第18話 サン・クレメンテ攻防戦(18)

「今までも2回くらい、学院から連れて行かれた先輩達がいるんですけど、誰も逃げ帰って来なかったし、一緒に行けば、代わりに届けると聞かされていた物資も、その通りちゃんと届いていたんです。だから僕たちも、学院を出る事自体は迷いませんでした」


「ルドゥーテの開発、移住は、僕たちでまだ、第三世代です。つまりまだ、未知の病気なんかは確実に存在していて、特効薬が無理でも、抗生物質があるだけでも、死なないで済む命はあるんです。僕はオルほどの頭も、シンほどの腕っぷしもないけど、医者の卵としては、学院で誰にも負けないと自負してた。いずれ抗生物質じゃなく、特効薬を僕が作るつもりで、学院を出たんです。…だから手ぶらで帰るって言う選択肢だけは、なかったです」


「俺は、オルとナージャがいれば、必ずルドゥーテは今以上に良くなると思ったから、この二人を守る方に回ろうと思ったんだ。確かに学院を出る事に拒否権はなかったけど、それ自体は憂いていないし、オルとナージャに帰る選択肢がないのなら、俺はそれに従うだけだし…それは、今も変わらない。…です」


「――だから、お願いします」


 三人の頭が一斉に、光輝に向かって下げられる。


「僕たちをただ、強制送還する事だけはしないで下さい。もちろん、他の子たちの意志はちゃんと確認します。だけど少なくとも僕たち三人は、抗生物質のために必要な事は全て受け入れます。だからその供与だけは、滞りなく行われるようにして頂けないでしょうか?…せめて今回だけでも」


「オル…」


「しょうがないよ、ナージャ。の権限にだって、限度があるよ。こんなに騒ぎが大きくなっちゃったら、それ以上なんて頼めない。あとは三人で、どこに行かされても、またいちから頑張ろうよ」


「だな。どこでも、三人でなら乗り切れるよな」

「シン……」


 どうやら、話が現状説明から、友情物語に転がり始めたらしい――。


 ここまでだな、と光輝は内心の嘆息を覆い隠すように、髪をかき上げた。


「何が『准将の権限にだって限度がある』だ。人に物を頼むどころか、ケンカ売ってんのか、おまえは」


「す、すみません!そ…んなつもりじゃ…」


「おまえらは、身柄と引き換えに得る筈だった抗生物質をアクシデントで失いかけた。だから今度は、得た情報の対価として、改めて抗生物質を要求した。抗生物質が譲れない主軸なら、他に何が起きようと、ぶれさすな。俺の権限だ?俺が同情して『悪いようにはしない』と言ったところで、どうせ信用しきれんだろうが。自分の手が届く範囲以上の事をするな。早死にしたいのか」


「…っ」


 単に、その身が危険だと言ったところで、この三人は、下の子達を気にかけるだけである。


 多少言い方が乱暴だろうと、今現在、ノティーツがどうなっているのかに思い至って、大人しくしていて貰わないと――今現在、彼らの無自覚の行動が、騒動を大きくした一端にもなっているため、余計な火消しが生じるだけなのだ。


 多少は自覚したのか、それぞれに怯んだ表情を見せた三人を一瞥した光輝は、右の腰に手をあてると、おもむろに天井近くのカメラを見上げた。


「この録画、消されるなよ。消されたら、当該部署全員、基地の外に放り出すぞ。それから、通信越しに聞いている体育会系――同情して、何とかしてやりたいと思ったヤツらだ。おまえらには、今さら危険の何たるかを説く気はサラサラない。准将オレが動くに足るモノを、持って来い。准将の権限の限界?――そんなものは、俺が決める」


