36 その4

マウンテリバーは楕円形の外壁を成している。そして北西には深い渓谷が横たわり、一度外壁もそこで途切れていた。だが、橋を渡って更に奥にも外壁に囲まれた土地があり…そこにはF男爵に下賜されていた土地が広がっていた。「息吹いぶく若草」チームはその北西の飛び地である一部…屋敷を下賜された訳で。そして使用人軍団が既に居て、何でもパトリシアの専用使用人とのこと…え?パトリシアさんていいとこのお嬢様だったのっっ!?(何を今更w)

━━━━━━━━━━━━━━━


- ゴーレム馬鹿から逃亡! -


「ふはははは!…逃げようなどと考えたか。我から逃げられるゴーレムなぞ存在しないぞ!」


と、何やら呪文を唱えてコマンドワードを叫ぶと…


〈ひひぃぃいいんっ!〉


と、悲痛な嘶きを残してゴーレム馬は倒れてしまい…それっきり動かなくなってしまったのだった…


「ぐぅっ!?」


横転したゴーレム馬に引き摺られて停車する馬車。流石に強化されていただけに破損はしなかったが…


「大丈夫かっ!?」


男性使用人が御者をしていた女性使用人に急ぎ問うが、


「ゴーレム馬が…」


見れば横転して停止しているゴーレム馬は動かず、何度呼びかけても起きる気配が無かった。


「ふははははは!…どうかね?…全てのゴーレムは吾輩の前では…っ!?…何ぃっ!?」


高笑いをしていたゴーレムラブな魔術師は驚く。目の前に横転していたゴーレム馬に


ぴし…


とヒビが入り、次々とヒビが増えて、最後にはボロボロと崩れてしまった為だ。


「あーあ…こりゃあ弁償物ですね。師匠?」


呆れたといった感じで弟子の男が横から茶々を入れる。男性使用人はここぞとばかり、


「…困った。これは主人の知り合いから借りているだけのゴーレム馬なんだが、オリジナルのワンオフ物で、他に存在する物が無いと聞いていたのだが…」


女性使用人もその言葉を聞いて追撃を仕掛ける。


「…どうしましょう。主人のお気に入りの子で…知り合いの方からも、「金貨100枚で買い取りたい」っていったら嫌だって突っぱねられて…「貸すだけならいい」と、先日ようやくお許しを得たというのに…ううっ」


と、何処ぞの女優かと見紛うような立派なウソ泣きを披露していたw


「きっ…金貨…ひゃくまいっ!?」


狼狽える子爵なゴーレムラブな魔術師。


「あの~…宜しければ、その…そのご主人様って、爵位とかは…?」


弟子がそっと小声で質問すると、


「訳あって名はいえないがな…少なくとも子爵よりは上だ」


男性使用人が呟くように話し、女性使用人も頷く。


「そ…そうですか」


冷や汗ダラダラの弟子は懐から1枚の紙を取り出し、ペンでさらさらと何かを書いて男性使用人へ渡し、金貨を1枚手渡した。


「後日、改めて謝罪したいと思います。こちらの住居と名はそこに書いてあります。金貨はせめてもの罪滅ぼしとお思い下さい」


ふむと頷いた男性使用人は、これくらいなら問題無いだろうと北西の屋敷の位置を書き、主人たるパトリシアの名前を家名を除いて書くと紙を手渡す。


「現在の住居はそこだ。用意ができたなら来られるといい…」


「は…はい」


「それと、この金貨は代替の馬の費用と思っていいのかな?」


「は、その通りです。師匠がご迷惑を掛けました。申し訳ありません…」


そんなやり取りの間、ゴーレム馬は完全に砂と化して吹いて来た風に飛ばされて殆ど消えてしまっていた。


「…」


飛び散るゴーレム馬の残骸たる砂を見て黄昏れる女性使用人。遅れて登場した町の衛兵に文句をいいつつも正確に質問に答える様を見て、


「じゃあ、俺は代替用の馬を調達してくるから…」


と後を任し、加害者側の2人は衛兵にしょっ引かれて行く様子を横目で見ながら馬屋へと急ぐ男性使用人だった…



- 時は過ぎて北西のお屋敷に… -


「只今戻りました」


「…戻りました」


なるべく気落ちしないようにと心掛けた男性使用人と見るからに気落ちしている女性使用人が屋敷へと帰還する。ゴーレム馬しか居ない為に用意していなかった飼い葉を急遽買い揃えていた為、馬車のカーゴスペースは飼い葉で半分程占有されていた。尤も、この馬は借りて来ただけなので、代替用のゴーレム馬が用意されればすぐにでも返却の予定だ(一応、1週間後には返却の予定で飼い葉も1週間分のみ購入してきた)


