40 その8
最外壁で現状一番脆い部位であるザックの受け持ち区域で壁が殴られて崩壊。2桁を超えるゴブリンやコボルド、何10ものオークとオーガが侵入。極めつけは脆くなってたとはいえ、最外壁をぶち破る巨人だった。だが、ザックはその場で魔導具である武器…機関砲2基と大砲1基を生成し、侵入してきた魔物の群れを殆ど撃破した。そこに偶々居合わせた「トレジャーハント」チームの女性4名もザックに魔法の弓矢を借りて迎撃に参加していたが…果たして、ザックはこのお姉さんたちに口止めができるのだろうか?
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- ことが終わって… -
「さて…と」
ウエポンボックスとして機関砲2基と大砲1基を収納し終え、ネックレス状のそれを首から下げるザック。
「じゃあ、僕は引き続き最外壁の修復作業に戻りますので…あぁ、さっきお貸しした弓矢ですが、今回の緊急依頼が終わるまでは持ってて構いません。帰る時にはお屋敷の方で返却して頂ければいいので」
じゃ、と軽くぺこりと頭を下げた後に大穴の空いた最外壁へと歩き出すザック。暫く固まったままのトレハンチームの面々だが…
「え、あ…」
シャロンが掠れた声を上げて引き留めようと試みるが中途半端に上げた手がやがて下がる…とそこへ、ダッシュで動く影が!
「ねねね!さっきの何?…どうやって出したの!?」
「凄いねぇさっきの!…何処に仕舞ったの?…ね、ねーねーねー!?」
…カロンとモナである。興味津々でザックに抱き着いて質問攻めをしている様子に大きく呆れた風に溜息を吐き…
「はぁ…あんたらね?…仕事サボって何依頼主のチームメンバーに絡んでるのっ!?」
と、シャロンが怒鳴りながら拳骨を落とす。
「「痛ったぁ~いっ!?」」
ハモりながら両者が頭を抱えて座り込む。ザックはようやく解放されたとそそくさと離れ、
「あはは…じゃ、じゃあ僕はこれで!」
と、離れながら
「「…えっ!?」」
と目を合わせながらぱちぱちと瞬きしている。エッタとシャロンが訝しみながら見ていたが、すぐに視線をザックに戻す。
「…本当に貴族様じゃないのかねぇ…あんな高度な魔法を使っているのに」
「そう…ですね」
シャロンが誰ともなく呟き、その呟きを拾ったエッタが肯定する。そしてカロンとモナはあっという間に消えていく痛みに混乱していた。
((なっ…何でぇっ!?…痛みがこんなにすぐ引くなんて…有り得ない!?))
…と。2人の心のシンクロ率はメーターを振り切ったかのように、一致を示していた。2人の頭にできていたたんこぶは既にその存在を示すものは無く痛みも引いていたのである…
- 「
「はぁ…こんなことならお屋敷なんて頂戴しなけりゃよかったなぁ…」
ぼやくマシュウだが「何を今更…」とジャッカルとジュンに突っ込まれている。
「だからいったんだよ…タダより高い物はねーってな」
ジャッカルが下賜される時に突っ込んだ台詞を繰り返すが、
「まぁ…何か裏がありそうだなって思ってたんだけどねぇ…」
と、ジュンがぼやく。こちらも半ば何かあるなと疑いつつも宿暮らしが長かったせいもあり、目先のお宝に目が眩んだ立場ではあるが…
「あ~、しくった。まさか維持費があんなに高くつくなんてねぇ…」
維持費とは物理的にお屋敷の維持管理に掛かる費用だ。部外秘らしく、口に出すのは憚れる為にジュンは黙っているがそれなりに高額のようでやや表情が硬い。また、維持費として使用人たちの給与などもあげられるがパトリシアの実家の彼女専属と聞いており、給与に関しては考えなくていいとパトリシア本人から聞いているが…
「パットの実家から出てるんだろうなぁ…あの人たちの給与って」
ぶつぶつと呟くジュンに、マシュウが相槌を打ちながら
「…多分な。まぁパットがいいつってんだからいいんだろ」
と、マシュウは考えることを放棄する。ジャッカルも手を広げて首を軽く傾げ、「俺らの手にゃ負えん」とでもいいたげにジュンをちらっと見てから目前の魔物の群れに視線を戻す。
「…さて、目の前のお仕事を片付けてからだな」
「あぁ…腕が鳴るぜ!」
「鳴らしてるのは指の骨でしょ…来るわよ!?」
パキポキとごつくて太い指を鳴らしてからずんばらりんと骨太のバスタードソードを抜くジャッカル。マシュウは背中に背負っていた盾を左手で構え、シャッ!…とショートソードを右手で抜く。ジュンは後ろへ下がりながら弓矢を構え、矢筒から矢を取り出して目前に迫る魔物の群れを見て叫ぶ。
「思ったより多いわ…抜かれたら屋敷やマウンテリバーに被害が出るかも」
「あぁ…ここは俺に任せろ!…こいやぁっ!!」
タンク系の魔物のヘイト管理用のスキルが発動する。有効範囲内の魔物たちは自らの意思とは関係無しにマシュウへと引き寄せられ、構えている盾に向かって走り出す。
「へっ!…いい的だぜ…そらぁっ!」
ジャッカルが雄叫びを上げて進路上のゴブリンやコボルドたちを纏めて引き裂いて行く。ジュンはマシュウのやや斜め後ろからどんどん矢を放つが一射一死とはいかず、どんどんその矢の量を減らしているが魔物の群れは都合良く減ってくれない。
「ジュン!…無理せず零れた奴だけ撃て!」
ショートソードを振り回しながらマシュウがジュンに叫ぶ。バッファーのパトリシアが居ないせいでその攻撃力が減退しているせいで3人も思うように戦えていない。
「ちっ!…マシュウ!!」
「む…きやがれ!」
ジャッカルの声に再度スキルを放つマシュウ。十分にクールタイムを経たそれは発動してマシュウへと魔物たちが殺到する。だが、今度はゴブリンやコボルドの小物だけではない。いつの間にか現れたオークなどの中型の魔物も僅かながら混じっていた。
「若しかして、侵入経路の穴が大きく!?」
見れば、最初に見た時より壁にできていた穴が拡大されていた。今もそこから這いつくばったオークがもぞもぞと這い出ようとしているのがわかる。が、腹が引っ掛かっているのかなかなか出て来ない。そのお陰で、小物たちの侵入する数が減っているのだが…
「ちぃっ!」
しゅばばっ!
ジュンが穴を這い出ようとしているオークの頭部に2射を撃ち込み、見事に即死させる。矢を同時に2本放ち、同一目標に撃ち込むスキルだ。熟練すれば2本ともクリティカルヒットして急所なら即死させられる。急所は魔物によって違いがあるが、オークならば大抵は脳みそがある頭部とされている。ゴブリンやコボルドなどの人型の魔物も頭を撃ち抜いておけば問題はない。時々、頭蓋骨がやたら硬い魔物もいる為に確実といかないのが実情だが…
「よし!…あの穴からは暫くは湧いてこないでしょ」
ぐっ!…と拳を握ってガッツポーズを取るジュン。だが、そのせいで隙を見せたジュンに横から襲って来たゴブリンが3体タックルして来て横倒しにされる。
「きゃあっ!?」
〈ぐぎゃぎゃっ!〉
〈ごぶぅ!〉
〈ぎゃぎゃっ!!〉
倒されながらも弓で当たるを幸いに1体のゴブリンの目を貫いて引き剥がすことに成功するが、残りの2体に腰と足を取り押さえられてついに地面に叩き付けられるジュン。
「じゅ、ジュン!?」
後ろを振り返るマシュウ。だがそれは悪手だった…魔物たちのヘイトを一身に受けたマシュウは盾越しに同時に攻撃を受けてバランスを崩し、そのまま雪崩れ込まれてしまう。
〈げぎゃぎゃ!〉
