03 その3

ランクアップをしたと告知されて、しかもそのランクはEからDではなく、想定外、予想の斜め上のC…何と、2階級特進だった。思わず殉職したのかと思ったけど死んじゃいないしギルド長からも「死んだって2階級特進なんぞしないぞ?…軍隊じゃないんだからな」と突っ込まれた(いや、軍隊の下りはいってなかったと思うけど)…まぁそんな訳で、久しぶりに…実に3箇月半振りにダンジョンに行ってみようかなと思った訳なんだけど。それで受付にいったら塩漬け依頼を押し付けられた。何かって「魂魄草の採取」依頼なんだけど…見たことも聞いたこともなかったのでちょっとだけ調べてみた…んだけど、具体的に何処に生えてるとかは不明だった。唯、姿絵とどんな所に生えている可能性があるかだけはわかったので良しとしようかな…という訳で早速不足してる物資を買い込んで、いざ!…ってダンジョン…勿論、ギルドの管理する入り口がギルドの建物内にある奴だ…に潜った訳だけど、気付いたら第2階層の階段前に立っていた。あれ?…さっき、僕、第1階層に入ったばかりだった、よね?

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- 第2階層 -


ダンジョン入り口を通過してから暫く歩いて存在する石造りの階段と何ら変わりの無い同じ造りの階段を、静かに歩いて下る。探索者向けの靴は中には鉄板を仕込んであるんだけど、外側は丈夫かつ音が響きにくい厚めの魔物の皮を使っている。勿論、足の甲や側面、すね脹脛ふくらはぎ側にも同様の皮が使われている。そのままじゃなく、革としてなめしているんだけどね。


(その上で防御強化と耐久強化も施しているけども)


今日は短衣チェニックじゃなくて探索者用の装備で上下を揃えている。長袖で柔らかいけど厚めの特殊な布で縫製された上衣と革製のレザーアーマー。ズボンも長ズボンで上衣と同じ素材で作られた物で、関節部分をレザーアーマーと同じ素材でガードしている。上衣も肘関節部分と肩関節部分に同じガードが縫い付けられている。レザーアーマーは袖が無いボディアーマー状なので必要な措置って訳だ。手首は邪魔なのでガードが無いけど、目には見えない状態で防御強化を行っているので…多分大丈夫じゃないかな?(獣属性と植物属性の防御強化を行っているから)


(初めての第2階層か…一応本を読んで情報は仕入れてるけど…不安しかないなぁ)


武装は短い長剣ショートソードと小石、そして初めて盾を装備した…といっても、行動の邪魔にならないように左腕に装着するタイプの小盾バックラーだけどね。木製なので植物属性で最大強化しておいたよ。第1階層のゴブリン程度なら、こいつで弾くだけで即死するんじゃないかな?…多分。


「さて…と。いつまでも階段降りた位置から動かないのも何だし、探索開始と行こうかな…」


取り敢えず、探知を弱めに掛けながら歩き出す僕。何で最初から全開にしないのかって?…そりゃあ魔力が枯渇したら休まないといけないからね。少なくとも数時間は…あれって結構疲れるんだよ?…地上だと拒否されないのですんなり探知魔力は通るけど、ダンジョン内って拒否されるから遠くまで探知を通らせようとすると、地上の何倍も魔力を消費しちゃうからねぇ…無難に10m程度の距離に設定しておいた方が楽でいいんだよ!



第2階層を暫く歩いていてわかったことがある。それは…


「…!…!?…」


他の探索者が普通に居ることだ…って、当たり前だろうって?…いや、そりゃそうなんだけど。


(思ったより近くで戦闘したり探索してる他の探索者が居るんだなぁ…)


基本的にぼっち気質で揉め事に巻き込まれ易い性質の僕は、騒動の音がする方とは逆へ逆へと移動して行く。どちらにせよ、第2階層のマップは第1階層と違って有料で公開はされているものの、第1階層程完全ではなかったので自分で探索して調査する必要があると思っていた。ので、なるべくは未探索部分は通って行くのは歓迎だ。


(不明部分がある程度の面積、何があるか、通路の形状はどうか、罠の有無や魔物の分布が判明すれば報奨金が出るから…探索者の本業の1つ、未開地を探索して明らかにする…ま、ここの探索者たちは最上位の一部しかやってない気もするけど…)


毎日の糊口を凌ぐ…って人も、中にはいるみたいだし。主に低ランクの探索者はその傾向が強いとか…って事実、僕もサンフィールドに出向く前は似たような状況だったけどね…経済的には。


「…」


戦闘音から遠ざかるように歩いていると探知に何か引っ掛かり、そちらに振り向いた。瞬間、


「!?」


ひゅっ!


