隣町ダンジョンに行こう!

24 その1

探索者ギルドで幾つかの報酬を受け取った翌日。ザックは宿で朝の日課の後、朝食を食べ終えて自室に戻ろうとしていた…が、マシュウの言付けをサクヤから伝えられる。唯、「見掛けたら宿に来て欲しい」とだけしか言付けをされてなかったようで、用件が不明な為に、ダンジョンに潜る必要もあるかもとフル装備で出掛けるのだった。用件は未払いの「ドロップ品を換金した分配金を渡す」とのことだった。勿論多かろうが少なかろうがザックは受け取り、ストレージへと収納する。その後、矢張りというかダンジョンに潜るということとなり、(支度をしてきて良かった)とホッとするザック。だが、ダンジョン入り口で思わぬ理由で進入を拒まれてしまう「息吹いぶく若草」チーム。宿に戻ってからマシュウから説明があるが1週間はダンジョンが閉鎖されたままと聞き、それじゃ困ると別のダンジョンに行こうかということになるが…

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- 隣町まで近いか遠いか -


「じゃ、この馬車で行くからな。切符は持ったか?」


「おう」とジャッカル。


「「はい」」…とジュン&パトリシア。


「これですか?」


ザックが行先を書いた長方形の切符を見せる。新幹線などの切符と似たような大きさの厚紙と思えばそれに近いだろう。それには魔法陣に見られる呪文文字が書かれており、一種の呪符として機能している。乗合馬車の乗車位置に居る係員が専用の魔導具でチェックしており、偽造されようものならすぐバレるという訳だ。無論、個人で営業している乗合馬車の場合、そこまでコストを掛けられないので、行先によって御者が貨幣を徴収する仕組みになっているが、今回使うのはマウンテリバー最大手「テリバー興行」の運行する隣町「サウスネクシティ」行きの乗合馬車を使うこととなった。


「ザックって馬車は初めてか?」


ジャッカルがザックがきょろきょろしてることに気付き、そう訊くと。


「こんな立派な馬車なんて初めてなので」


と答えながらも馬車を見上げているザック。


「じゃあ、個人用の小さな馬車は?」


パトリシアが手を繋いだまま質問すると、


「あ~、それは何度かあります。お尻が痛くなるんですよね、あれ…」


と苦笑いで答えるザック。


「そうなのよねぇ…もうクッションが無い馬車には何度乗りたくないと思ったことか…」


横からジュンが苦い思い出だとばかりに口を挟んできて、パトリシアも「うんうん…」と頷いていたw


「軟弱な…探索者たるもの、もうちっと体を鍛えてだなぁ~」


とジャッカルがくどくどと語り出したので


「まぁまぁ。そろそろ乗車しないと置いてかれるぞ?」


とマシュウが締めて、ぞろぞろと乗車するのだった。



- 中型乗合馬車「ダチョウ号」 -


ダチョウ号は最新の馬車であり、なるべく揺れないようにと板バネ式のサスペンションを採用している、また、馬車の中央に通路が通っており左右に2席づつ座席が設えている(全部で16座席)昇降口は前にあり、降りる時はそこで御者に切符を渡す仕組みだ。預けた荷物が切符に紐付けられており、切符を返却することで外に出たタイミングで持ち主の元に戻ってくるようになっている(後部のアイテムボックスに収納されている)高い乗車賃ではあるが魔法を用いたこのシステムは便利なようで、そこそこ金を持っている乗客には歓迎されているということだ。


「…ダチョウって何ですか?」


ザックが隣の席に陣取ったパトリシアに訊くと、


「えっと確か…」


といった切り、うんうんと唸るばかりだった。そこにザックの後ろの座席に居たジュンが助け舟を出す。


「物凄く足が速くて飛べない鳥ね。一応羽はあるけど重くて飛べないみたい。首が長くて乾いた地域に住んでるみたい」


「へぇ~…じゃあ、この馬車も速いんですか?」


目を輝かせて問うザックだが、


「あ~、それはどうかしらね…」


16人+荷物を載せる上に車体もそれなりに大きい。曳く馬は4頭立てなら兎も角2頭立てでは、それ程速度は出ないかも知れない。軽量化の魔法陣を埋め込んであっても、車体の主な構成材料は木材である所からそれ程強力な魔法陣は期待できないだろう(補強材料で金属を使っていたとしても、要所にしか使われてなければ魔法陣を埋めこむ余裕は無いのだから)


「そろそろ出発のようだから静かにな…」


マシュウがそういうと、一同は静かになった。


ぱしぃんっ!