笑い声をあげたゴブリンたちにマシュウは体勢を崩して地面に倒され、そのまま囲まれて手にしたこん棒で滅多打ちにされてしまう。両腕を真っ先に殴られて剣と盾を握ることができなくされた後、身を護る術を失ったマシュウは兜を引き剥がされて頭を、顔をこん棒で殴られてしまう。もう、こうなったら彼に助かる術は無く、暫く上げていた声もゴブリンたちの攻撃でいつしか消えていた。直後、
ごしゃ…
という音と共に彼の命の灯火は掻き消されてしまう。
「ま、マシュウ!?」
ジュンが泣き叫ぶが彼女もゴブリンたちに囲まれて悲惨な状況だ。弓矢は既に奪われ、予備のダガーも鞘毎奪われてしまっている。また、彼女は防具はもとより衣類も剥がされて肌が傷だらけになっている。此処が戦場ということもあり、ゴブリンたちは上位の個体から生殖活動より敵を殲滅することと、可能なら武器などを奪うよう命令されているのだろう。
「いや!…いやぁっ!?」
半裸にひん剥かれた彼女はすぐには殺されず、徐々に体力を奪うように嬲られていた。ジャッカルがゴブリンやコボルド、オークの群れからジュンの元へと行こうと足掻いているが、彼を囲うように集まっている為に中々進めないでいた。振り回す剣も何10もの魔物たちを切り裂いた為に切れ味が落ちており、こん棒と変わらない状況となっているのだ。寧ろ、振り回す為のスペースが無い為に動けない彼は徐々に攻撃を受けて傷が増え、今にも致命打を受けそうになっている…
・
・
「ちょ…あれ!」
モナがやや離れた場所に魔物の群れを発見する。トレハンチームの彼女らは、壁から離れた道を進んでザックが張り付いている最外壁からは凡そ5km程離れた位置へと移動していた。壁から侵入してきた魔物が、敷地内にいるかどうか調査しながら進んでいた訳だが…
「別チーム?パーティ?…が物凄い数の魔物に襲われてるよ!!」
その声にエッタが目を細めて見詰める。
「…確かに。つか、1人死んでない?」
頭部を潰されたマシュウのことだろう。死体から剥ぐにしてもごつい鎧を着ていた為に剥がすのが面倒と判断した魔物たちはジュンとジャッカルの2名に集中していた為、故マシュウの辺りには殆ど居なかった為に視認できた訳だ。
「てか急がないとヤバそうだよ!」
いうなり駆け出すカロンとモナ。エッタもワンテンポ遅れて駆け出し、シャロンが
「ちょっ!…待て!…待てっての!!」
と、リーダーとしてどう判断しようか迷っている間に出し抜かれていた。4人はダッシュで駆けだし、矢の射程に到着すると通常矢を取り出して弓を構えた。
「「「はぁっ!!」」」
先行していたカロンとモナが叫んで矢を放ち、少し遅れてエッタが同様に別の群れを狙って撃つ。2秒程遅れて到着したシャロンは奥のジャッカルが居た辺りの群れを狙い、火矢を取り出す。
「破っ!!」
3人とは違い、山なりに撃ち出されたそれは着弾した箇所から半径2mの火の柱を生み出し、消えると同時に火矢が戻ってくる。属性矢は撃ち方変えるだけでどう攻撃するかが変化するようだ。シャロンは何度か同じ方法で火矢を撃ち出すと、ジャッカルの周囲の魔物は殆ど一掃されていた。ジュンの周囲の魔物も3人の砲撃のような攻撃で散らされ、残りは叶わないと気付き逃げ出したようだ。
「…はぁ。何とか撃退できたね」
「でも、後で追撃して殲滅しないと…」
「そうだね」
3人は群れていたゴブリンたちが逃げ去って気が抜けたように呟いている。シャロンは安全を確保したと判断し、まずはジュンの元へ走り出す。他3名はシャロンの行動に
「「「…あ」」」
と気の抜けた声を出してから、エッタがジャッカルの元へ。カロンは故マシュウの元へ。モナはシャロンを追ってジュンの元へと走り出すのだった…
