが、何も今、深刻な空気をぶち壊さなくても良いだろうに!
普段なら、こういうところで止めに入る筈のシェルダンも、思わぬボディブローに動揺しているし、他の兵器管制主任や艦長らは、基本的には発言をしない立場だ。
そうでなくても、今のノリについて行けておらず、縋るような目を貴水に向けている。
ぐるりと部屋を見渡してから、貴水は仕方がないとばかりに、大きく息を吐き出した。
「…皆様、
「⁉︎」
どこかのイベントの司会よろしく、なるべく穏やかに、笑顔を貼り付けて顔を上げてみれば、何故かその場の全員が、ギョッとしたように貴水に視線を投げ、凍りついた。
「脱線も、程々に願います。私としては、キルヴェット閣下へのご連絡が、そのままになっている事が、とても居た堪れません。あぁ、そのお話、落としどころが必要ですか?でしたら、シーディア中将やシェルダン大佐よりも10歳以上年上である私が、未だフリーだと言う
シーディアの冷ややかな空気など、比較にならない〝ブリザード〟が部屋に吹き荒れた。
「おまえ…意外と
「何かおっしゃいましたか、大将閣下」
「スミマセンナンデモアリマセン」
トルナーレが、さすがに降参したように両手を上げ、シーディアが毒気を抜かれたように、銃を懐にしまって、トルナーレに向かって、二、三度咳払いをした。
光輝は、まんざら冗談だった風でもなく、舌打ちしている。
「ま、まぁ何だ…カミジョウ含めて、基地の定員めいっぱいで、臨時の基地駐留艦隊を編成して、この場に残って貰うつもりだ。その人選を、これから…なぁ、シーディア?」
「……ええ、まぁ。基地の中が
「軍に議会に、大手民間企業ねぇ…」
「そう言う話がお嫌いなのは承知していますが、とりあえず、ヘルダー議員をキルヴェット閣下に丸投げして、お帰り頂いた件が帳消しになるような情報がある事は確かです。――意外と、根は深いんですよ」
「しれっと言ってるが、丸投げしたのは、俺じゃないだろう」
「二割以下にした時点で、大概だと、キルヴェット閣下仰ってましたので」
「……マジか」
片手を首筋にあてながら、トルナーレがぼやく。
トルナーレとて、若かりし頃からキルヴェットには、頭が上がらないのだ。
「思ったより、誰を残すかが難しくなったか…」
「そうでもありませんよ。キルヴェット閣下が、このあと知らせて下さるであろう、航路データ横流しに関与しそうな派閥と企業、少なくともそれに関連する連中は、戻って証拠隠滅されないよう、基地に残せば良い訳ですから。血塗れの基地に軟禁状態にする方が、追い込まれてボロが出る。基地で薬をばら撒いた連中や、人身売買に関わった連中と繋がってくれれば、尚良い。存外、解決の糸口は見えてますよ」
「おまえ…キルヴェット閣下に頼み事までしていたのか…。元上司を、どんだけこき使ってんだ……」
「ちゃんと対価は渡すんですから、良いでしょう。キルヴェット閣下には、こちら側で、残る士官が確定したところで、連絡しますよ。いざと言う時には、私やトルナーレ閣下を飛び越して連絡が取れる手段もあった方が良いでしょうから」
「……鬼畜なんだか親切なんだか……」
話し合い――と言っても、誰を残すかを決めるのは、基本的にトルナーレとシーディアなので、他の面々は従うしかない。
二人を除く、唯一の将官である光輝が、残る側となる事も確実なため、残りの人員が、第一、第七、双方の艦隊の中から、基地の定員ギリギリまで配置される形となった。
「カミジョウ。今のうちに、下を把握して、使える人材を手元で見極めておくと良い。私はこれから、全艦隊の再編成にとりかかるつもりだ。
そう言ったシーディアは、酷薄とも思える笑みを口元に浮かべると、光輝の肩に右手を乗せ、耳元で囁いた。
「――手伝え。悪い話じゃないだろう」
「……っ」
トルナーレからの世代交代を、誰もが確信した瞬間だった。
虚空のシンフォニア―不協和音の指揮者— 渡邊 香梨 @nyattz315
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