ひひぃぃぃんっ!


鞭打つ音が響き、馬車を曳く馬たちが嘶く。がくんと揺れたかと思えばゆっくりと動き出し、乗合馬車「ダチョウ号」は定刻通りに動き出す。流石に車内アナウンスなどは無いが隣町「サウスネクシティ」に向かって運行開始したのだろう。


「…予定通りなら2日後に到着の予定だ。途中、野営予定地で一泊して次の日の夕方に到着、だな」


マシュウが切符の裏を見ながらザックたちに聞こえる程度の小声で伝える。一応、右側最後尾と前列に2人づつ。左側の最後尾の通路側にジャッカルが陣取っている。マシュウはジュンの隣、最後尾右側の通路側座席に座っている。


「じゃあ、僕は例のブツを創りますので…」


と、静かに目を瞑って寝た振りをする。マシュウたちには魔道具を創るのにアイテムボックスの中で作業をするので目を瞑ってますと(嘘だけど)説明してある。巾着袋の中に手を突っ込んでいるが、実際にはストレージの中で思念操作で作業をしているという寸法だ。


「う、うん。静かにしてるね?」とパトリシア。流石に邪魔しちゃ不味いと考えて、素直に隣でカチコチになっている。


「おーけー。頑張ってね」とジュン。錬金術とやらで矢も作って欲しいなぁと思っているが、今は黙って静かにするようだ。


「宜しく頼む」とマシュウ。普通、そのようなニッチな用途の魔導具を買えばとんでもない額の支出が発生するが、ザックの好意で全員の分を用意して貰うのだ。それくらいお安い御用だと腕を組んで黙り込む。


「…」ジャッカルは既に目を瞑っていた。パッと見は寝てるようだが…


(町を出た後から何か後を付けてる気配がするが…)


と、野生の勘?が働いたのだろうか、ジャッカルは馬車を追跡している何者かに気付いた。だが、接触せずに等距離を離してついてくる為に


(…他の馬車かも知れないな…)


と判断して本当に眠ってしまう。そして時間は経過して今晩泊る野営地へと到着する乗合馬車「ダチョウ号」だった。



- 野営地 -


「ここは…普通に野営する為だけの場所のようだな」


全員が馬車を降りて、夕食を摂る為に準備をしていた。ザックは「目立つことはするなよ?」…と釘を刺されていた為に草むらにシートを敷いて座って貰い、弁当と水を満たしたコップを配るだけに留めた。


「あ~…まぁいいや」


「これくらいなら問題ないだろ?」


マシュウが何かをいおうとして黙り込み、黙々と弁当を食べ始める。ジャッカルはそんなマシュウに「お前は堅いんだよ!」と突っ込んでから同様に弁当を掻っ込み始めた。


「「…」」


黙々と弁当を食すジュンとパトリシアは馬車を降りる直前まで寝ていたのか、眠そうにしてて元気が無いようだ。ザックも無言で食べているが周囲に気を配って心ここに在らずと見える。実際には探知で野営地と周辺を監視していただけで意識をそちらに割いている割合が多いだけだが…


(悪意?…のような物を感じるなぁ…。しかも他の馬車の傍から…あれかな?)