「お帰り。ご苦労様」


パトリシアが偶々2人を見つけて労いの言葉を掛ける。


「あのっ…お嬢様」


「いや、俺からいおう。お前は下がって休んでいてくれ…」


珍しく使用人2人から声が掛けられる。いつもなら頭を下げた後、そのまま下がって他の仕事に就く筈なのにだ。パトリシアは訝し気な顔になったが、


「ん~、立ち話しもなんだから、こっちに来て?」


と、茶室へと2人を誘ったのだった。



- 茶室 -


「…それで?」


別の使用人が用意したティーセットと菓子類を目の前にして座るパトリシア。2人の使用人は恐縮していたが、促されて座ることに。そして、茶を一口啜り、暫くして落ち着いたであろうタイミングで第1声を口にする。


「えと…」


女性使用人が口にしようとしてぷるぷると震えていて上手く声に落とすことができないでいる。男性使用人が苦笑いで「仕方ない奴だな…」と呟き、


「俺が…いえ、私が説明します」


と、勇気を以て話し出す。


「んと…私がこの恰好パトリシアでいる時は、もう少しフランクで構わないわよ?…今なら周りに誰も居ないし、ね?」


と、いたずら好きな顔でウインクを飛ばす。男性使用人は照れて、


「わ、わかりました。では…」


と、町で起こったことを覚えてる限りに細かく正確に説明した。


「…なにそれ。爵位を盾にすれば何でも押し通せると思っているのかしら?」


パトリシアが静かに怒りを…と思ったら、態度を急変させる。2人が「あれ?…何か様子が…」と思って見ていると、


「…あ、ヤバイ…。ザックくんに何て説明すれば…まさか、借りて何日も経たない内にゴーレム馬を壊されたって聞いたら何て思われるか…!?」


と、ガクブルしだす始末だ。男性使用人は苦笑いと共に、


「…主。私が…いえ、俺が責任を持ちますよ。ザックくんでしたっけ?…彼は今何処に居るかわかりますか?」


と、爽やかな表情で主人たるパトリシアに訊くと、


「え…だ、大丈夫、かな?…えと、今だったら中庭で庭弄りしてると思うけど…」


と返事があった。男性使用人は、


(中庭?…確か庭師もうちらに居たよな…何で中庭なんかに?)


とは思ったが、すくっと立ち上がると


「中庭ですね。では怒られに行ってきます!」


と、女性使用人の腕を持って立たせて、そのまま茶室を後にするのだった。尤も、女性使用人の


「ひぃっ!…お仕置きは嫌ぁ~!…」


という悲鳴が無ければもっとマシな引き際であっただろう…w



- 屋敷の中庭 -


「…此処かな?」


茶室からは中庭にはドアを開ければすぐに出られる立地だった。男性使用人はザックの姿を探すと…


「あぁ、居た。って、何をしてるんだ?」


中庭には、噴水があり、花園が広がっていたようだが長い間放置されていた為に荒れ放題となっていた。花園とは名ばかりの花壇たちは土もロクに入ってないガワだけとなっている場所も珍しくなかった。噴水もシンボルらしい彫刻と水を一時的に蓄える池となる部分の岩も砕けている。当然水は枯れていて全く噴水としての機能を失っている。


(こんな所で花壇や噴水の復興でもしようってのか?…時間は掛かるし、そもそも町から専門の職人を呼ばないと無理だろうに…ん?)


見ていると、花壇の1つに腰を下ろして何かしている所だったのだが、ぱっと光が瞬いたと思った次の瞬間には…


(荒れ放題の花壇の1つが…いや待て、何か、何かおかしいぞ!?)


