58 その9 ~女医者の望む待遇と現実~

①元主人の毒殺疑いのある元医者「ディアナ」をジャックソン奴隷商会で買った後、使用人たちへの挨拶…いや、「毒殺未遂」なんて罪状は伝えてないけどね?(無暗矢鱈と不安にさせるのは本意じゃないし…)

②マロンが夕方現れて(無論、ストレス発散の為にダンジョンに半日籠って戻って来た訳だけど…)ディアナと遭遇。一応それぞれ自己紹介した後、何故かディアナにやり込まれて再びストレスゲージが上昇してるマロン…う~む、どうしてこうなった!?(現場を見てないザックからすればそう思うよなぁ…)

━━━━━━━━━━━━━━━


- 診察室…の備品調達など -


「…旦那様」


「はい?…あぁ、ディアナか。ご苦労さん」


「あ、いえ…その。有難う御座います」


流石に屋敷に来て次の日では慣れないのだろう。距離感も掴みかねているディアナはほんの少しだけ距離を保って話し掛けてきた。


(やっぱ、前の…某F男爵のせいだよな、これ…)


何故そう思うか?…いや、普通に話す声量が静かな屋敷の中でなら何とか届く距離を離していると思えばわかるだろうか?…距離にして5mは離れてるんじゃないかな。お年を召しているコナンとメビウスだと1mも離れてないもんな。それより離れるとこちらの声が聴き取り辛いって…いや、何かってーと頭撫でる為に距離を詰めてるとしか思えないからこの2人は除外した方がいいかも…むぅ(他のメンツは大体2m前後の距離で話すから、常識的に考えればそのくらいが普通、かな?)


「それで、その…」


「あぁ、必要な物資一式ね。書類とかある?」


紙に書いた物で、わからない物は説明を必要とするので本人の前で質問した方がいいと思ったのだが…


「必要事項を書いた書類はコナンさんに渡してあります。本日はその…「宜しくお願い致します」と伝える為でして…」


(つまり、コナンには必要な書類を渡してあるので、後は宜しくと声を掛けに来ただけか…)


そうザックは判断し、


「わかった。彼らにもわからない物もあるかも知れないから、その時には説明をお願いするね?」


とだけ伝え、執事たちのいる部屋へと向かうザック。


「…」


ディアナは某F男爵のせいで男性不審に陥っており、実はコナンではなくダナンに直接渡していたのだが…それはまた別の話。



「みんなご苦労様、診察室の備品とか物資の購入申請が来てると思うんだけど…」


執事の執務室に入り、挨拶の後に直球で質問をしてみるザック。その時、執事のコナンと執事補佐候補のザルツとダナンが一斉にこちらを向いて、


あるじ殿…実は…」


とコナンが代表して書類を纏めてこちらへ…否、書類はテーブルに置いてザックの背後へと歩み寄り、


「さぁさぁこちらへ…」


と、両肩に手を置いてソファへと誘導するコナン。その間、ダナンはお茶とお茶請けを用意しに備え付けのキッチンへ。ザルツは散らばった用紙を一束に纏めていた。


「えっと…何かあった?」


「そうですね…何処から話したものだか…。取り敢えずお座り下さい」


そして、有無をいわせず着席させられ、まずはとディアナの提出した書類を広げて説明を受けるのであった…



「う~ん…普通の医療用の器具とか備品だけに見えるけど…ひょっとして高いの?」


それなら某F男爵で働いてた屋敷の中古品でも買い取れば安くなるし使い慣れた物だろうから彼女も助かるしこちらも経済的に助かるんだけどな…と思ったのだが、


「いえ、ディアナ女史がいうには全て新品。作ったばかりの物でないといけないと…中古など以ての外といってましたな…」


「何でも以前の職場の物は絶対嫌だと…余程嫌なことでもされたのですかね?」


コナンとザルツはそう報告して口を噤んだ。これ以上いうことはないし、反論しても無意味だったようで表情を見れば疲れていることが伺えた。


「じゃ、全部新品で買うとどれくらい掛かるの?」


ベッドや机、椅子なんかは別に錬成すればいいかなと思って値段は0に等しい。流石に医療用の専用器具なんかは想像の埒外なので1度は買って来なくてはならないんだけど…


「ええと…大雑把に検算した所、大金貨1枚近くは掛かるそうです…」


ダナンが1枚の用紙を持って報告する。今まで検算してたようで黙んまりだったようだ。


「えぇ~?…ちょっとそれ見せて?」


「あ、はい」


受け取った用紙を見ると、購入する物の名前と購入に掛かる費用。運び入れる為の人件費なども書かれている。


(人件費は要らないよな…アイテムボックスを創って貸せば済むし…)


その日だけ使えて期限が過ぎれば中身を放り出して消滅する時限式の物を創ればいいだけだ。これなら持ち逃げされても問題無いだろうし中身が大きければ持ち運ぶこともできないだろう。


「えーっとなになに…何これ?」


ベッドとかテーブルとか椅子とか。名前はごく普通なのだが右に書かれている金額が普通ではない。そもそも、普通の家具で金貨が必要になるか?