チラと視線を動かすと、ガン付けしてる数人の人間が見える。こちらの視線に気付くと、「ちっ…」と舌打ちをして視線を外したが…


(あれ…だろうなぁ。何かしたかな?…僕)


まぁ心当たりがない、という訳でもない。探索者ギルドで絡んで来た連中とか、ダンジョンの中で絡んで来た連中とか、冒険者ギルドで絡んで来た連中とか、町中で…etc、etc…


(心当たり在り過ぎて困っちゃうな。こーゆー人気の出方はノーサンキューなんだけど…)


ザックの体が子供で、平均的な体格よりやや小柄だということもあり、大人連中からはからかいの対象になり勝ちで、真っ当に仕事をこなしていても「ガキの癖に!」と、嫉妬の対象にもなり易いのだ。難癖とか理不尽なとか思っても、人の心は容易に悪の道に踏み外し易く御し難いのはいつの時代も同じなのだろう…


(うちのチームの人たちみたいに善良な存在っていうのは…貴重なんだろうなぁ…)


そりゃうっかり、知らず知らずに悪いことをする時もあるけど、ちゃんと謝罪もするし罪を贖うこともできる。後数日で別れるのも後ろ髪を引かれる気持ちも芽生えてるし…


(今回の遠征から帰って来たら、ギルドからいい渡された期限を過ぎるからね…)


尤も、パトリシアはザック離れができるか怪しいものだ。そんなことを思いながらくすっと笑っているザック。そして食事も終えて感想文を書いて貰い、弁当箱と紙を回収して収納して各々が食後の時間を過ごしていた時、それは起こった…



「ちっ…井戸水が干上がっただと?」


「どうも、近場の水源に何かあったようだな」


「どうする?…離れた所に一応渓流があるそうだが…」


話し合っていた者たちがその方向を見るも、そこは既に使われてない細道が伸びているだけで灯りも無しに歩けば道に迷いそうな程に暗く、何より…


「何10年も整備されてない細道だ。恐らく魔物避けの結界なんぞ朽ちて久しいだろうな…」


「なら、水の補給はどうする?…俺たちは此処で補給するつもりで予備の水なんて持ち合わせてないぞ!?」


そこに現れる商人風の人影が現れる。両手をしゅしゅしゅと擦り合わせてニヤケ顔の余り人相が良くない人物である!


「ほほほほほ…見た所、冒険者か探索者のようですが…水がお入り用の御様子」


「誰だ、お前?」


「しがない商人です。お見知りおきを…」


「このタイミングで現れるってことはまさか…」


「えぇ、わたくし、水を商っておりますれば…」


と、何も無い所から水瓶を取り出す商人。


「…アイテムボックスの…いや、ストレージか?」


「おお、珍しい。ご存じなのですね?」


「あぁ、以前見たことがあるんでな…」


どうやら冒険者らしいこの人物はストレージの存在を知っているようだ。そして商人はあからさまに利き腕…右腕に嵌めた腕輪に触れながら、


「ならば話は早いですな。えぇ、このストレージに幾つかの水を湛えた水瓶を所持してますれば…但し、水瓶はお売りできません。中身の水だけを売って商売してますので」


主に砂漠で行き倒れそうな者を相手に…ね。と内心でほくそ笑む商人。完全な悪、という訳ではないが、突け込む隙を狙ってエグイ商いをして来たのだろう。


「そうか…おい、空いてる水瓶を持って来てくれ。…で、幾らだ?」


「おお、買いますか。そうですな…ここは砂漠でも何でもないですが…まぁお安くしましょう。少し進めば補給できる場所もありそうですからな」


「それは助かる」


「いえいえ…そうですね」


暫く思案している商人が目の前の冒険者たち、探索者たちを見定めるような仕草で舐めるように見回し、


「水瓶1つ分で銀貨10枚で如何でしょう?」


「…は?」


「なにそれ…暴利じゃん!?」


「正気…か?」


普通は水瓶1杯分で銅貨1~3枚相当。貯水池から汲むか、生活魔法使役者がウォーターで生成するかで品質が変わる為にその価格は変動。水属性魔術師が作った水の場合はウォーターより高品質となる為、銅貨10枚程に上昇するらしい。だが、この商人は最高価格のウォーターで創られた高品質の水の1000倍の値段を吹っかけてきたのだ。


「いえいえ、正気ですぞ?…如何かな?この水の品質を!」


と、水瓶の蓋を取り外す。中の水はその辺の川か貯水池から汲んだ物らしく、浄水もしてないので何だか生臭い気がする。砂漠で干乾びる寸前の身ならば生命の水に等しいのかも知れないが、此処は水が豊富なマウンテリバーだ。とてもそのまま飲むには勇気が要るだろう…


