第二話 夢


 あっこれは、いつもの夢だ。


 会社で仕事をしていると、変人が話しかける。


「美穂さん」


 ほら、そこで変人は私の作成した所の修正箇所を告げて来る。

 変人が居なくなってから繰り返される夢。


 夢だと解っていても、変人を目で追ってしまう。

 ほら、今回も同じ。


 注意される箇所も同じ。

 私の返事も同じ。


 そして・・・。翌日になって、修正したモジュールを提出しようとするが、変人は会社に来ない。


 解っている。

 時計を見る。目覚めたい。ここで、目が覚めれば、同じ苦しみを感じることはない。


 でも、無常にも15時37分。

 会社の電話と、同時に私のスマホにも着信がある。知らない番号だが、覚えてしまった番号だ。


 出たくない。

 でも、夢では出てしまう。


 そして、変人が通り魔に刺されたこと、病院に運ばれたことを知る。


 会社の電話も同じだ。

 私は、部長からすぐに病院に行くように言われる。覚えていない。走ったことだけは覚えている。夢だ。これは、夢だ。でも、夢じゃない。


 私が病院に到着した時には、変人には会えない状況だ。

 会社に電話を入れる。自分が、何を言ったのか覚えていない。思い出せない。夢でも、部長の言葉だけだ、耳に残る。


「一緒に・・・」


 部長が何を言ったのか解らない。解らない。でも、”一緒に”だけは耳に残っている。


 そして、深夜になる。


 警察病院に移動する。

 地下に誘導されて、白い布を掛けられた変人と対面する。


 胸に縋りついて、思いっきり叩いた。怒って起きだすと思った。何度も、何度も、名前を呼び、胸を叩いた。警官が止めるまで、叩き続けた。手から血が滲んできても叩き続けた。起きてきてくれると信じていた。


 でも・・・。

 そこで、目を覚ます。


 自分の涙で、枕が濡れている。

 悲しいのに、哀しいのに、夢以外では涙が出ない。


 変人が言っていた。

 苦しい時ほど”笑え”。客先で、プレゼンに失敗した時に、頭を撫でられながら言われた言葉だ。ほぼ確実だと言われた、プレゼンで失敗した。仕事が競合に取られそうになっているのに、笑えない。

 私のせいで・・・。変人は、それでも”笑え”と言った。ミスは、ミスだ。すまなそうな表情をしても、ミスは取り返せない。そんなくだらないことをするくらいなら、考えろ。”考えて、考えて、それでもダメなら、笑え!”そういって、変人は笑った。

 その日は、客先から私は部屋に帰った。変人が、会社に寄る用事があるからと・・・。嘘だった。変人は、会社に戻ってすぐに、プレゼンの失敗を取り戻す方法を考えて実行していた。週明けに出社した私は変人と一緒に部長に呼ばれた。叱責されるものと思っていたが、褒められた。

 失敗したプレゼンだったが、先方から仕事を頼みたいと連絡が来たそうだ。


 変人が嬉しそうに告げる。

「よかったな。見ている人はいる。でも、慢心しないで、頑張ろうな」


 ”はい”と答えるのが限界だった。

 解っている。私のミスは、絶望的だ。でも、仕事に繋がったのは、変人が何かをしたのだろう。プレゼンのミスを帳消しにするくらいの何かを・・・。


 部長の前から、席に戻る途中で、涙が溢れ出そうになる。私は、笑えたかな?涙を堪えて、笑えたかな?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る