花壇のガワである石造りの区切り石が新品同様になっており、中身には土が埋まっていた。さっきまではボロボロの区切り石に中身が殆ど入ってない花壇だったのにだ…


再び光が瞬く。だが、目を瞑らずに凝視していた男性使用人には全てがその網膜に焼き付いていた。


(花が…あの数秒で花が…生えた…)


流石にバラの花ではないが、ザックが町で買い求めたのだろう…1種類の花がその花壇を埋め尽くしていた。流石に男性使用人はその種類までは知らないが。


「…はっ、呆けてる場合ではないな…」


意を決して、男性使用人は歩きだす。女性使用人をも巻き込んで!w



- ゴーレム馬の件について… -


「ザックさん、で、宜しかったですか?」


何ともいえない言葉使いだが、主人たるパトリシアが「やや目上に対する扱いで結構」と釘をさされていた為にこのような言葉使いとなる。無論、半ば緊張していた為にだが、慣れればもう少しまともになるだろう。


「あ、はい…何でしょう?」


気付いたザックが立ちあがりながら振り向く。


「実は…」


と、やや簡略化しながらも、町で起こった事件の内容について説明し、最後に


「「申し訳ありませんでした!」」


と、女性使用人と共に謝罪する。ザックは少し考えていたが、


「…まぁしょうがないですよね。僕もそんなことをする人が居るとは思いもよりませんでしたし…」


と、「しょうがない」の一言で済ます。怒られるかと思っていた2人は、ぽかん…としながら、


「えと…それだけですか?」


と、返す。子供の見た目だけに、癇癪を起して怒鳴り散らす…くらいのことはするものだと覚悟をしていたのだ。


「えぇ。だって元に戻せ!…なぁんていっても、戻せないでしょ?」


それは当然だ。素材である土は砂と化して風に乗って何処ぞに吹き散らされてしまったし、土か石から作り直せといわれても、そんな術を体得している訳でもない。2人は身体強化や攻撃用の体術は会得しているものの、魔法関係の技術はさっぱりなのだ。細かいことをいえば、暗殺術や家事などの技術も会得しているが関係無いことには変わらない。


「えと…そう、ですね…」


辛うじてそう返すことしかできない2人。


「それに、ね…ひょっとして…ってこともあってね…」


「…なんですか?」


いたずら小僧の顔になったザックに、興味を引かれた男性使用人が問うと、


「若しかすると、無理やりゴーレム馬を取り押さえたり、強奪するバカが出てくるかも?…と思ってね…」


ふんふんと僅かに頷く男性使用人。女性使用人も興味を引かれたのか、黙って聞いている。


「コアに小細工しといたんだ…「強制停止か動けなくされたら、自壊せよ」ってね!」


強制停止とは、主人であるザック以外からのゴーレムの動作停止命令を受けた場合。動けなくされたらとは、文字通り四肢や体を抑え込まれて動けなくされるか、何処かに閉じ込められることだ。第3者からそんなことをされれば、当然「盗難」という2文字が浮かび上がってくる訳で…それはザックからすれば面白くない訳だ。


「は、はぁ…」


「では、あれは元々命令に従って…?」


男性使用人が呆れた声を漏らし、女性使用人は自分がミスをしたばかりに…と考え得る最悪は、実は仕組まれていたことだったと気付いてザックに再確認をする。


「そっそ。だから、ゴーレム馬が自壊したのはそのおっさんが悪いんであって、お兄さんたちは悪くないよ」


ゴーレムの強制停止命令は魔法を使えるようになってからその存在は自然と知ることができている。ゴーレム生成があれば停止命令も覚える為だ。製作者以外がゴーレムを安全に停止させるにはそれを行使するしかない為だ。だが、ザックは後付けでこんな仕掛けを仕込んでいた…


◎製作者以外が強制停止命令を行使し、受諾した場合は自壊せよ


と。だが安全装置は働いている。ゴーレム馬に貯め込んだ経験値だ。それは馬車側に設置してある2つ目のコアに蓄積されている。無論、ゴーレム馬側にも同様な物があるが…コアと呼ばれる魔石だ。ゴーレムの頭脳でもあり、経験を蓄積するデータバンクのようなものでもある。それを使えば、すぐに同様のゴーレム馬を生成しても、生前…というのはおかしいが、まぁ、破壊された馬と寸分違わぬ性能を発揮してくれるだろう。



- ゴーレム馬再生! -


「…信じられない」


「あ、あぁ…本当に?」


女性使用人と男性使用人を引き連れて、「内緒ですよ?」と口止めを約束して…2人の目の前ゴーレム馬を創造し、基本行動パターンしかインプットしていないゴーレム馬を連れて厩に向かい、馬車のコアから経験をコピーする。すると、自壊する寸前までのデータがゴーレム馬にインストールされると、途端、2人にととと…と歩み寄り、ひひぃん…と甘えるように嘶いて顔を摺り寄せ始めるのだ。


「あぁ、きっとお2人がこいつを庇ったことを覚えてるんでしょうね…」


まさか、本物の馬のように甘えるとか、恩を感じるとか、そこまでゴーレムが感情を持つとは思ってなかったが…まぁ、馬車馬ばしゃうまのように働かされる中で世話をしてくれる人間のことを覚えてたのだろう…と納得するしかなかった。


