25 その2

隣町まで乗合馬車を利用して移動する「息吹いぶく若草」チーム一行。いつもと違い、マウンテリバー最大手の「テリバー興行」の運行する隣町「サウスネクシティ」行きの乗合馬車を使うこととなった。いつもの乗合馬車を利用してザックに何かあれば、例え無事に帰れたとしても探索者ギルドから物理的に首を飛ばされかねないからだ…。そして野営地に到着して一泊するのだが少々トラブルが発生したようだが取り敢えずは収まった模様。一行は一夜明けた次の日。何とか無事に隣町「サウスネクシティ」に到着する。予定の1週間を探索者の宿「仮住まいの宿亭」にとることとなる。まずはお世話になる室内を清掃しようとしたのだが、倉庫かと思うような酷い有様にザックは落胆するが、生活魔法を駆使して綺麗にするのだった…

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- まずは弁当屋探しから? -


「じゃあ…美味しい弁当は後2日しか食べられないのかぁ…」


パトリシアががっくりと、「残念過ぎる~」とベッドにダイブして足をぱたぱたしている。埃などは舞い上がらないが、淑女?としてその行動は如何なものか?


「そうねぇ…この宿にも食堂はあるけど弁当なんて作って貰えるのかしら?」


「聞かねーとわからんだろ」


「それもそうね…」


ジュンが独り言のように呟き、ジャッカルが突っ込む。確かに、訊かないとわからないのは確かだが…


「問題は、一度に沢山は無理だろうなってことだな。せいぜい、昼の分を人数分って所だろうな?」


マシュウは当たり前のことを話すが、それはわかり切っていることだ。普通に弁当を作れば、朝に出掛けて昼に食べるくらいなら鮮度を保つが、夕方に食べる頃には少々怪しいし、夜を跨いで翌日の朝には…メニューにもよるが、香ばしい臭いで食欲が失せる状況になっているのだろう…


(時間が完全停止するとは伝えてないけど、時間経過を緩和する程度のアイテムボックスって認識されてるみたいだからなぁ…流石に1週間分とか詰め込んだら怪しまれるだろうな…)


5人で食べれば1日で15食。50食分ともなれば3日と1回分で尽きてしまうのだ。1人なら2週間以上も食べられるのに…と思わずにはいられないザック。


「取り敢えず各自で持ってて貰えますか?…一応代金は受けとりましたので」


2日分の6食を各々の前に積み上げて回るザック。実際には7食だが、非常時の予備として管理するように5食は持っておこうと考えたのだ。各々に渡している紐付き手提げ袋にでも収容して貰えばいいだろう。


紐付き手提げ袋はザックの指輪…ストレージに紐付けられている。収納容量は制限してあるがチームの者なら余り重さは感じられない程度…せいぜい袋の重さくらいしか感じられない。時間経過も緩やかに経過すると説明してあるが、実際にはストレージに収納しているのでほぼ時間経過は無い。だが、弁当が熱々のままでは誤魔化していることがバレてしまうので、ストレージの中で冷やしておいたのは内緒だw(尚、最大収容量は決めておらず、重量だけ最大1トンと決めてある)



「じゃあまずは…」


「各自手分けして食料探しかな」


「いや、先に宿の方で弁当を買えるか聞くよ…」


「だな。毎日買うと知れば、作ってくれるかもだしな」


1週間前後だが毎日5食分の収入が確保できるのなら、作ってくれる可能性は上がる。問題は弁当箱だが…


「ザック。この弁当箱って再利用とか出来そうか?」


「あ、そうですね…。1週間くらいならなんとか?…流石にスープを入れる部分は無理だと思いますが」


その蓋部分は1度外すとスカスカになる為に汁気が多いおかずを入れる程度なら兎も角、スープを入れれば運んでいる内に中に溢れ出してしまいかねない。幾らストレージの中にあるとはいえ…あれ?


「うーん…やっぱり、取り出す時に零しそうなので無理じゃないですかね?…あの部分にスープを入れるのは…」


「そっかー…」


がっかりしたマシュウとジャッカル。ちなみに今回の弁当にはスープは無いのでどっち道再利用したとしてもスープを入れて持ち運ぶのは叶わないのだけど。何度か食べてるから気付いてると思ったんだけどな…?


「一応使用済みの弁当箱を出しておきますか?…ちゃんと洗ってあるので再利用は可能です」


「ん、おお。すまんな」


「これに詰めて貰うって前提で話しを進めればいいのね?」


ザックが巾着袋から弁当箱を5つ取り出してマシュウに渡す。ジュンが付き添って宿の主人か厨房の責任者に掛け合うようだ。全員で押しかけて圧力を掛けてるように見られるのも何なので、2人で話しをするようだが…


「あ…僕も行ってもいいですか?…どんなメニューかくらいは口を出したいですし」


「お?…それなら俺も」


「わ、わたしも!」


「おいおい…全員で行ったら圧力をかけてるように見られるっていってるだろうがっ!」


…という訳で、図体がでかいジャッカルとメニューに駄目だしを出しまくりそうなパトリシアは参加は却下され、取り敢えず希望のメニューだけでも!…と、メモを書いて引っ込むのだった。否、町の食堂に出向いて個人的に色々探しに出かけたようだ…


「ったく、こいつらといったら食にかけては妥協を知らないんだからなぁ…」


「最近、舌が肥えちゃったからねぇ。誰かさんのお陰で…」


「うぐ…僕のせいですか?…美味しい物を食べたいだけなんですけどね…」


((それが問題なんだよ…))


マシュウとジュンがザックを暗に責めているが、確かに美味しい物が食べられる生活は正しい。正しいが、ダンジョンではいつ閉じ込められたり地上へ戻るのに時間が掛かり、現地調達で食べていかなければならないこともある。その為には粗食にも耐えなければならない時もあるのだ。ザックも最初の数箇月こそは粗食に耐えていたが、ある程度安定収入を得るようになってからは徐々に食糧事情が改善し、サンフィールドから帰還した後は専ら美味しい物しか食べてない。ストレージを得たことにより、いつでも出来立て熱々の食事ができるようになった為だ(マシュウたちと行動を共にしてる間だけは冷めた弁当を食べている)



- 探索者の宿「仮住まいの宿亭」・受付 -


「あー、すまん。厨房の責任者か宿の主人を呼んで欲しいんだが…」


「主人ですか?…少々お待ちください」


受付にいた女性…恐らくは宿の主人の奥方だろう…が奥へと引っ込む。ややあって、中年の男性が現れる。厨房で働いている恰好をしているので、主人と調理師を兼務しているのだろう。


「俺がこの宿の責任者だが…何かあったか?」


忙しいのになんだよ…とぶちぶちいっている主人が現れる。マシュウは手短に弁当の件を持ち出して作れるかどうか訊くと…


「そうだな…弁当として持って行くなら汁物は無理だな。それ以外なら、食堂にあるメニューにある物ならおーけーだ。料金はメニューを参考にしてくれ。詰める箱はあるのか?」


「あぁ、弁当箱はこれが使えるか?」


「小さいな…こんなんで足りるのか?」


「あーまぁ…はっきりいえば足りないかもな。唯、これに入れて貰ってた食事はよく考えて作られてたんで次に食べるまではギリギリもってたかな…」


「ほほう…」


宿の主人はそれきり黙り込んで何か考えていたが、ジュンが「メニューを見て来るね」といってザックを連れて食堂へと移動した。昨夜は適当に頼んだ料理を全員で食べたのでメニューはよく見てなかったが、よくある探索者向けのがっつり料理がメインで肉肉しい内容が殆どだった。一応は野菜やそれ以外のメニューはあるが…


「うーん…このメニューだと、何か吹き出物ができそうな…」


「え…折角肌が綺麗になってきたのに…う~ん…」


と、ザックの一言にジュンが気になりだしたのは別の話しw



結局、宿では弁当箱にパンと肉野菜炒めを入れるだけになり、それ以外は外の食料品店で別途買い足して補足することとなった。探索者向けの店ではなく、地元の一般住民が利用する店で、色々と仕入れることになった訳で…


「ザックの貸してくれたこの袋があって大助かりよ!」


とジャッカルがカカと笑い、


「本当助かっちゃう。でも、宿に戻ってくる時に変な人が後を付けてきたのよね…怖いったら…」


パトリシアが物騒なことをいい出した。


「え…大丈夫だったのか?」


マシュウが問うと、


「おお、偶々衛兵が通り掛かったんでな。妙な奴らが後を付けて来たつったら取り押さえて連行してくれたんだよ。ここの町って治安がいいんだなぁ!」


ジャッカルが呑気に返事をする。パトリシアは余り安心できないようでややビビっているようだ。恐らくは、2人が所持している紐付き手提げ袋がアイテムボックスだと当たりを付けたならず者が尾行をしていたんだろうとザックは思う。尤も、登録したこのチームメンバー以外には使えないし、奪った瞬間に収納している全重量が強奪者の手に掛かる為、重量にもよるが運ぶことは困難になる筈だ。


(どーせなら強奪されたらストレージの全重量が…って、それやっちゃうと地面にめり込んじゃうか…戻って来ても取り出せない程深く埋まっちゃったら意味ないもんなぁ…)


現状で20トン以上のサンフィールドの砂が収納されているストレージの全重量が強奪者の手に掛かった場合、地面にめり込む以前に手首が取れてしまうという異常事態に陥ってしまう為、呪われた袋と思われる可能性がある。防犯目的とはいえ、やり過ぎは良くないだろう!w


「で、結局何買って来たんだ?」


「えっとねー…」


ちなみに今居る場所は借りた部屋の中だ。テーブルの上にパトリシアが次々と買い込んだ食料を置いて行く。


「…果物か。まぁ数日なら問題無いか?」


モモや小さめのスイカにブドウ、ナシなどが並ぶ。が、皮がやや硬くて水分が豊富なスイカとナシ以外はそれ程もたないだろう。逆にスイカとナシは1週間以上経っても食べられるかも知れない。特にスイカは水分量と糖分が多い為、非常時に役立つ可能性が高い。


「次は…菓子類?…まぁ焼き菓子はちゃんと保存すれば長期間保存できるけどさ…」


パトリシアの趣味だろう。砂糖をふんだんに使って甘い菓子…とは違うのは見ただけでわかる。だが、それでも買いたくなるのは食い意j…女性としてのサガなのかも知れない。


「これだけ?…あ、お菓子はパットの個人の趣味だから経費から落ちないからね?」


「えぇ~~~っ!?…酷い、ジュンちゃん」


「だぁ~め!…(どーせ買って来るならちゃんと甘いのを買ってきなさいよ…っとにもう)」


「そこを何とかぁ~!」


…と、女性メンバー2人でじゃれ合ってるのはスルーしてザックが質問する。


「えっと、食料ってこれだけですか?」


「後は緊急時用の保存食だな。取り敢えず5人で3日喰い繋げるだけな」


と、どさどさと干し肉を入れた袋を取り出して置くジャッカル。中を見れば塩とアルコール漬けの肉が数10枚入っていた。鼻にツンとくる匂いにザックが眉を顰めたが、以前買った物と同じ処置がしてあるので味も同じなんだろうなと袋の口を閉じる。


「これは1日何食分を考慮してます?」


「あ~…2食だな。流石に3食もこんなの食ってたら、気分悪くなるだろ…」


「そりゃ、まぁ…」


「食べたことが?」


「えぇ…最悪ですよね、これ…」


最初に食べた時は「人間の食べる物じゃない…」と思うくらい咳き込んだザックだった。子供の身でアルコールと塩漬けの肉をそのまま口に押し込んだら、とてもじゃないが(しょっぱくて)食べられない…ということで、水でひたすら洗ってからちびちびと食べたのだ。以降、保存食は水でアルコールと塩を洗い流してから食べるのが常となった。勿論、塩を全部洗い流すと塩分不足に陥るので、少しだけ削って確保はするようにしているが…


(できればこんなの食べる状況にならないで欲しいよねぇ…先のことはわかんないけども)


と、しみぢみと思うのだった。



「さて…保存食は俺が管理しとこう」


ジャッカルが保存食袋の口を縛り、自分の紐付き手提げ袋へと仕舞い込む。


「果物は俺が管理しておこう。食べたかったら俺にいってくれ」


マシュウが果物を種類別に袋へ仕舞い、自分の紐付き手提げ袋へと仕舞い込む。ジュンとパトリシアが物欲しそうに見詰めていたが…


「あ~…食うか?」


と訊くと、目を逸らすジュンに高速で上下に頭を動かすパトリシア。苦笑いするザックを見て、マシュウは「やれやれ…」と、皿と果物ナイフを取り出して皿の上にモモとナイフを置いた。


「足が早そうだからな。こいつは食ってもいいぞ」


わっ!…と手を出そうとするパトリシアに先制してジュンが皿を取り上げる。


「だぁ~め。あんたがやると折角のモモがダメになるでしょ!?」


というと、自覚があるのかシュンとするパトリシア。ジュンが器用に薄い皮を剥き、3つあるモモの肉を5等分にして…


「あ、皿もう1枚ある?」


とマシュウに注文する。マシュウは無言でもう1枚を出しテーブルの上に置くとジュンが2枚の皿に切り分けたモモを置いていく。


「1人3切れね。じゃあ召し上がれ!」


と、少し早いがおやつタイムとなったのだった。



- マナのダンジョン -


サウスネクシティから徒歩で1時間程離れた位置にマナのダンジョンが在る。一応馬車でも行けるが経費節約の為に、大抵は歩いて行き来する探索者が殆どだ。そしてやや遅れて町を出たザックたちは、他の探索者と出会うこともなく入り口へと辿り着いた。町からは踏み固められた馬車も行き交うこともあるやや広めの道があり、迷うこともなかったという訳だ。ダンジョンの入り口には特に監視員は居らず、封鎖されてることもなかった。そして3人で横に並んで入れる程度には広い入り口が開いていた(封鎖できるように両開きのドアが設えられてはいた)


