第三話 荷物
結局、変人のデスクで寝てしまった。
始発の1時間前に起きられたのは僥倖だ。作成した部分をコミットして、ポータルに結果と注意事項を書いておく、休むと言っても、咎められないのは解っている。荷物を受け取りに行くだけだ。でも、部長からは休めと言われた。
「笹原さん。貴方が生きていたら、私がこんなに苦労をしなかったのですよ?」
文句を言いたいのは、変人も同じだろう。理不尽に、無慈悲に殺された。通り魔は、翌日に捕まった。ただ、受験に失敗したという理由で勝手に絶望して、自殺が怖いという理由で、”死刑”になるために、人を殺した。誰でもよかった。殺せそうな人間を狙った。
彼が証言した内容だ。裁判も傍聴した。結局、彼からは謝罪の言葉は聞けなかった。彼に殺されたのは、変人だけだ。変人が、刺されながらも、彼を殴り飛ばした。そして、彼が持っていたナイフを刺されながらも離さなかった。そのために、彼は逃げ出した。変人が、他の人の命を救った。
変人が、あの日にあの場所を歩いていた理由は解らなかった。変人には似合わない。場所だ。変人は、始業時間の前に、銀座に行っていたのか?結局、この謎だけは解っていない。銀座に行かなければ、通り魔にも会わなかった。
約束していた時間に、到着した。
言われた通りに、受付で事情を説明した。
10分ほど待たされたが、あの日に私を案内してくれた警官が姿を表す。
「田村美穂さん」
「お久しぶりです」
「そうですね。遺品の受け渡しですが、すぐに受け取りになりますか?」
「はい。お願いします」
「わかりました、ついてきてください」
地下ではなく、3階に連れていかれる。
遺品は、証拠品として調べられた。その過程で、変人には家族がいない事がわかって、警察から会社に連絡があり、仕事の資料もあったことから、受け取りを頼まれたのだ。どうやら、変人の荷物の中に私宛の便箋があったことが、警察から連絡があった理由だ。
「便箋は、封がされていませんでした。失礼とは思いましたが、中身を確認させていただきました」
「はい。仕事の話だと思いますので・・・。サインは、これで大丈夫ですか?」
遺品の受け取りの説明を聞いて、書類にサインをする。
警察が補完していた証拠品を一つ一つ確認していく、変人が当日に何を持っていたのか解らない。解らないけど、いつもの荷物と同じだ。違うのは、便箋があることだけだ。
便箋の中身は、手紙とUSBメモリーが一つだ。
「あの・・・。USBメモリーですが、故障していると書かれていますが・・・」
「それは、複製の作成も不可能でした。中身の確認もできませんでした。なんらかの仕組みが組み込まれているとは思いますが、事件性はないと判断しました」
「そうなのですか・・・」
「落とされた時に壊れたのかもしれません」
「わかりました。ありがとうございます」
変人が最後に着ていた服も証拠品となっていた。ナイフで刺された場所や、犯人を殴った時に着いた血痕がある。この血痕のDNAが逮捕した犯人のDNAと一致して逮捕の決め手となった。
証拠品を受け取って、警官が荷物を入れた段ボールをもってくれる。
タクシーを呼んでくれることになった。このまま持っていくには、さすがに量が多い。
「田村さん。笹原さんは、会社ではどんな人だったのですか?」
タクシーを待つ間の雑談だった。
でも、警官は、変人の私が知らない変人の生活を教えてくれた。
タクシーが来て、荷物を載せてくれる。
扉がしまって、窓を開けて最後のお礼を伝えようとした。
「田村さん。余計なお世話かもしれませんが、笹原さんのお財布の中を確認してみてくださいね。慰めにはならないとは・・・。でも、笹原さんが銀座で何をしていたのかわかると思いますよ」
「え?」
タクシーが走り出して、警官に言葉の真意を聞けなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます