第17話 サン・クレメンテ攻防戦(17)

「…それから?」


 引きつったこめかみを揉みほぐしている光輝に、話が脱線したと思ったのか、三人が慌てたように姿勢を正す。


「す、すみません!どうでもいい話でした――」


「それを判断するのは俺だ。良いから、見たまま聞いたままを話せ。妙な忖度をするな」


「は…はい。えーっと、それから…そうだ、ある日、夜中に訓練場に行った筈のシンが、血相変えて帰って来て、僕やナージャを叩き起こしました。訓練場が、戦場になってる――って、言って」


「いつものように裏道から訓練場に出たら、血の臭いと怒声で、めまいがしそうになって。いったん、俺らをあの部屋に戻したベルデさんが、絶対に外の様子を知ろうとするな、動くな、って言い置いて行ったんだよ。俺らの方から、外には出られないって分かってはいても、何かやりそうだとは思ったんだろうな。特にナージャとか」


「まぁ、否定は出来ないよね。警邏室の人に泣き落としするとか、こっちの営倉の人をけしかけるとか、やってやれない訳じゃないし」


「ナージャ…。あの、それで実際、半日くらいは大人しくしていたんですけど、今度は誰も食事を持ってきてくれなくなって、そうも言ってられなくなったんです。僕たちはともかく、もっと小さい子もいますから。それで三人で手分けをして、営倉への扉と、医局への扉、訓練場への扉――それぞれを、壊して開ける事を試みようって話になりました。一度に全部を開けるのは、さすがに危険だろうから、どれかが開いた時点で、他はめて引き返す事にしよう、って」


「で、結局オルが、こっちの営倉と繋がってる扉を開けたのが、一番早かったんだよな。多分だけど、医局や訓練場と違って、こっちには物理的な鉄格子が障害としてもう一回あるから、他よりセキュリティが弱かった可能性あるしな」


「…負け惜しみはやめようか、シン」

「おまえに言われたくないよ、ナージャ」


「ま、まぁまぁ。きっと、シンの言ってる通りだと、僕も思うよ。それで…まずは僕たち三人が様子を見に出たんです。そうしたら――もう、結構な人数が倒れていて」


「ちゃんとした器具がないから何とも言えないけど、食事に何か混ぜられていたんだと思う。お皿はひっくり返ってるし、こう――喉を掻きむしるように倒れていた人もいたし」


「倒れていなかった連中は連中で、うつろな目で暴れてたもんな。あぁでも、そんなんだったから、かえって俺でも何とかなったのかも。で、とりあえず気絶させて、空いてた部屋にまとめて放り込んだ」


「それで、警邏室どうなってるんだって話になったんですけど…。営倉内の部屋に設置されてる緊急用の内線電話で呼んでも、誰も反応しなくて。同じように倒れてるのか、そもそも誰もいないのかも、ここからだと判断出来ないし、困っていたら…ナージャが…」


「医局のアズロさんの内線番号、覚えてたんだよな、こいつ」


「たまたま、耳にする機会があっただけだって、シン。それも、その時点まで忘れてたし。ホント、たまたまだよ」


 しれっと答える少年に、他の二人が胡乱うろんな目を向けたが、光輝が何かを言う前に、慌てて両手を振って話を続けた。


「あの…そう言う事で、医局にかけたんです。だけどそうしたら、電話に出たのが、アズロさんじゃなく、この基地の責任者だって言う男の人で……結果その人は、固形食糧とお水を持てるだけ持って、ここに飛んで来てくれました……」


 少年たちは、恐縮しきって小さくなっているが、思わぬ示唆を得た光輝は、こめかみにあてていた手を、ふと外した。


「ノティーツはまだ、その時点では意識があったのか……」


「あ…はい。その時は、副官の方が亡くなられた直後と言う事で、医局にいらっしゃったみたいです。僕たちを基地の中で引き継いだのが誰なのか、ロート、ベルデ、アズロって言うのが誰の事なのか、すぐに分かったみたいだったんですけど、僕たちには教えてくれませんでした。知ってしまうと危険になるから、と」


「俺らだけならともかく、下の子たちが危険になったら、どうする?って言われると、さすがに…なぁ…?」


「そうだね。いくら僕たちでも、引き下がるしかなかったよね。あの人、副官亡くなった事に相当ショック受けてたみたいだったし、これ以上犠牲は増やしたくないって感じで……かなり真面目で危なっかしい人っぽかった。あの時点での医局内なんて、怪しくない訳ないのに、あそこから動かなかったもんね、あの人」


「そのうえ、勝手に裏道から、俺とナージャとオルを出して、臨時の従卒兼ボディーガードだの、医者見習いだの、副官だのって言って、側に置きだしたもんな。あれ、俺ら連れてきたヤツらにケンカ売ってたんだろ?自分は分かってるぞ、みたいなプレッシャーって言うかさ」


「…うん。そうだよね…もっとちゃんと、無茶だって、止めれば良かったんだよね…」


「…っ。いや、オルだけのせいじゃないよ。僕もせっかく、薬の解析を手伝って良いって言われたのに、結局間に合わなかったし…」


「そっ、それなら俺だって、ボディーガード出来なかったし…っつか、こっちに食事運んで、戻ったら倒れてたとか、ナシだろ…っ」


 そこで悔しそうに肩を落とす三人に、光輝はこの三人が、ノティーツを存外慕っていたのではないかと、内心で思った。


「それで…どうしてここに留まっていた。医局への通路があったのなら、外へ出て、ふねを奪うなり、一般兵に紛れるなりの選択肢もあっただろう」


「…それは、選択肢にはなかったです、逆に」


「うん、そうだよね、オル。僕らはともかく、最年少10歳の子は、引っ張り回せないよね」


「っつーか、むしろここにいて、『来るなら来い、俺が返り討ちにしてやる』ってくらいの勢いだったってゆーか…」


「あの…もちろん、ナージャやシンが言っている事もあるんですけど、一番問題だったのは、僕たちがいなくなったら、今まで定期的に学院に送られてきていた抗生物質とかは、どうなっちゃうんだろう、って思ったと言うか…」


「抗生物質?」


 僅かに片眉を上げた光輝に、顔を見合わせた三人が、思い切ったように、光輝に向き直った。

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