第四話 鍵


 部屋に帰って、変人の荷物を入れた段ボールを開ける。


 変人と会話している雰囲気を思い出す。私の部屋に来た事はもちろんない。私の住所をしっていた可能性すらない。

 でも、テーブルの向こう側に、変人がいつものように片足だけを椅子に載せて、座っている様子が見える。


 そうやって、なんでも解っているような顔で、私を見ている。

 そして、実際に私のミスを何度も助けてくれた。その都度、私を慰めてくれる。ミスした箇所ではなく、些細なことを褒めてくれる。ミスはしょうがない。ミスをした時の対応方法を教えてくれる。バグが消えない時には、方法を教えてくれる。そして、自分の仕事が終わっているのに、私がバグを修正するまで、何も言わずに見守ってくれていた。


 変人の癖のある字だ。私も解読ができるようになるまで時間がかかった。本人は、自分で読めれば問題はないと言っていた。指示を出す文章では、しっかりとした字になるのに、メモはまるで暗号だ。それでも、字を読むだけで嬉しくなってしまう。


 あれだけデジタルな人間の癖に、メモ用のノートを持ち歩いている。

 アイディアが浮かんだら、すぐにメモを取るにはノートの方がいいと言っていた。だから、変人のスマホには必要最低限のアプリしか入っていない。カメラも使っていないと言っていた。


 スマホの認証は、以前に聞いていたので知っていた。

 ロックを解除する。電話帳の先頭は、会社だ。そして、私の名前が書かれていた。嬉しい。たった、それだけの事が嬉しい。そして、スマホには一枚の画像が保存されていた。私が、カメラを使わないのはもったいないと言って、無理矢理・・・。二人が映っている。変人が照れくさそうに笑っている。写真は、私が没収しておきます。いつか、この写真を見て・・・。本当の意味で笑える日が来るまで・・・。見守ってもらうために・・・。


 そうだ。警官が言っていた、財布の中。


 え?

 これ・・・。引き換え?今日だ!

 なんで?


 これって、有名な・・・。変人が?


 急いで、外出できる恰好になって、銀座に向かった。

 一応、荷物の中にあった免許と、私の身分を証明する物と、警察から貰った証拠品の受取証を持っていく。


 なんで?なんで?なんで?

 変人が、ネックレスを買っている?受け取りは、今日になっている。そして、詳細が書かれている。そこには、プレゼント用になっている。誕生日プレゼントだと・・・。そして、その日付が明日。私の誕生日。イニシャルが彫られている。私のイニシャルと誕生日。


 お店には、警察から連絡が入っていた。

 受け取りも・・・。個室に通してくれた・・・。なんで・・・。なんで・・・。なんで・・・。涙が溢れそうになる。でも、ダメ。笑え。笑え。笑え。笑え。私は、笑えている?大丈夫。ネックレスを受け取る。


 部屋に帰ってきて、便箋を開ける。

 警官が言っていた通り、USBメモリーが入っている。


 便箋の宛名は私だ。

 え?うそ・・・。


”美穂。誕生日おめでとう。上司である俺が言うと問題がある。だが、言わないで後悔したくない。俺は、美穂が好きだ。付き合ってくれとは言わない。ただ、美穂の為にネックレスを買った。貰ってほしい。あと、俺が居ない時に、会社のパソコンにUSBを刺した状態で起動してみてくれ。笹原保”


 居ても立っても居られない。

 会社に電話をする。部長が残っていた。荷物を受け取ってきたことを伝えた。会社に関連する資料を持っていくと伝えた。もう帰る所だったようだ。タクシーを使えば30分で到着する。警備員に伝言を頼んだ。


 タクシーを捕まえて、会社に急ぐ。


 警備員は私を見ると、鍵を出してくれる。警備を切ってくれた。

 お礼を伝えて、途中で買った飲み物を渡す。


 会社は暗い。

 誰も居ない。私と変人の机の上にある電灯を付ける。二人のデスクだけが、息を吹き返した。


 徹夜をしている時に、電気を消して寝ている時があった。私が電気を付けると、眩しそうにして起きだす。今は、誰も寝ていない。座ってもいない。


 パソコンに持ってきたUSBメモリーを刺す。場所も指定してあった。全面のソケットだ。


 震える手でパソコンの電源を入れる。壊れて動かないと判断されたパソコンだ。BIOSの画面さえも出なかった。


 ファンの音がする。いつもは、ここで止まってしまう。


 USBメモリーが光る。何かを読み込んでいる?

 BIOSが起動する。なんで?


 パソコンが復活する。息を吹き返す。変人の変わったパソコンが、復活した。

 なんで?私に、USBメモリーを渡す?なんの意味があるの?


 BIOSが読み込まれた。

 OSのローダーが起動する。OSの画面が表示・・・。されない。ローダーの最後に、私の名前が・・・。震える手で、自分の名前を選択する。


 あぁ・・・・。


「美穂。面と向かって言える自信がない」


 それから、パソコンの中に復活した変人は、私の名前を呼んで、告白をしてくれた。恥ずかしかった。嬉しかった。哀しかった。悔しかった。涙が流れてきた。


 私のセリフは決まっている。パソコンの中に復活した変人に笑いかける。


「はい!保さん。私も、貴方の事が好きです」


 保さん。私。笑えていますか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

壊れたパソコン 北きつね @mnabe0709

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