何かが飛んでくる風鳴音がしてバックラーを目の前に構え、当たった瞬間に弾く。


かん!


「…!?」


間髪入れずに3本の矢が飛んでくる!!


ひゅひゅひゅっ!


かかかん!


一度に3射したかのように飛んで来た矢を角度を付けて弾き、安堵の息も吐かせぬ攻撃に、ザックは息を殺して前方を見詰める。


「…驚いた。この俺様の速射が避けられるとはな…って、ありゃ?」


闇から姿を現わしたそれは…人影だった。



「…」


むすぅ…と無言でバックラーを構えたまま攻撃もせずに待ち構えているザック。暗闇から姿を現わしたそれは…弓を手にした探索者だった。ダンジョンはそれ程広くない為、短弓かと思ったがそれよりは大きいように見える。


「あ~…その…すまん。ゴブリンかコボルトかと思ったんだが…ご同業さまだったとはな」


頬を弓で掻くその男は謝ってはいるが、一言も話さないザックを警戒してか一定の距離を置いて足を止めている。ザックの腰から下げている短い長剣ショートソードを警戒していると身を以て言外に示していた。


「…それだけですか?」


こちらとしては正確に頭部を狙った射撃を受けたのだ。バックラーで回避してなければ即死コースだといえるのだ。これくらいの毒をいてもバチは当たらないと思う。


「…」


「…」


数秒の無言の無為な時間が過ぎた。ザックは「はぁ」と息を吐き、無言で横を通ろうとした。


「…君、本当に見た通りの子供か?」


横目で見ると、既に矢をつがえた弓を構えて頭を狙われていた。傍目にはる気満々に見えるが…


「…怯えて頭抱え込んで許しを乞えば許してくれるんですか?」


視線だけを寄越した状態で訊くと、男は「ぷっ」と吹き出して、


「あはははは………はぁ。んな子供が居るかっての。あ~もういいわ、あっち行け」


しっ!しっ!…と、犬を追い払うように手を振る男。ザックは男の顔を何とか記憶してから視線を切って歩き出す。


(…う~ん。ダンジョンで他人を殺して金品を奪う略奪者かと思ったけど、違ったかな?)


最後にもう1射矢が飛んで来たので見もせずにバックラーを軽く振るう。


ひゅっかん!


矢の状態は悪くないようなので、ちらっとだけ後ろを見てストレージに回収しておく。ついさっきまでの矢は全てバックラーで弾いた時に全部折れてしまってたので放置していたが…


(毒の矢…ですか)


ストレージに入れたことにより判明した名前がそれだ。毒は神経毒。効果は麻痺。意識は残るが体が動かなくなり、最終的には心停止に至る極悪な奴だ。ザックは急いで後ろを振り向いたが既に彼の男の姿は無く、ダンジョンの暗い道があるのみだった…



- 第3階層に至る道 -


(う~ん…さっきの奴、やっぱしダンジョン初心者を狙う略奪者なんだろうなぁ…戻ったら報告しとかなくちゃな)


忘れない内にとストレージから紙とペンを取り出して覚えている大体の特徴を書き出し、似顔絵…といえなくもない姿絵を描く。贔屓ひいき目に見ても似てるとは言い難かったが、まぁ特徴くらいは捕らえているだろう。


「うう…紙面複写ペーパートランスファーが記憶にある絵も書き写せたらなぁ…」


流石にそこまで万能の魔法ではない。それ紙面複写はあくまで紙面に書かれている文字や画を複写するだけであり、対象は紙面だけなのだから…。ザックは己の絵心の無い男の特徴のみを捕らえた姿絵を見てがっくりとするが、横に書いてある特徴のメモも合わされば然程気にすることはないようにも見える。他人が見れば走査の役には立つだろう。


「さてと、次に行くかな…」


第2階層もやや未探索区域を残すが、請けた依頼の期限を考えるとゆっくりと第2階層ばかりを歩いている訳にもいかない。魂魄草の生息地の特徴を考えると第1、第2階層ではないと思われる。ザックは目前の第3階層への階段を見詰めると、意を決して歩き出す…



「ふぅ…人が増えた、かな?」


階段を降り切る前…第3階層の入り口から声が聞こえてきた。何やら相談事をしてるような雰囲気だ。ザックは(さっきみたいにいきなり攻撃して来ないよね?)と不安になったが、取り敢えず階段を降りることにした。


(なるべく自然体を心掛けて…と)


「おい…マジか?」


「マジだ…」


(マジって何がだろう?)