「これが、か?…どう見ても飲んだら最後。腹を下す未来しか見えないんだが?」


煮沸消毒しない限り可能性は高いだろう。臭いを嗅いでいた女性は、「一体何日前に汲んだのかしら?」と呟いている。


「高いですかな?…ならばお安くすれば買えますかな?」


と、あくまで水を売りつけようという意思を示す商人。水瓶の中身を見て、「こりゃ安くしないと無理か?」と考えを改めたのかも知れないが…


「いや、遠慮しておく。腹を壊すような品質の水は飲みたくないんでな…」


「あぁ。俺らも遠慮するわ」


と、集まっていた水不足の者たちは三々五々さんさんごごに散らばって行った。興味を示していたザックも、


(終わりかな?…揉め事が起きなくて良かった~)


と思い、視線を外した。残った商人は水が売れなくて「うぐぐ…」と歯を噛み締めていたが、本人がストレージを称した腕輪に水瓶を仕舞いこみ、


「ふん!…水が無くて苦しんでいても売ってやらんからな…」


とぶちぶちと文句たらたらで自分の馬車へと戻って行くのだった…



- 翌日 -


「日が昇ってれば問題無く水を汲めに行けたな!」


「あぁ…人数が揃ってれば魔物も来ないし、例え来ても問題無く撃退できるしな!」


水が無い同盟…もとい、水不足で困っていた冒険者と探索者の集団が、朝日が昇ると同時に坂下の渓流から水を汲みに行っていたようだ。2人1組で水瓶を持って残った者で護衛…といった感じで臨時パーティ(チーム)を組んだようだ。生活魔法の清浄化クリーンを使える者が1人しか居なかったが、時間を掛ければ水瓶1つ分の水の浄化を完了できる為、汲んだ直後に生活魔法の使い手をその間護る手間もあったが今後の為にも彼女を死なす訳にはいかないのだ!(女性だった模様w)


そして野営地に戻って来た彼らに試練が待ち受けていたのは運命さだめだったのか試練だったのか…だが、既に先に出立したザックたちには知る由も無かった。まさに、運命のすれ違いだったのだろう!(まてw)



- 野営地を後にした乗合馬車「ダチョウ号」 -


「…?」


「どした?」


「えっと…何か後ろ髪を引かれるような事案が発生した気がして…何だろ?」


「…?まぁ、思い出せないなら大したことはないだろ」


「そ、そうですね」


ザックとマシュウの会話でした。尚、既にマナを吸収する指輪と吸収したマナを溜める魔力タンクの腕輪は完成しており、お揃のアクセとして全員に配布済みである。各々は利き腕とは逆手に装着しており(武器を振り回す側に装着していると破損の可能性が高い為)、男性は薄い青。女性は薄い赤の魔石が嵌め込まれていた。特に色には意味は無く、男女で分けた方がいいかな?とザックが着色しただけに過ぎない(元はやや濁った半透明の魔石で、マナが溜まってくれば淡く青白く光りを湛えて暗闇でほんのりと光る程度)



- サウスネクシティに到着 -


そんなこんなで道中は2回程、野生?のゴブリンが現れて見た目輸送集団キャラバンと化した唯の馬車の群れ?に襲い掛かって来たものの、冒険者や探索者たち(マシュウたち含む)に撃退されて問題無く旅程をこなし、やや遅れたものの夕方には隣町の「サウスネクシティ」に到着することができたのだった。但し、「マナのダンジョン」はここから1時間程離れた場所にあり、この町の探索者ギルドにダンジョン進入申請を出して許可を得ないと潜れない決まりとなっている。


(結局、あの視線は何だったのかなぁ?…ひょっとして、あの商人?…よくわからないや…)


ザックには探知はあっても悪意を器用に察知してそれが誰か…なんてモノは経験が足りず、わからず仕舞いだった。そして悪意に慣れてそうなマシュウやジャッカルに頼むこともしなかった。自分に向けられているなら自分で解決しようというぼっち体質のせいだろうか、他人を頼るという考えに至らなかったのだろう…



