第16話 サン・クレメンテ攻防戦(16)

 光輝コウキは自分の名字と階級だけを告げたのだが、見た目にも20代前半と分かる容貌に、准将と言う階級は、少年たちを相当に驚かせたらしい。


 おずおずと、ナジャル・ラジェーシュ、シン・イリエスク、ルーサ・オルドリアン…と、三人の少年はそれぞれに名乗った。


 ルドゥーテ衛星唯一の国営教育機関で、共に机を並べて学んでいたらしい。


「まず、誰がおまえ達をここまで連れてきた?いや、ルドゥーテで会った人間でも、ここまで連れてきた人間でも、ここでおまえ達に無茶を言った人間でも良い。名前が分かるヤツはいるか?」


 てっきり、営倉内を支配下に置いた事を責められるのかと思いきや、それ以前のところから聞かれた三人は、一瞬、面食らったように顔を見合わせた。


「経緯からすると、面と向かって、おまえ達に自己紹介する馬鹿は、まぁいないだろうが、誰かに呼ばれていたとか、身分証的なものが見えたとか、覚えていないか」


「馬鹿…」

「いや、喰いつくのそこじゃないよね、オル」


「あ、ごめんナージャ。えーっと…ルドゥーテの学院に来た軍人っぽい人は、副学長としか話していなかったから、副学長に聞いて貰えば、多分分かります」


「もう生きてない気もするけど」


「ちょっ…シン!ええっと、それで、それから…サン・クレメンテに来る時のふねは、スラゴナール社の定期船で何か所か乗り換えをして、最後アルビオレックスで、金星軍の補給艦に乗った――筈です。宇宙港の隅で定期船塗装されていたんで、最初は気が付かなかったんですけど、中の人は軍服だし、基地に普通に着艦出来たしで、アレ?って思って。階級は分かりませんけど、メイカー艦長って呼ばれていらっしゃいました、確か」


「あー、その名前僕も軍医のオズワルドさんから聞いたかも。シンが、他の若い子達に手を上げてた軍曹だか誰だかに回し蹴り喰らわせて、薬品棚ぶち壊しちゃって、艦長が頭抱えてたとか何とか…」


「うるさいよ、ナージャ!そのあと、その、ゾラー軍曹が罪状否認した後、黙秘で喋らないって、残った薬で自白剤に仕立てて飲ませたの、おまえだろ⁉︎俺もオルも、すっとぼけるの大変だったんだからな!」


 口調自体は10代の少年らしさを伺わせるが、言っている事や、やっている事は、現役の一般兵以上である。


「それ…今喋ったら、僕ら、とぼけた意味なくない、シン?」


「だよね、オル。それに、残った薬で出来るのは自白剤くらいだ…って、オズワルドさんがメイカー艦長に答えてたのも聞いたし、別に当てずっぽうでやった訳じゃないよ、僕だって」


「…んだよ、二人揃って!って言うか…やっぱりやってたんだな、ナージャ……」 


 三人揃って、しん…と、部屋が静まり返ったところで、パン!と、光輝が両手を合わせて叩いた。


 ビクリ、と身を竦ませたた三人に、短く「次」とだけ答える。


「つ、次、ですか?」


 どうやらこの三人、交渉・戦闘・医療と、己の役割を決めて、動いていたようである。

 これに、別の部屋にいると言う、更に若い少年たちを戦力と見做したなら――それとて最小単位の「軍隊」だ。


 先ほどから、光輝に面と向かって話すのは、その中での「交渉役」であろう、ルーサ・オルドリアン――彼らの間で「オル」と呼ばれている少年だけである。


 ただ、あとの二人も自由に話しているようでいて、ちゃんと、自分が耳にした士官の名前を会話に混ぜているのだから、下手な下士官よりも、理解力は高い。


「基地に入ってから、ここまでの経緯が――『次』だ」


「ああ…えっと、はい。メイカー艦長は、『学校と現場は違うから、知っているつもりにならず、生き残る努力は忘れずに』と、僕らに最後仰ったくらいなので、普通に僕らが学校を卒業して、従軍するんだ、程度にしか思っていらっしゃらなかったと思います。様子が変わったのは、補給艦を下りてからです。僕らは全員、あの隠し扉の向こうに押し込められましたから」


 そこまで言って、少年の目が、何かに気付いたように、部屋の外に向けられた。


「メイカー艦長から引き継ぎを受けていた人ですけど…そう言えば、さっきまで僕らと話をしていた、濃い緑色の髪の方と、同じ階級章を付けてました。僕、まだ詳しく勉強しきれていないんで、メイカー艦長のそれとは違うと言う事と、メイカー艦長よりも階級が上っぽいと言う事くらいしか分かりませんけど」


「そういや、ちょっとエラそうだったよな、ナージャ?」


「確かに、メイカー艦長には『ご苦労』としか言わないわ、近くにいた警邏担当っぽい人には『さっさと連れて行け』しか言わないわ…大分だいぶ、横柄だったよね。少なくとも、僕はそれっきり顔を見てないし、下っ端じゃないと思うよ、シン?」


「濃い緑…中佐キンバリーか」


 光輝の目がスッと細められ、三人が思わず身を寄せ合っていたが、光輝は三人の発言自体を咎めだてたいようではなかった。


 一人の話から、他の二人が当時を思い出して、記憶と経緯を繋げ、補完している。


 本人達はどうやら無意識のようだが、実は三人の話を時系列で聞けば、事態の流れが正確に脳裏に浮かぶくらいで、光輝がクドクドと何かを聞く状況にならないのである。


「その後しばらくは、あの中で講習みたいなのを受けさせられてました。金星と地球の勢力分布とか、今、誰が各組織の長なのかとか…あと、鍛錬的な運動や武器の扱いとか、でしょうか…。どこに配属されるとも限らないから、適性を見極める必要があると言われて…。奥のあの部屋、更に続きがあって、訓練場や医局と裏から繋がってるんです。主に夜中になると、何人かに分かれて呼び出しを受けてました」


「うん、特にシンは多かったよね。戦闘方向に適性があると思われてたのかな?僕は時々医局にヘルプに駆り出されるぐらいだったけど…」


「言われてみれば…。逆にオルは、何かの資料を山積みされてたよな?おまえは行かなくて良いから覚えろ、みたいな?確か3人くらいがローテーションで来てたよな?」


「あ、うん。僕はロートさんと当たる事が多くて…。シンはベルデさん、ナージャはアズロさん…だったよね?だけど、あれ多分本名じゃない気が…」


「あぁ、何かコードネームっぽい感じはしたかも?他の人が、違う名前を言いかけて、慌ててアズロって言い直した…的な事あったしね、実際」


「俺も『ベルデのメンテ頼んだ』って指示飛ばしてるの聞いた。言われて考えれば、アレ、武器とか戦闘機とかの名前だったっぽい」


 こいつら…と、光輝のこめかみが、ピクリと引きつった。


 恐らくこれは、個別に聞けば「分からない」「詳しく覚えていない」「大した事は話してないと思う」等々で、情報が聞き出せないパターンだと悟ったのだ。


 どれが重要な情報かを判断出来る予備知識がないため、まかり間違えば、全てが本人達の中で「どうでも良い情報」扱いとなってしまい、後になって「聞かれなかった」だの「そんなに大事な話だったとは思わなかった」だの、手遅れになってしまうパターンである。


 三人が三人とも、驚異的とも言える記憶力を持っている事に、ルドゥーテ衛星の特異性、あるいは徴用兵として狙われる理由の一端を見た光輝だったが、今はそこは、後回しにする事にした。

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