耳を澄ましながら集団に近付くザック。見た所、10数人の探索者たちが集まっていた。やや興奮気味なのか、声が大きい。近くに魔物が寄ってくれば襲われること請け合いだ。


「徘徊ボスが居るだって?…こりゃ今日は店仕舞いだな」


「あぁ…今日は5階層まで降りるつもりだったのによぉ~…」


今日はまだ昼にもなっていない。腹時計的にはそろそろ食いたいなぁ~って感じだが。中途半端だが(階段に戻って弁当でも食ってた方がいいかな?)…と考え始めた頃、離れた所から悲鳴と怒号が上がり始めた。


「ぎゃあああ!魔物が出たあっ!?」


「なにぃっ!?…くっ、このおおおっ!!」


途端、始まる戦闘と響いて来る戦闘音。流石に攻撃魔法をぶっ放す脳足りんは居ないようだが剣戟か槍を振り回す風切り音が響いてくる。


(何が出たのかわかんないけど、流石にここまで皮や肉を切り裂く音なんかは届かないみたいだなぁ…)


騒いでいた探索者たちは、戦闘に参加しようと階段前からかなりの人数が移動して減っていた。(狭い通路で大人数がひしめきあっても意味は余り無いような…)と考えたザックは、


ぐぅ~きゅるる…


「…飯にするか」


と腹の虫の意思を尊重して階段へと戻るのだった…



- …凡そ20分後 -


「ふぅ、美味かった…ご馳走様」


ぱん…と手を合わせて、宿の料理長と素材の生き物たちに感謝の意を示すと、いそいそと弁当箱と付属の食器を片付ける。片付けるといってもストレージに放り込むだけだ。地上に戻ったら宿のゴミ箱に放り込む予定ではあるが。


「さてっと…どうなったかな?」


勿論、突発的に起こった魔物の襲撃の迎撃戦であるが。あれだけの人数だ…パッと見には大した怪我も無く、それ程体力も落ちてないように見えた為、何10体も現れたり第3層に相応しくない程に強い個体でも居ない限りはそう苦戦はしないだろう…そう判断していたのだが…


「やっぱり終わってたか」


大量の汗を流したり、怪我を治療したり、中には飯を食ってる者も居た。そして、ふと床を見て気付く…


(回復薬などの小瓶が転がってるな…割れたら危ないのに)


探索者たちの靴底を破片が突き破って怪我をする…なんてことはないが、転んだ時に怪我をする可能性は無くもない。素肌が露出していない者も多いが、首や顔面などは兜を被ってない探索者が多いのでそこに突き刺さる…なんてこともあるかも知れない。


(しょうがないなぁ…。ゴミ箱なんて設置してないんだから持ち帰るのがマナーだろうに…)


ザックは巾着袋の口をやや開いて、割れてない小瓶を回収し始める。割れてしまった物は少し考えて、仕舞ってあった袋を取り出してそちらに放り込んだ。


「…んん?坊主なにやってんだ?」


「ゴミ拾いですよ。こんな割れ物を捨ててたら危ないでしょ?」


「おお、そりゃすまないことをしたな!」


「ぎゃははははは!」


表面上は感謝してるように見えるが、内心彼らはこう思っていた。


(はっ…ガキが)


(割れてない奴は再利用できるから小金稼ぎでもするんだろ。はっ!…貧乏臭いガキだな)


(乞食はこんな所に来ないでさっさと帰ってくれんかな…目障りだ)


我関せずな者、ニヤついている者、目線すら合わさないで無視する者など様々だった。一通り回収し終えたなと感じて階段の元へ戻ると、こんな声が聞こえてきた。


「おい!誰か水を余分に持って来てる奴、いねーか!?」


とか、


「誰か!…回復薬を持ってませんか!?…仲間が…怪我が酷いんです!!」


とか、


「ぐっ…だ、れか…解毒薬を…」


とか…


(あ、あの人ヤバそうじゃない?)


でも、解毒薬は自分用のとして2つ買ってはあるけど第3層では毒を使う魔物が居るとわかった訳で…


(あ~しょうがないな…)


一旦階段まで引っ込んで段のある所で座り込む。袋はストレージに突っ込んで巾着袋の中から小瓶を取り出して洗い清める。


(解毒薬の中身はっと…ふんふん)


第1階層で採取しておいた薬草と毒草、そしてピュアウォーター純水で精錬できるようだ。


(本来は魔力水を使うけど、純水に魔力を込めれば代替可能と…)


その代わり、先日創った回復薬と同様、効能を保てるのは12時間まで。それ以降は唯の水に戻ってしまうらしい。


(毒にやられてる人は…ひのふの…3人か)


通常、解毒薬は1つのチームで1本も持っていれば上等な部類だ。基本、攻撃は躱すか盾で防ぐかするので攻撃を受けてしまうのは愚鈍といわれてしまう為だ。だが、今回の襲撃では多数の魔物が襲撃してきたのかも知れない。毒を受けてない探索者も、結構な数が怪我を受けていたのがいい証拠だ。


