第19話 サン・クレメンテ攻防戦(19)
「……狼煙どころか爆弾じゃないか……」
テゼルトの代わりに、基地からスタフォードが送り、第七艦隊内で、バルルークに合流したシェルダンが受け取ったその映像を、シーディアはシェルダンから転送される事で、ようやく見る事が出来た。
『ロート、ベルデ、アズロと言うのが誰の事なのかは、まだ分かっていませんが、擬装された補給艦の事や、彼らを受け取ったのは誰か――と言ったあたりは、彼らの記憶力のおかげで、さほど特定に苦労はしませんでした』
シーディアとシェルダンが話す、通信画面の半分が、一人の士官の顔写真と職歴書に変わる。
『彼ら曰くの「横柄な人」は、階級章からするに、中佐。我々が来る前から基地にいる士官の中で、中佐は一人しかいませんでした。――次席責任者の、ウセル・ネイマール中佐ですね』
「…その様子では確保はまだ、か」
『現状、死んでも昏倒してもいない事は確かですが…基地職員約800人の中に潜られると、なかなかに骨が折れますね。他にまだ、隠し部屋がある可能性も否定出来ませんし』
可能性と言いながら、シェルダンの表情は、他の隠し部屋の存在を疑っていないし、シーディアもまた、その通りだと思っていた。 そもそもは、地上におけるシェルターの役割を担って作られたのだろうが、恐らくは基地責任者と次席くらいまでしか詳細を知らないと思われるため、解析にはある程度の時間が必要と見るべきだった。
「擬装された補給艦の事とは?」
とりあえず、まずはひとつひとつ状況を確認していく他ない。
『少し…興味深い事になっていますね』
シェルダンの声に合わせて、ネイマールの顔写真だった画面が、民間船の全体映像へと切り替わった。
『彼らはずっと、スラゴナール社の船籍を持つ艦を乗り継いで来たようでしたし、アルビオレックスで、金星軍の補給艦に乗り換えた際も、宇宙港に係留されていた補給艦を擬装していたのは、スラゴナール社の塗装でした』
「……アルビオレックスの宇宙港の映像を、この短時間にどうやって手に入れたのかが気になるが、まぁ、とりあえず後にしておこうか。なるほど、スラゴナール社はこの騒動に一枚噛んでいると見て良さそうだな」
『ええ。スラゴナール社の経営陣を見ると――より一層、そう思えます』
宇宙港に係留されていた民間船の映像が、複数の人物の顔写真に、続いて切り替わる。
『社長はオノレー・スラゴナール。…ですが、スラゴナール家の創業者一族の血を引く娘と結婚した、婿養子です。元の名前は――オノレー・タルボット』
「タルボット?」
『第二艦隊司令官トリスタン・タルボット中将の、次男ですね。このタルボット中将と、スラゴナール社の前社長、現在は会長のフロラン・スラゴナール氏とは、タルボット中将のトロヤ衛星赴任時代からの知己のようです。スラゴナール社の本社はトロヤ衛星ですし。そして現在、トロヤ衛星を選挙基盤とし、スラゴナール社の顧問になっているのが――カロール・ギョーム中央議会議員』
「―――」
シーディアは一瞬大きく目を見開いた後、声を上げて哄笑した。
「はっはっは!それは良い!タルボット中将は、トルナーレ大将の〝次〟を狙っていた。そう考えると、ギョーム議員の立ち位置は、調べずとも自明だな」
『…恐らくは、ヘルダー議員の対局に立つ方ではないかと。ちなみに、ギョーム議員の第三秘書に、ドミニク・バスチアンと言う女性がいるんですが、彼女の結婚前の名前は、ドミニク・ネイマール。…ネイマール基地次席の姉と言う事のようですね』
「清々しい程の縁故っぷりだな。と言うかシェルダン、おまえ、この短時間にどこからそこまでの情報を引っ張って来たんだ」
『
嫌味を言うつもりが、バッサリ「緩い」と切り捨てられ、思わずシーディアは、ギョームに同情しそうになった。
…タルボットに関しては、ざまを見ろとしか思わないが。
「航路データの流出に、人身売買、非合法の薬――か」
『中将?』
「長年の懸念材料でもあった航路データの流出、こちらの容疑者は、誰一人地球軍と関わった形跡がなかったが為に、皆、疑惑止まりだったが…スラゴナールと言う中継点があったとなれば、話は変わってくる。恐らくは人身売買も、薬の蔓延も、全て紐付いているんだろう。と、するなら――目的は戦争の
口元に手をやりながら呟くシーディアに、今度はシェルダンが息を飲んだ。
『…戦争の
「勝てば己の議会や軍内部での立場が強くなる。逆に追い落としたい人間がいれば、その時は相手を有利にして、負けさせれば良い。育てた子飼いに、航路データを持たせて裏切らせても、薬で司令部を混乱させても良い。そうしていずれ、軍と議会と、スラゴナール社が関わる経済市場を全て支配下に置く――そんな青写真を、誰かが描いた」
実際に、ルドゥーテから強制的に徴用した少年たちは、地球軍に投降、あるいは金星軍の中での
権力強化を狙って、全てが紐付いている――とする、シーディアの見方は正しいように、シェルダンにも思えた。
そしてふと、自分たちに向けられていた悪意の行方にも気が付いて、眉を
『…もしや本来、我々は敗れていた、と?』
「ホーエンガムの末路、あれが本来の、戦いの結果の全て――だった筈なんだろうな。ホーエンガム自身は中立派だった筈だが、何せその下にいたのが、カミジョウだ。目障りに思う人間は、山ほどいただろう。まして、あの戦況からひっくり返せるとは…両手の数ほども思うまい」
『中将は…その手の中に入る側、ですか』
「当然だな。おまえとカミジョウをひとまとめにして、為す術もないなどと、何の冗談だ」
『…褒め…て頂いたんでしょうね…一応…』
「シェルダン」
『はい』
「おまえ、ノティーツの代わりに、基地の責任者として、残る気はあるか?」
『お断りします』
シェルダンの返答には半瞬の躊躇もなく、シーディアを呆れさせた。
「…仮にも上官からの提案を、一顧だにしないその度胸があれば、上にくらい立てると思うがな」
『すみません。言葉が足りませんでした。基地に残る事に否やはありません。ただ、責任者となる事については、お断り申し上げます。私は
「……誰か、ね。カミジョウの下に戻せとでも言うか?」
半ば揶揄するように言ったシーディアだったが、シェルダンは面白いくらいに、複雑そうな表情を見せた。
『………ノーコメントでお願いします』
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