第20話 サン・クレメンテ攻防戦(20)

 誰の下でなら、自分の力が最も活かされるのか。


 既に自覚はあるのだろうが、漏れなく気苦労を引き受けるのが誰か――と言う事も目に見えてくるだけに、まだ、その覚悟が定まらないのかも知れなかった。


 ただ、あまりにその表情が面白かったので、シーディアは思わず、場を忘れて、低く笑ってしまった。


 後でこそ、トルナーレに「火薬庫コウキ手榴弾シェルダンを放り込んだ」と爆笑されて、不機嫌になったシーディアだが、この時は、「覚悟が定まらないなら、敢えて放り込んでやれ」と言う気持ちが働いたのもまた、事実であった。


『――どうした、スタフォード?』


 その時、シェルダンの側の通信機が鳴ったのだろう。

 すぐに表情を改め、耳元のスイッチを切り替えると、しばらく目を閉じて、スタフォードからの報告を聞いているようだった。


『…分かった。そこは、シーディア中将の指示を仰いだ上で、後で連絡する。それまでは、第一艦隊艦載機部トルナーレ隊と仲良くやってくれ。随分と可愛がられてると聞いているから、まぁ大丈夫だろう』


 そこまで言うと、一瞬顔をしかめめて通信機を耳から離したのは、何かしら猛抗議があったに違いない。


 だがシェルダンは、あっさりと通信を打ち切ってしまうと、通信機を再び装着し直して、シーディアに向き直った。


『…失礼しました』


「いや…まぁ良い。そこは聞かなかった事にしておこう。それでどうした?基地でまた何かあったかのか」


『いえ。基地への着艦準備が、ある程度は整ったとの連絡ではあったのですが…血の臭いが未だ取れない箇所も多数ある上に、営倉も医局も、現在定員キャパオーバーの状態だとか。補給自体は行えるだろうとの事なのですが、基地に上陸する士官は制限した方が良いと言う話に、基地内ではなっているようです。それを、私からシーディア中将、もしくはトルナーレ閣下に働きかけて欲しいと――そう言う内容でした』


「……なるほどな」


 シェルダンは、基地側が告げる上陸制限の理由を定員キャパオーバーと言ったが、それが表向きでしかない事は、言った側も言われた側も

承知していた。


 上陸を制限すれば、帰還の為に再乗艦する人数も、限られる。

 基地に残っているであろう、実行犯が逃亡する危険をなるべく潰したいのだ。


「分かった。着艦は、補給部隊と大佐以上の士官が乗艦するふねだけとし、補給は直接ではなく、宇宙空間での補給部隊からの供与のみ

をその方法としておく。また、基地から出る人、物のチェックは、乗艦よりも厳重にやらせるが、ただしその役割分担は、我々が乗艦後、指示する。うかうかと、偽りの指示に踊らされるなよと、伝えておけ」


 誰かが、トルナーレやシーディアの名を騙って、宙域離脱を図る可能性を示唆されたシェルダンは、頭を下げて、了解の意を示した。


「シーディア司令官代理」


 その、会話が途切れたタイミングを見計らったかのように、臨時艦長代行の貴水タカミケイが、ドアの向こうから、部屋に現れた。


「貴水か。どうした」


「キルヴェット閣下から通信がありました。いえ、今は繋がっていません。全員無傷で金星本星に到着した旨の連絡と、折を見て状況報告を入れるように――と。情報のすり合わせをしたいと言えば、分かる筈だと仰っていました」


 レイ・ファン・キルヴェットは既に軍人ではなく議会議員なのだが、彼を「閣下」と呼ぶ人間は、未だに軍内部に多い。


 無傷で、もう着くとは流石だな、とシーディアは微笑わらった。


「あと、ラサラス准将は、情報収集の手足として、もう少し借りる――とも」


「まぁ、そうなるだろうとは思っていたから、もとよりこちらの現有戦力には見做していなかった。問題ない。…シェルダンも聞いたな。議員団が無事に帰星した時点で、憂いが一つ消えた。まずは基地での幹部士官の合流を優先させる。状況報告に関しては――折を見て、私が行う」


 折を見て…がいつになるのか、含みがありすぎる発言だったが、佐官であるシェルダンにも貴水にも、口を挟めよう筈がない。


 ギョーム議員に関する情報が、ますますシーディアを強気にさせたと、シェルダンだけが今、察していたが、貴水の手前、口にする事は控えた。


『承知しました。それでは、こちらのふねも着艦準備を急がせます。それと、差し出口にはなりますが…補給に関しては、バルルーク大佐に一任される事をお勧めします。恐らく、それで中将のご負担は半減…とはさすがに言いませんが、少なくとも、後顧の憂いはなくなります』


「バルルーク大佐に?」


「あぁ、そうですね…。それは、私も賛同します。この状況下でしたら、特に」


 シェルダンと貴水、思わぬ2人からの指名と同意に、提案されたシーディアだけでなく、当のバルルークも、意外そうに目を瞠った。


『おやおや。まだ、この年寄りを、こき使うと?』

『…大佐、そのうちスタフォードに刺されますよ』

『ワインでは足らんかね?』

『実際、懐痛んでいらっしゃらないでしょう。その、謎の手配力、出し惜しみしないで下さい』


 相手が誰でも、口調がほぼ変わらないのが、シェルダンである。


 丁々発止とも言えるやりとりに、貴水の方は、やや苦笑混じりだったが、「謎の手配力」と言う点では、シェルダンに同意すると、追随した。


『やれ、手厳しい』


 バルルークはそう言って肩をすくめたものの、シーディアも、彼が「出来ない」とは言わない事には、気が付いていた。


 考えてみれば、光輝の意を汲みつつ、地球軍第一艦隊の要、リヒト・イングラム参謀長の猛攻から、補給線を守り切ったのは、彼だ。

 補給立案に、一日の長がある事は間違いなかった。


「バルルーク。シェルダンと貴水が、揃って推挙するなど、余程の事と見込んで――余計な持ち出しも、持ち込みもさせず、今、不法にある物資もあぶり出して貰おうか。私が『一任する』とは…そう言う事だと、心得て

貰おう」


『承…るしか、ないでしょうなぁ』


 好々爺然と答えるバルルークに、薄ら寒い空気を感じながらも、誰も、その場では何も言わなかった。


「…貴水、基地に入るぞ。シェルダンも、艦長に着艦準備を指示しろ。今後の方針は、基地で、トルナーレ閣下も交えて行う」


『「――かしこまりました」』


 シェルダンと貴水は、画面越しに、それぞれが揃って頭を下げた。

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