尚、他の探索者チームや冒険者パーティたちは、被害を出したり出さなかったりしながら最外壁から侵入してきた魔物たちの殲滅戦を繰り広げ、土魔法が扱える者が居れば穴を埋めてこれ以上侵入されないようにしながら担当区域を回っていたそうだ…(扱いが雑w)我らがザックくんは遅々としながらも最外壁を再生処置しながら巡回し、MPが残り僅かになって体が怠くなる度に魔力補充用の魔石からMPを充填しつつ、一応全体の半分程度の壁を再生し終えたのだった。残り半分は深い渓谷に囲まれている為、今すぐどうこうという訳ではないので、後日修復すればいいだろうと判断し、屋敷へと帰還するのだった…
- 訃報 -
「…え?」
屋敷に戻り、報告する為に応接室に待機していたギルド職員と話しをした後の知らせを聞いた、ザックの第一声がそれだ。
「あの…僕、疲れてて…よく聞こえなかったんですが…」
もう1度いってくれませんか?…といおうとした時、
「だから…マシュウが…死んじゃったのよ…」
と、ジュンさんが涙ながらにいう。泣きはらした目は真っ赤で、鼻の頭も赤い。彼女も魔物に怪我を負わされたのか包帯を巻かれていてまるでマミーという魔物みたいに包帯で腕や足、破れている衣類の隙間から見える肌も包帯だらけだ。流石に時間が経過して取り換えたのだろう、それほど血で汚れてはいないようだが怪我はまだ完全には塞がってないのか、ほんのりと血が滲んでいることが見られる。
「え…っと、マジですか?」
「マジだ」
今度は代わりにジャッカルさんが応える。彼もマミーの如く包帯だらけで、ジュンさんより深い怪我を負ったのか暫くして包帯を交換していた。包帯は血を吸うと治癒効果を失ってしまう為、程よく赤くなったら交換しないといけない。故に、重症なら
「…」
ザックは黙ったまま、ジャッカルに近付いて
「まさか…あそこの血溜まりが…」
トレハンチームが「
「ま、まぁ…他にも亡くなられた方が居たには居たけど…」
まさか、同じチームの人間が…しかも一番硬そうで頑丈で殺しても死ななそうなリーダーであるマシュウが…と考えていた時、床に水滴が落ちる。1つ、2つ、どんどん増えて…そこでジュンが包帯でごわごわの腕でザックの頭を抱える。
「ジュン…さん…痛い、です…」
思ったより強く頭を抱えられ、そして頭を上げられてがばっと胸に顔面を押し付けられる。ちなみにパトリシアと違い、ジュンは標準より薄い為に息が苦しくなることはなかったが…
「ジュン…さん…痛い、です…」
同じ台詞を繰り返してあばら骨が顔に当たって痛いという意味を込めてザックが呻くが、
「…うう…マシュウ…」
頭頂部に何かがぽたぽたと落ちて来る感触。ちらっと横目で見ると、ジャッカルが(諦めろ)と両腕を開くジェスチャーで伝えてくるので、ザックは鼻先や頬に押し付けられるあばら骨に痛みを感じたが、我慢するのだった…
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傍目には役得に見えて、実はぎりぎりと挟まれた肉体万力の圧に耐えるしかなかったという…。そして初の身内の殉職者が!…どうなる次話!?
備考:
探索者ギルド預け入れ金
金貨953枚、銀貨804枚、銅貨1617枚(変化なし)
ストレージ内のお金
金貨282枚、銀貨1020枚、銅貨781枚(変化なし)
財布内のお金:
金貨2枚、銀貨78枚、銅貨80枚(変化なし)
今回の買い物(支出金):
なし
ザックの探索者ランク:
ランクC(後日アップの予定はあり)
本日の収穫:
殉職者(マシュウ)1名(…収穫じゃないよね、それ)
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