- 探索者の宿「仮住まいの宿亭」 -


「じゃあマナのダンジョンに入る許可を取って来る。ついでに活動拠点の一時移動もな」


「了解っ」


マシュウとジュンがギルドに赴き、ジャッカルとパトリシア、そしてザックが確保した宿に留守番である。明日の朝一でマナのダンジョンに潜る為にと急ぎギルドに向かう2人を見送る3人。ジャッカルは1人、「早く帰って来てくれよ?」と、マシュウに手を振っていた。子守りが嫌だといいたげそうな表情にパトリシアがむくれていたのでザックは苦笑いだった。


「じゃ、僕は部屋の清掃を…」


「あ?普通の宿だったら掃除くらいしてるんじゃないか?」


「いえ…僕が綺麗好きなもんで…」


と、鍵を預かって鍵に刻まれた客室番号を確認したザックは足早に通路を歩く。


(205番…一番奥かな?)


この酒場兼宿屋は1階が酒場と厨房と受付があり、2階が宿となっている。3階も外から見たらあったのだが、宿は2階のみ客室となってる所から倉庫か宿の主人の住居なのかも知れない。


(倉庫は1階が便利だけど外から簡単に盗みに入れるから不用心だしね…)


宿の詳細はマウンテリバーのギルド直営宿に1年程暮らしているせいで、ちょこちょこ情報が聞こうとしなくても耳に入るので、いつの間にか情報通…といわないがそこそこの知識を蓄えてしまっている。何しろ、あそこのギルド職員は殆どの者が大声なので遠くからでも聞こえてしまうのだ…情報管制とかあるんだろうか?…と思う程にw


(まぁ、機密情報なんてほぼ皆無だったからいいんだけど…)


そうこうしてる内に205番の客室に到着するザック。鍵を挿し入れて回す。


かちゃん


軽い音がして施錠が解除される。試しに施錠し直して鍵を引き抜き…ドアノブを回して見る。


がちゃがちゃ…かちゃん


(あ、やっぱり。このドアの鍵、欠陥品だ)


少しだけ、派手に音が響かない程度に強引にドアノブを回していると施錠した鍵が解除されてしまう。安宿のドアには、偶にこうした欠陥鍵が設えてあるという噂をどっかの酒場で食事を摂ってる時に聞いた覚えがあり、それ以降はこうして鍵をチェックするザック。


(はぁ…しょうがないなぁ…)


ザックは手に持っている鍵に、魔法錠ロック開錠アンロックの魔法を付与する。対象のドアが開錠されてる状態なら魔法錠ロックを。施錠されている状態なら開錠アンロックを掛けるように調整した。ザック本人とマシュウたち4人の魔法紋を登録し、5人が手に持って鍵をする、開ける時にのみ機能するようにした。物理的にぶち破られる可能性を考慮して、取り敢えず1週間だけドアと部屋の壁にも防御力強化の補助魔法を付与しようと思いつつ、再び開錠するザック。


するり…


「あ、いけね。もう開いてたんだっけ…たはは………」


苦笑いしながら挿した鍵を引き抜き、中へ入ると…そこは埃臭い空間が広がっていた。


「くっさ…掃除してないじゃん…それとも手抜き?」


ドアを閉じて鍵を掛ける。


がちゃん


振り向いてから「明かりよ!ライト」と唱える。部屋は狭いので(といっても大人6人程が十分に過ごせる程度の広さはあるが)2つの明かりの玉が天井近くに浮かび上がり、室内を照らす。火属性の生活魔法ではあるがそれ程熱を持たない為、薄い燃えやすい紙に触れてなければ燃え移ることもない。


「うわぁ~…うっすらじゃなくて、結構な埃が…。これ、本当に掃除してんのか?」


ベッドにも堆積している埃を見て、「こんな場所に寝るの何か絶対嫌だ!」と嫌そうな顔をしたザックが決意し、魔力ちからを込めて唱える。


ウォータークリーン洗濯!!」


ざばぁっ!!…と、まずはピュアウォーター純水で部屋全体が覆われる。勿論術者のザックを避けてだ。だが、他人が紛れ込むと巻き込んでしまう為、ドアに施錠をした訳だ。生成された水の中に埃やら謎の生物の死体やらが浮かび上がり、透明な水にどんどん汚れが巻き込まれてどんどん汚れていくピュアウォーター。水流は置かれていた家具の位置はそのままに汚れだけを巻き上げてその身に集めていく…


「そろそろ室内の汚れは巻き上がり終わったかな?」


そう呟いた数秒後、生活魔法は清浄化クリーンに移行する。巻き上げた汚れという汚れを清浄の光りが分解し、視界にある様々な物が消え去っていく…。そして、水流が元の透明度を取り戻した数秒後に展開していた水流がゆっくりと動きを止めて、空気中に消え去っていく。蒸発ではなく、水が分解されて空気中に溶け込んでしまったかのように…


「次は乾燥だね」


ドライ乾燥が発動して、家具に僅かに染み込んだ水分が蒸発していく。かといって完全に乾燥させてしまうと耐久値が下がり過ぎて朽ちてしまうので存在を維持するだけの水分を残してだ。暫くしてからウォータークリーン洗濯が終了してドライ乾燥も終了する。試しにとベッドに敷いてあるマットを押して見る。


「…うん、ふかふかだね。これなら…ていうか、毛布も何も無いの?…この部屋って」


季節的にはもう春といっていい季節だが、夜はまだ寒いかも知れないというのにこの部屋には毛布もなにも敷かれていない。ザックは「…どうしようかな」と考えつつ、ソファに座り込む。ソファも新品並みにふかふかになっており、考え中のザックは気付かない程には快適だった…



がちゃがちゃ…


「あれ?鍵掛かってる!」


「おいザック!…鍵掛けっぱなしだぞ!?」


どんどん!


というノックと声に施行の淵から意識が復帰し、「あ、やべ!」と慌てて立ち上がる。


「ごめんなさい!今開けます!!」


と、鍵を差し込んで開錠する。


がちゃん


「鍵閉めっぱで何やってんだよ…」


ジャッカルの問いにザックは苦笑いしながら、


「えっと…部屋が凄い状態でしたので大掃除してたんですよ」


と答える。その答えにパトリシアがしゅうとめがやりそうな指をすすーっとドアのさんの埃を掬い上げて…


「ほら!何処に掃除したと…あ、あれ?」


と、指に何も残らない様を見て目をぱちくりしている。思うに、嫁と姑ごっこをしたかったのだろうが、そんな拭き残しなどはザックのウォータークリーン洗濯には…


「あん?…ここだけ何だか汚れが残ってるような?」


と、ジャッカルが指摘する。そこはザックが立っていた場所であり、一歩も動かなかったせいで拭き残しどころか洗濯残しになってしまっていた!


「あ…そこ、僕が立ってた場所ですね。中に入って生活魔法を行使してたので、その…」


「「生活魔法?」」


「はい」


ジャッカルとパトリシアは暫し、部屋の中と掃除し残しのザックの立っていたという場所を見比べていたが、


「嘘だろ?(でしょ?)」


とハモる。そんな2人に、


「いや、本当ですよ?…まぁそこも綺麗にするので、ちょっと退いて貰えますか?」


と、ウォータークリーン洗濯魔法を最小限の規模で発動して、目を見開いてその様子を凝視する2人だった…。


曰く、「嘘…あんなの生活魔法じゃない!」


曰く、「長年探索者をやってるが…せいぜいウォーターで濡らして汚れをごしごしやって落として、ドライ乾燥で乾燥させるってのは見たことがあるが…ありゃあ生活魔法じゃねぇ!…何かしらの新魔法だ。俺はそう思う」


と、生活魔法だと主張するザックの意見?は認めて貰えなかったとか云々かんぬん(謎)



「そうか…まぁ、ザックのお陰で清潔な部屋になったんだし、いいんじゃないか?…深く考えずとも!」


「大雑把なマシュウの、その脳みそが羨ましいぜ…」


と、よく考えると失礼な感想がジャッカルの口から飛び出し、うんうんとその他3名が頷く中、ザックが苦笑いで黙っていた。下手に口答えしてもロクなことにならないのは経験上よくあったことなので、取り敢えず沙汰が下りるまでは黙っておこうというザックなりの処世術だ(大抵は搾取されそうになって全力で逃亡してたことの方が多かったが…)


「で、ベッドは4つか。ザックはどれで寝るんだ?」


「へ?…あ~…僕はソファでいいですよ。僕の体格なら問題無く寝られますし…」


「いや、それじゃ体が痛むだろ?…部屋の掃除に貢献したのに…」


マシュウの問いにザックがそう答えていると、


「じゃあ一緒に寝よ?わたしならリーダーたちより体格が小さ目だし、2人で寝ても大丈夫でしょ!?」


と、パトリシアが抱き着きハグしながらザックと同衾を申し出た。


「い~んじゃないか?…俺らじゃベッドぎりぎりだからな」


「そうだな。ジュンも女性ながら少々体が大きいがパトリシアなら問題無いだろう」


ジャッカルとマシュウが賛成し、ジュンも無言で…というよりはムスっとしながら頷いている。パトリシアは「わっ!」とニコパ顔になってザックを持ち上げて振り回すが、


「ちょちょっと!下ろして下さい…ふぅ…」


と振り回すパトリシアから解放されてから、


「男女同衾なんて不味くないですか?…その」


と、もぢもぢしながら、顔を赤くしてぼそぼそと話し出す。


「え?不味いって…何が?」


パトリシアがわけわからんと首を傾げる。


「んん?…ザック、お前…何か不味いことでもするのか?」


ジャッカルがニヤケ顔でザックを弄りだす。


「おいおい…そんなことできないだろ?…年齢的に」


と、訳知り顔の親戚のおっさんみたいなマシュウがジャッカルに突っ込んだw


「ちょっと待ってよ…パットは兎も角、ザックくんにそんなこと…不謹慎よ?」


とはジュンの言だ。何をいいたいかはわかるだけに顔を赤らめている。全員異性との付き合いはこの仲間以外に無いんだろうか?


「いっときますが、僕、今年で16歳ですよ?…つまり、パトリシアさんと1歳しか違いませんが…」


確か17歳と前に聞いた気がしたのでそういうと、


「え?…その体格で…マジで?」と驚愕のジャッカル。失礼な…


「ほ、本当なのか?…てっきり10歳くらいだと…」とマシュウ。もっと失礼な…


「えっと…すまない。あたしも10歳くらいだと思ってた」とジュン。あ~も~…


「ええっ!?…わたしの1個下ぁっ!?…嘘でしょ!」とパトリシア。だがすぐに、


「でも添い寝くらいはいいよね?いいといって!!」


…うん、何と返したらいいのかわからないけど…


「はぁ…。何もしないと誓えるならいいですけど。隣に寝るだけですよ?」


と妥協することに。確かにソファで寝続けると体のあちこちが痛くなるのは確かだ。床や地面に寝るよりは遥かにマシなんだけどね。最悪、ベッドを設置してある横かソファの前に寝袋でも置いて寝ればいいし…(中に毛皮を敷いてあるのでベッドで寝るのと大差無い寝心地なのは内緒だ)


「じゃあ毛布は各自持ってるのを使うように。無理に宿の物を使うにしても、また汚れてるようなら痒くなるだけだしな…」


という訳で、夕食もそこそこに明日に備えて寝ることに。勿論、マナのダンジョンに潜る事前申請は無事に通って許可を得られたとマシュウから説明があったのは勿論のこと、幾つかの消耗品やマナのダンジョンでの必須のアイテムなんかは買い揃えて来たと報告と使い方のレクチャーは寝る前にされた。眠かったけどね…



- そして、翌朝 -


「そういえばここの食事ってどうなってんですか?」


「あぁ…それとなくここの常連ぽい連中に聞いたらな…」


「食べられはするが、余り美味くはないって話しだったんでな…」


「素泊まりに決定したのよ」


ザックが「食事無し」に気付いたのでマシュウに訊くと、マシュウ、ジャッカル、ジュンの順番で答えが返って来た。パトリシアはマウンテリバーの探索者ギルド直営宿・調理場謹製仕出し弁当を夢中でぱくついていた。


「は、はぁ…あの、経費を節約するのはいいんですが…残りそんなに無いんですが…」


「あれ?…こっちに出てくる時に追加で買い足ししなかったのか?」


「えぇ…後、保存食を入れなければ弁当が大体2日分くらいですかね?」


ザックが1人で食べた分で1食。昨日の昼から今日の昼まで5人で食べた分で20食分で合計21食を食べた計算だ。50食分を調達してあったので残り29食分。それ以前に調達してた分の残りは10食分はあったと思うが正確に数えてないので少な目に計上した(29+6=35食分、7回分=凡そ2日分としたのだ)ちなみに保存食は消費していないが個人で3日分=9食分しかないので口外しないことにした。流石にパーティで分け合って食べるという事態には巡り合いたくはないが、はぐれてしまった時の非常食という色合いが濃いので余りいいたくはないザックだった。


「あの、それから余りこういうことはいいたくないんですが…弁当代って、パーティの共有資金から出して貰えないんですか?」


一番最初は確かに出して貰ったのだが(後で清算して貰えた)何故かザックが当然出す物として提供を強いられている。今提供している仕出し弁当は、ザックの個人資産からお金を出して購入した物で、「息吹いぶく若草」チームとしての共有資産からは食糧費として代金を頂戴して貰ってないのだ。ザックとしては、マシュウから食糧費としていつ出して貰えるか待っていたのだが、こちらに来る旅程の中では終ぞその話しは上がらなかった。


「え…てっきりマシュウが支払ったもんだと思ってたんだが?」


ジャッカルがぽかんとしながら零す。


「俺はてっきりジュンが既に払ってるもんだと…」


マシュウがジャッカルに凝視されながら汗ってジュンを見る。


「えぇ~、あたしぃ!?…あたしだってマシュウが払ったと思ってたわよ!」


凄絶?壮絶?…な罪の擦り合いに発展するマシュウら3人に、「はぁ…」と呆れるザック。


「ザックちゃん、弁当代って幾らだったの?」


パトリシアが弁当を食べ終えたタイミングでザックに訊くと、


「えっと…50食分で銅貨100枚ですね」


と、暗算してから答える。通常、弁当などはもっと高いのだから銅貨100枚では済まないが、アンケートに答えるという名目で安くして貰っているのだ。最終的には1食分で銅貨4~5枚に抑えるという話しで頑張っているようだが難しいかも知れない。


「じゃ、じゃあね、それ。わたしが払うよ!…いつも美味しいお弁当、ありがとう!!」


と、パトリシアがザックが提供した簡易アイテムボックスとなっている紐付き手提げ袋から財布代わりにしている革袋を取り出し、銅貨を数えだす。ザックは、


(何て心優しい…)


とやや涙ぐみ、


(いや、こんなことで泣いたらいけないな…)


と、ずびっ!と鼻水を啜ってひたすら待っていた。


「はい!…銅貨100枚ね!!」


と、じゃらりと手渡された銅貨100枚を遮るマシュウら。


「いや、これはチームの共有資金から出すべき物だからな…ジュン」


「え、あ、はいはい…仕方ないわね………」


と、取り出したが金貨3枚しかないことに気付く。


「あ~、すまん。お釣り、あるか?」


マシュウが困惑顔で固まった後、そろりとザックに伺い顔で訊くと、


「あ、はい。ありますよ。ちょっと待ってて下さいね?」


と、ストレージからちゃりんちゃりんと巾着袋に取り出した後、銀貨99枚と銅貨50枚を両手に出して手渡すのだった…


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勿論、間違いは無いがジュンは銀貨99枚と銅貨50枚を数えた後、ザックに金貨1枚を渡したのであった…細かいけど大事なので!w(え、細かい?…省略した部分も多いので話しに出た内容くらいは、ね)



備考:

探索者ギルド預け入れ金

 金貨950枚、銅貨1617枚

ストレージ内のお金

 金貨170枚、銀貨108枚、銅貨163枚

財布内のお金:

 金貨2枚、銀貨57枚、銅貨68枚

今回の買い物(支出金):

 消耗品を幾つか(銀貨1枚 銅貨35枚)

ザックの探索者ランク:

 ランクC(変化なし)

本日の収穫:

 弁当50食分の代金銅貨50枚(お釣りをストレージから計上して支出)

 ※食べてしまった1食分はマシュウの計らいでチームとして食した物として特に何もいわれなかった

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