「⁉︎」


 カメラに向かって、何を言っているのかと、三人の少年は目を向いたが、更に営倉の扉がいきなり開いたので、ギョッとしたように身体を強張らせた。


「分かりました、よん…いえ。ウチの隊、体育会系多いですからね。テゼルト隊長は立場上、重石になって頂く必要はあるでしょうが…何人かはに動かして、自滅か炙り出しか、やってみますよ。代わりにシーディア中将の牽制、お願いしますね。我々、第一艦隊麾下ですし」


 開いた扉の向こうで頭を下げたのは、の男――キンバリーである。


 四代目…と言いかけて、慌てて止めたのは、下げた頭に、光輝の鋭い視線が降って来たからだ。


「…その為の録画映像だ。だから、消されるなと言っている。まぁ、消しに来るヤツが、いたらいたで、分かりやすく捕まえられるがな。とりあえず、保護プロテクトかけてバルルークに送れ。俺もそうだが、こいつらだって何度も同じ話をさせられたくないだろう」


「承知しました。テゼルト隊長から送って貰います。ところで、この子たち、どうします?言っちゃなんですが、このまま置いておくと、食事に一服盛られかねませんよ。むしろ、よく今まで無事だったと言うべきか――」


「ノティーツが派手に動いていた分、矛先が逸れていたんだろうからな。だが、どのみち毒見は全員必要だ。こちらが到着する前から、食事に毒か薬か混ぜていた、そもそもの犯人は分かっていないんだからな。どこにいても同じ事だろう」


「あー…まぁ、そうなんですけどね…」


 いたいけな(に、見える)少年たちを、気の毒に思っているのは、どうやらキンバリーもだったらしい。


 光輝からすれば、故郷のために、既に覚悟を決めている3人に、今さら同情が必要とも思えなかったのだが、世間一般からすると、10代後半の少年の環境としては、酷なのだろう。


「…おまえもか、キンバリー」


「いや…はいであり、いいえですかね…。ここまで、歯をくいしばって故郷のために頑張ってきて、最後の最後に手が届かないのって悔しくないですか?至れり尽くせり、庇護しようとは、思ってませんよ、もちろん。ただ、足りない何かを補う手伝いくらいは、しても許されるかなー…と、思いまして」


 その場にいた全員の意外そうな視線を受けたキンバリーは、少年たちに軽くウインクした。


「お望みなら、基地にいる間、隊のみんなで鍛えてあげよう」

「はいっ、お望みです‼︎」

「シン、ちょっと待ってっ!」

「空気読もうか、シン⁉︎」


 諸手を挙げた一人を押さえ込むようにして、残り二人の少年が、恐る恐る視線をキンバリーから、光輝へ向ける。

 この場の決定権が誰にあるのか、きちんと理解している表情だ。


「……テゼルトの許可は取れ、キンバリー」


 ややあって、無表情のまま、光輝はポツリと呟いた。

 その意を察したキンバリーが、口もとを緩める。


「もちろんです。許可を貰い次第――彼らは第一艦隊艦載機部トルナーレ隊で、預かります」


 営倉の様子は、警邏室のテゼルトと、どうやってか、艦橋ブリッジから警邏室の映像にアクセスしていたスタフォード、ベルンフィールドがリアルタイムで、その他の第一艦隊艦載機部トルナーレ隊の主だった隊員たちも、さほど間を置かずに、録画映像を目にする事になった。


 光輝いわく「体育会系」の面子メンツであり、テゼルトを始め、彼らは案の定、ルドゥーテ衛星から、故郷のためにと若くして出て来た少年たちを受け入れる事に、違を唱えなかった。


 その上で、テゼルトの指示の下、基地内で姿を紛らせているであろう、人身売買犯を探す事にも目を光らせはじめ、最強の艦載機部隊が、最強の警察部隊ともなり得る、その潜在能力キャパシティに、基地で合流した、トルナーレやシーディアは驚かされたのである。


 〝ルドゥーテの狼煙・フュゼ


 営倉での映像記録は、そんな風に呼称されつつ、トルナーレとシーディアに提出された――。

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