「あ…それは有名な家具師が作った限定販売の物のようでして…最低でも金貨数10枚はするそうです」


ザックは思わず、


(はぁ?…アホか?…んな貴族さまが使う家具じゃあるまいしぃっ!?)


と思ったのだが、


「ひょっとして、ディアナって…元貴族?」


「…みたいですな。何処の誰だか存じ上げませんが…」


と、ザックの疑問にコナンが答えた。だが、奴隷落ちする前は王族だろうが貴族だろうが奴隷は奴隷。例え本人が否定してもその烙印は消せないのだ…主人たるザックが解放しても、だ。


(あ~…奴隷落ちした場合、家格がどうのってことで縁切りされるんだっけ…)


つまり、最初からその家には存在しなかった者として、縁を切られてしまうらしい。恐らくは家にある当人の私物なんかも全て処分されていることだろう。貴族らしい考えだが、平民であるザックでも村を追い出される前に出て来てはいる。口減らしの為にそんな行為は日常茶飯事に行われていることだ。まだ、その場で殺されるよりはマシだと思うしかない…


(あ~、ウツだな…)


流石に死にたいとは思わないが、ザックはディアナには少しは優しく接した方がいいなと思う。折角入手した医者の技能を持つ者ということもあるが…


「唯なぁ…こんなクソ高い家具はダメだな。働いて奴隷の立場から脱出したいとか思ってないのかね?」


寧ろ、借金地獄案件である。他の使用人たちより高い給与を与えても、生きてる間に奴隷脱出なんて無理じゃないか?…唯でさえ金貨200枚余の女医者なのに。数えてみると、購入する備品・物資の総額は、この屋敷に備蓄している財産金貨400枚余を軽く凌駕している。とてもではないが買えない。というか、貴族って何考えているのだか…


「あ~…そうだな。面倒臭いが全部僕の錬金術で用意するか。無論、知らない物は見てみないと複製すら困難だからな…コナン」


「はい」


「明日、ここに書かれてる物で町で買える場所に連れてってくれないか?…最低でも僕のストレージに収納してどんな物か簡易鑑定で調べる必要がありそうだ」


「す、ストレージ?」


「鑑定…」


ザルツとダナンが狼狽えていた。ザックは


(あ、しまった…内緒だったんだよな)


と思ったが、コナンには薄々バレていたらしく、動じなかった。


「了承致しました。では、明日お昼過ぎに馬車を用意致しますのでそれまでにご準備をお願い致します」


と、深々と頭を下げて礼をとる。


「あ、あぁ…それとな?」


そこまでザックがいうも、コナンはおもてを上げ、口に人差し指を当てながら


「秘密…で御座いますね?」


とニコっと微笑みながらいう。


「…あ、うん。徹底して欲しい」


「承りました…」


そして2人にも目配せをし、


「あ、はい!命に替えましても!!」


「あ、わ、わかりま…承りました!!」


と、慌ててザックのいい分に対して忠誠を誓う執事補佐候補の2人。それを見たコナンは


「やれやれ…まだまだですね」


と頭を振っていた。まだまだ執事としては不勉強らしい模様。ザックは苦笑いを浮かべ、


「じゃ、明日宜しく。あぁ、こっちの書類は貰ってってもいいかな?」


と、ディアナから受け取った書類と、内容について調べて書き起こしたであろう用紙を指差す。


「どうぞどうぞ…」


というコナンに


「じゃあ遠慮無く」


と、纏めてストレージに収納するザックだった。その様子ストレージ使用を初めて見たのか、ザルツとダナンはびっくりしていたが…コナンは笑みを浮かべるだけだった…



此処はザック専用食堂。秘密の相談事なんかに偶に使われている狭い空間だ。現在は使用人たちは全て居らず、代わりに従者ゴーレムの2人だけが傍に居る。シャーリーは外部から人が近付いて来たら警告する為に。レムは単純に飲み物やお菓子を厨房から運んで貰う為に待機して貰っている。今は十分な量を運び込んでいるので椅子に座っているけどね。


「さて…と」


椅子に座り、取り敢えずストレージに入れたまま書類を読み始めるザック。傍から見れば、中空を睨んでうんうん唸っている奇妙な行動をしている子供にしか見えないかも知れないけど…まぁ周囲には他人は居ないので問題無いだろう。


