第15話 サン・クレメンテ攻防戦(15)
「隊長、こっちです」
営倉までの通路は、
「四代目も、ご無沙汰しています。すみません、お二人ともにご足労頂いて…」
またしても言われる「四代目」の言葉に光輝の顔が
「二重構造…か?これは……」
警邏室の隣に鉄格子、その奥に相部屋と、個室…と言うのが、一般的な営倉の構造である筈だったが、キンバリーが姿を現したのは、更にその奥にあった扉――と言うよりは、壁面に擬装されていた扉――の向こうからだった。
「我々も、この扉に気が付いたのは偶然なんです。解除コードは営倉の入口と警邏室だけでしたし、ましてや壁に同化した扉なんて、あるとも思いませんからね。突然ここが開いて、人が出て来た時は流石に絶句しましたよ」
キンバリーが、コンコンと、軽く壁を叩いている。
「しかもそれが、血塗れの少年でしたから」
「⁉︎」
「いえ、どうやら死んだ兵たちをどうするか、考えあぐねた結果が、兵たちを奥に安置して、自分達が表の営倉に入る事だったようで…。血は、少年自身のものではありませんでした」
「営倉を制圧した彼ら、と言うのは少年なのか?しかも独りじゃなく?そもそも、何故少年が営倉に?」
テゼルトの疑問は、留まるところを知らない。
営倉の中に入ってしまえば、自分の意志で鉄格子の外へ出る事は難しい。奥を死体安置所にしたために、手前の部屋に入らざるを得なくなったところまでは、もちろん理解出来る。
だが問題は、そもそも何故、営倉になど入る事になったのか、である――それも、二重構造の奥に、押し込まれるようにしてまで。
「……あくまで、私が聞いたままを申し上げますので、あとは直接話を聞いて頂けますか」
「あ、ああ」
「身分を
「食糧と引き換えに従軍⁉︎」
それは、言い方を変えた人身売買に他ならない。
しかも、地球軍に潜入とまでなれば、その人材は、下手をすれば「使い捨て」だ。
「いったい、誰がそんな――」
呻くテゼルトに、答えを持たないキンバリーは、首を横に振る。
「ルドゥーテはまだ、辺境開発、入植からそれほど年月のたっていない衛星で、奥にいた少年達は一様に、自分達が表に出る事で、故郷への医薬品の提供が滞るのだけは困る、と――」
「なっ……」
「キンバリー」
手前から、一部屋一部屋、小窓を覗いていた光輝が足を止めたのは、まさにその瞬間だった。
「おまえの言う
弾かれたように駆け寄るテゼルトの視線の先には――三人の少年。
光輝が指差す小窓の先を確認したキンバリーは、頷いた。
「実際は、他の部屋にも更に若い少年たちが、もう何名かいますが…営倉を中から制したのは、その三人です」
「開けさせろ。確かに、これは
光輝のシーディアに対するぞんざいな物言いが今更なキンバリーは、完全に聞き流して、営倉の扉を開けに向かったが、テゼルトは流石に少し、乾いた笑い声を滲ませながら「分かりました」と答えて、その場に留まった。
「艦載機部隊の、ここが限界と言う訳ですか…。少し悔しいですね。実際の闘いであれば、どこにも劣らないと胸を張って言えるのに」
「…艦載機部隊と言うよりは、佐官の限界だろうな。悔しいなら、
そう、光輝は不敵に微笑うと、ガチャリと旧式な音と共に鍵が開いたドアから、相部屋営倉の中へと足を踏み入れて行った。
「悔しいなら
生え抜きではないが、幾つかの艦載機部隊や白兵戦部隊を渡り歩いてきたテゼルトにとって、当初
その、言葉にならない「もやもや」の正体が、この佐官と将官の溝だと言われた気がして、テゼルトは、しばらく茫然としていた。
「テゼルト隊長!
「あ…あぁ、すぐ行く!おまえはこっちの様子を見ていてくれ、キンバリー!場合によっては、おまえが私に中の会話を伝えてくれ!」
「承知しました!」
最初に少年達と邂逅したキンバリーはもちろんの事、テゼルトも光輝も、廃れて久しい「徴用兵」と言う単語が、すぐに口をついて出た訳ではない。
『――辺境衛星からの、徴用兵?』
むしろ、通信の繋がったバルルークが言い出さなければ、この先、誰の口にものぼらなかったかも知れない。
『現在進行形で、カミジョウ准将が、その彼らから話を聞いている――ーと言う認識で、合っているかね、テゼルト大佐?今、私はシーディア中将と話をしている途中だったものだから、
「⁉︎」
この初老の参謀は、いったい何を言っているのかとテゼルトは一瞬目を瞠ったが、ふと、光輝が言い置いて行った事を思い出し、それをバルルークに告げた。
「
『今回は、そのまま報告を上げて良い…と。ふむ。どうやら余波が将官なり議会なりに及びそうと言う事か…』
「え?」
光輝が、バルルークに連絡を取るよう言った事が、どうしてそこに繋がるのか――テゼルトは把握しそこねたと言う感じで、目を瞬かせた。
『まぁ、カミジョウ准将が
…笑い事ではないのに笑っているバルルークは、大したものだと、テゼルトは思う。
『ではまた、ある程度その少年たちの話が拾えたところで、連絡を貰えるかね?この回線は、いつでもすぐに通じるよう、開けておいて貰うとしよう』
「了解です。ではまた、後ほど」
階級は対等だが、年齢は20歳以上違うバルルークに対し、最大限の敬意を持って、テゼルトは黙礼した。
もう一度、同じ事をアルフレッド・シーディアに説明する手間を省いて貰えるのは、確かに有難いと――そんな風に思いながら。
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