「じゃ、これが「マナ吸引の指輪」です」


ザックが昨日馬車の中で創造した指輪をマシュウたちに分配する為に説明している。


「で、こっちが対となる「魔力タンクの腕輪」です。刻んである刻印が同じ物同士でしか機能しないので注意して下さい」


正確には間違えて装着しても10mくらいなら機能はする。別に有線で繋がってる訳ではないので魔力の線が有効距離なら問題はないのだ。だが、わざわざ間違えて渡す必要もないので同じ刻印同士の指輪と腕輪をセットで渡していく。


「先に腕輪を装着して、次に指輪を嵌めて下さい。マナのダンジョンに入ってから「吸引」ってコマンドワードを…思うだけでもいいですし、唱えても構いません。止める時は「吸引停止」で。ダンジョンを出る時は必ず停止してくださいね?」


ザックは自らの分を手本に見せながら装着していく。


「停止しなかったら…どうなるんだ?」


ジャッカルが訊くと、


「えと…最初に空気中のマナを吸収してるんですが…これはあくまで予想なんですけど。周囲のマナが枯渇したら周囲の生き物から吸収し始めて、最後は自分の体内のマナ…魔力ですね…を吸い尽くして死んじゃいますね。多分」


「「「え゛?…怖っ!?」」」


全員がハモる。恐怖でガクブルしてるパトリシアが、


「え…それ、本当に?…マナ…魔力を吸い尽くしちゃうと死ぬって…」


「多分。魔力枯渇すると非常に怠くなって眠くなりますよね?…あれってすぐ死ぬ訳じゃないけど寝ることによって魔力を回復しようとする体の自衛反応なんですよ。物凄く運動すると、反動で眠くなるのと一緒ですね。それでも無理に起きてても、安静にしてれば徐々に回復するんですが。でも、無理に魔法使ったり運動を続けてると間違いなく死ぬのと一緒です。この指輪にマナを吸い尽くされると、死にます。だから、マナのダンジョンから出る時は忘れずに「吸引停止」を実行して下さいね?」


冗談でも何でもなく、真面目に答えるザックに4人はゴクリと唾を飲み込み、ゆっくりと頭を上下に動かす。


「わかった。間違いのない運用を心掛けよう…」


「あぁ」


マシュウとジャッカルが指輪と腕輪を受け取り、腕輪から順番に装着する。


「…わかったわ。気を付けるわね」


「うん…」


ジュンとパトリシアも同様に指輪と腕輪を受け取り、装着する。パトリシアは「死ぬ」という動揺ワードを聞いてしまったせいか、思うように腕輪を装着できずに、ジュンに手伝って貰っていたが…(苦笑)


「じゃ、中に入りましょう。多分、中に入ってすぐに妙な圧力を感じると思うので…」


「「吸引」だな?」


「はい、その通りです」


「じゃ、行こうか…マナのダンジョンへ!」


「「「おお!」」」


ザックの説明にジャッカルがニヤリと笑いながら答え、マシュウが号令を下す。マシュウを除く全員で応えてから、5人は歩き出す。生身では数分と生きていられない死のダンジョンへと…


━━━━━━━━━━━━━━━

魔力過多の空気の中、呼吸してたら指輪で吸引してても死んじゃうんじゃ?…と思うかも知れませんが、吸引したマナ魔力で吸い込まないように簡易的な結界が形成されてたりします。人間は肌からでも呼吸してるので、必要最低限のマナしか通過しないようになっています(完全に遮断すると体内魔力が枯渇して最悪死んじゃいますので…何て面倒臭い生き物だろう!(まてっ!w))



備考:

探索者ギルド預け入れ金

 金貨950枚、銅貨1617枚(変化なし)

ストレージ内のお金

 金貨170枚、銀貨108枚、銅貨163枚(変化なし)

財布内のお金:

 金貨2枚、銀貨57枚、銅貨68枚(変化なし)

今回の買い物(支出金):

 なし(食料とか弁当はチームの共有資金から出したので)

ザックの探索者ランク:

 ランクC(変化なし)

本日の収穫:

 なし

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