(でもさぁ…まだ数日だぜ?…どうなってんだか…)


と、ザックは頭上に?マークを飛ばすことしかできなかった…



- で、結局どうなったの!? -


後日、ゴーレムラブな子爵なおっさん魔術師から連絡があったらしい…手紙でだけど。余り関わり合いたくないので別にいいけど。


「ザックくん!…一杯お金貰えるけど一定期間に定期的にゴーレムの提供をするのと、少ししか貰えないけど謝罪金受け取ってご破算にするのとどっちがいーい?」


どういうことだろう?…と思って、ザックはパトリシアに質問する。


「えっと、意味わかんないんですけど…それって?」


ぱらっと見せられた手紙には、グダグダと理由やら謝罪やらが書き綴られていて、どういう結論になったのか、さっきいわれた2つの選択肢が提示されていた…という訳だ。


「前者はいわれた通りのゴーレムを創って送ってその条件に応じた報酬…。後者は金貨10枚の謝罪金、ねぇ…」


これは…恐らくはパトリシアの実家の…爵位は不明だが、それに対するモノで、決してザックは関係無いだろう。前者に関しては完全に平民のザックに対する命令みたいなもので、謝罪は入ってないような気がする。これだから爵位持ちは…


「謝罪をその口で目の前でする…何てしないでしょうねぇ」


「子爵っていっても平民に謝罪なんてプライドが許さないと思うわよ?…何ていっても魔術師だからねぇ~…プライドの塊でしょ」


そらそうかぁ~…かといってもなぁ。前者はそんな暇無いし、後者も金で何でも解決できると思われたら何いわれるかわかったもんじゃないし…


「じゃ、同じ性能のゴーレムを創って返してくれってのはどうです?…プライドが邪魔をして、中途半端な物を創っては来ないでしょうし…」


どや?…とパトリシアを見ると、おお!…と了解するパトリシア。そして急ぎ返事の手紙が書かれ、ゴーレム魔術師の元へと運ばれるのであった…



- 後日談… -


毎年、送られてくる馬型ゴーレム…もどき。


「今年はまた…一見馬のように見えますが…」


「ダメダメね」


荷馬車に繋げて御者にゴーレム馬もどきを操らせるが…


1年目:いきなりダッシュを始めて、壁に激突して大破(御者が大怪我を被って、慰謝料と治療費を請求)馬車も大破したのでそちらも請求した

2年目:いきなりダッシュすることはなくなったが、非力過ぎて軽量の荷馬車すら引っ張れず。また、力んでいたら崩れ去った

3年目:ある程度馬車も牽引できるし、操ることもできるが…


「これ、馬車牽引始めて1年目の馬より酷いぞ…」


「ゴーレムだからこれ以上覚えられないんでしょ?…普通に馬買って来て調教した方がマシだわね…」


基本的な動きはできるようだが荷馬車でももう少し多岐に渡る命令をこなせないと実用には耐えられない。ということでダメとなる訳だが…


「もう面倒だからダメ魔術師の烙印押して貰っちゃえば?」


「そうよねぇ…」


画して、名も知らぬ子爵なゴーレム魔術師は、遠回しに爵位降格と魔術師資格剥奪の仕込みによりその地位も地に落ち、聞く所に依れば弟子も居なくなり、王都から生まれ故郷に出戻ったとか…


「欲を出さなければそんな目に遭わなかったのにね?」


正に、正論ではあるが…怖い女性であった。


━━━━━━━━━━━━━━━

ザック  「パトリシアって…」

マシュウ 「それは口にしない方が長生きできる…と思うぞ?」

ジャッカル「うむ。野生の勘がそういっている」

ザ&マ  「やっぱジャッカルって…」

ジャッカル「獣人じゃないぞ?…生粋の人族だ!!」

ジュ&パ 「うっそだぁ~w」



備考:

探索者ギルド預け入れ金

 金貨950枚、銅貨1617枚(変化なし)

ストレージ内のお金

 金貨284枚、銀貨1020枚、銅貨781枚(変化なし)

財布内のお金:

 金貨2枚、銀貨78枚、銅貨80枚(今月分のゴ馬+馬車貸与代入金(銀貨20枚))

今回の買い物(支出金):

 なし

ザックの探索者ランク:

 ランクC(後日アップの予定はあり)

本日の収穫:

 水泥棒の件の報酬は未確認の為、据え置き。

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