「家具の類は…まぁ家具屋で高そうな物を見せて貰えばいっかな。最低でも僕の使ってるベッドを複製すりゃいいよね」


別に天蓋は付いてないけど寝心地抜群のダブルベッドだ。そんな高いのは不要だといったんだけど、仮にも貴族ならこれくらいはと…町で寝心地は一番だけど値段的には中間くらいの家具が自室に鎮座している。何故ダブルベッドか?…多分、「子供だから寝相は悪いだろう」と思われたんじゃないかな…いや、探索者ギルドの宿の狭いベッドからよく転げ落ちてたけどね…まさか、その時の情報が…いや、考えるのはよしておこう。


「他…テーブルとか椅子なんだけど…何で貴族家で使うようなでっかいのが必要なんだろうか?」


彼女の寝泊まりする部屋は診療室とは別にある。あるけど、そんなでっかいテーブルなんて置くスペースはない。寧ろ、置いたら最後…ベッドも置くスペースは無くなるといっても過言じゃない。せいぜい、お茶する器具が置ける手頃な大きさの物があれば十分じゃないかと思う。


「そもそも食事は食堂があるし、既にそれに見合ったテーブルは設置してるんだけどな…」


(ひょっとして前の職場では別に屋敷を与えられていたって聞いたけど、まさか屋敷丸ごと与えられててそこに住んでた…とか?)


それなら話しは見えてくる。つまり、此処でも当時の再現をすべくこの家具のラインナップなのだろう…


「いやいや、無理だろ。どの程度の屋敷だか知らないけど、此処の屋敷全部使わないと無理じゃないか?これ…」


取り敢えず、ディアナは寝泊まりができる部屋を仮に与えられそこで寝起きしているが、働き始めれば診療室用に幾つかの部屋を改装し、それとはまた別に住む為の部屋を与えられるのだが、少々考え直した方が良さそうだと、ザックは思うのだった…


尚、診察室に入れる医療用の物資や器具類は総額金貨100枚に収まるが、ディアナの部屋に使用されると思しき家具類の総額は金貨500枚を超える。その中には貴族の食堂で見られるクソ長いテーブルも含まれており、ザルツたちが調査したその大きさはどう見ても与えられる部屋の長さの3倍はあるそうだ…というか、一番広い食堂でも使ってないし(6人掛けのテーブルを複数設置してるだけであんな非効率なテーブルは入れてない)


「…っていうか、何で高価なアクセサリとか衣類が必要なのかね?」


医者なんだから清潔な服と魔法を用いた施術をする時に使う補助用の魔導具で十分なんじゃないかと思う。医者ではあるが、時には回復魔法など必要な時もあるし、彼女もその系統の魔法は使えるとジャックソンから聞いているのだ。そもそも、外交なぞしないし他所の貴族と交遊などもしないのだからおめかしする必要もない…貴族の身分は剥奪されているのだから当然だと思う。


「…まぁ、その辺はよくわからないし、コナンたちに訊けばいいか…」


(そういえば元医者だけど医療行為を行うに必要な医者の権限というか…そういうのって大丈夫なのかな?)


その辺に関してはコナンが把握しており、後で聞いて判明するが、


「この屋敷の中。或いは指定された場所でなら問題はない」


…とのことだった。要は、このノースリバーサイドの屋敷の中でなら問題無く医療行為は行え、緊急時には…例えば先日発布された緊急クエストでは用意された木小屋ログハウスの医療施設内ならば問題無い…ということらしい。


「う~ん…後は明日訊いてみるしかないな…」


不明な点はわかる者に訊いて確認しようと、ザックは新しく用意した紙に不明点を書き連ねていくのだった…


━━━━━━━━━━━━━━━

マロン「主、これ」

ザック「え、何これ」

マロン「昨日の成果」

どざー!…と、金貨袋の中身をこぼして立ち去るマロン。そして集まるメイドたち。

イブ 「ご主人様、全部で金貨120枚、となります」

ミルム「銀貨と銅貨は相変わらずマロンさんの懐みたいですね…」

ザック「あはは…、そうかご苦労さま。じゃいつものように…」

イブ 「畏まりました」

画して、マロンの稼ぎという名のストレス発散の結果は屋敷の金庫に仕舞われるのだった…!



備考:

探索者ギルド預け入れ金:

 金貨712枚、銀貨802枚、銅貨1667枚(尚、両替を希望しなければ貨幣単位で加算される一方となる)

ストレージ内のお金:

 金貨282枚、銀貨1020枚、銅貨781枚(変化なし)

財布内のお金:

 金貨2枚、銀貨78枚、銅貨80枚(変化なし)

総額(両替した場合の額):

 金貨1015枚 銀貨25枚 銅貨28枚

屋敷の備蓄額:

 金貨577枚、銀貨45枚(マロンの稼いできた換金額を追加。給与として各使用人に支払い(週払い、合計銀貨185枚))

今回の買い物(支出金):

 なし

ザックの探索者ランク:

 ランクB

本日の収穫:

 探索者ギルドでマロンの稼いだドロップ品の換金結果

 金貨120枚、銀貨81枚、銅貨43枚(金貨のみ屋敷の金庫へ)

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