(じゃ、3本を洗ってっと…)


ピュアウォーターで中と外を洗い、ドライで乾燥させてから改めて中身にピュアウォーターで半分程を満たす。そしてストレージへ収納。


(まずは薬草と毒草をストレージの中で乾燥・粉砕と。そして薬草4:毒草1の割合で混合…できた)


ストレージに入れた純水入りの小瓶に作った混合紛を純水10:混合紛1の割合で混ぜ合わせる。そして小瓶の中で十分にかき混ぜて魔力を込める。暫くかき混ぜた後、放置。1分程で魔力が小瓶の中の溶液に馴染むと完成だ。ストレージのアイテム一覧から詳細を見てみると…



【簡易解毒薬】

・大抵の弱~中毒の解毒を行う

・解毒に掛かる時間は数秒

・効果維持時間は精錬してから12時間



…とあった。


(うん、大丈夫のようだね)


ザックはストレージから3本の小瓶を取り出し、念の為に薄暗い中で小瓶を見てからラベルが付いていることに気付き、剥がしてから手に持って歩き出した。



- 守銭奴?…いえ、タダで渡した方が身が危ないので止むを得ないのです! -


「…大丈夫か?」


「ぐぅ…解、毒薬を、くれ…苦し、い………」


毒を受けて苦しんでいる探索者が3人。それぞれ所属しているチームがバラバラで、チームの別の仲間が解毒薬を使った後に毒を受けた。そうそう毒を受けることは無かった為にそれぞれのチームで1本しか所持しておらず、窮地に陥っている訳だが…


「誰か予備を持ってる奴は居ないのか!?」


チームのリーダーらしき男が叫ぶ。だが、この階層を探索しようものなら毒を受ける可能性は皆無ではないと目の当たりにした為に提供しようなどと思う酔狂な者は居らず、目を逸らすばかりだった。そんな中、子供が声を上げた…


「えっと、持ってますけど…解毒薬を」


手にしているのは、3本の回復薬の小瓶を再利用した簡易解毒薬だ。中には少々濃度が高めの薬液が揺れている。内容量は回復薬より少なめで半分程を満たしている。


「おお!助かる!…早く渡してくれ!!」


ひょいっと小瓶は子供の背中側へと回されて受け渡しを拒否される。


「!…何故だ!?…仲間が今も苦しんでいるんだ!早くそれを渡してくれないか?」


「タダで、ですか?」


「「「!?」」」


暫しの間、痛い程の沈黙が流れる。そして、焦っていたチームリーダーは懐から袋を取り出して、銅貨を数枚手に掴むと広げて見せた。枚数を数えると、そこには銅貨が12枚あることがわかる。


「…定価ですよね、それ。そちらの方たちを地上まで運んでって解毒して貰ったら如何ですか?」


恐らく、死にはしないだろうが何らかの後遺症を抱えることは可能性としてあるだろう。そして、魔物からの脅威を防ぎながら病人を運ぶにはチームだけの人員だけでは足りない。贅沢をいえば荷車などで搬送し、護衛の人員も必要となるだろう。此処に居る全員で協力し合えば或いは…といった所か。だが、そんな殊勝な人間だけならいいが…


「無理に決まっているだろう!…第3階層だけでこの有様だ!…俺ら全員で協力しても無事に戻れるかどうかもわからんのに…」


(あ~あ、いっちゃったな…まぁそれが現実なんだけど。かといって「薬を地上じゃない危険なダンジョンで定価で提供してくれるコンビニエンスな奴」って思われても事だしなぁ…)


下手をすれば、ダンジョン内の店野郎として便利に使われる危険がある。どうせなら無理そうな値段を吹っかけて「扱い辛い奴」と思われてた方がいい。


「…じゃ、じゃあ幾らなら売ってくれるんだ!?」


どうやら定価より高い値なら売ってくれるかも…と、淡い期待を抱いているようだ。周りの人からもこちらを伺う目で見られている。ひょっとして、回復薬も不足しているのかも知れないなと考えていると、


「…2倍じゃ駄目なのか?…なら、3倍の値段でどうだ!?」


と、勝手に値が吊り上がっていた。どうやら周りの視線に気を取られている隙に倍額の打診があった模様…


(あ~…2~3倍の値段でも便利に使われそうな気がするよね…なら5倍くらいならおいそれと買えない価格設定かなぁ…?)


何て考えていたら、


「わかった!…なら10倍でどうだ!?」


と、またいつの間にか値段が跳ね上がっていた…どんなインフレスパイラルだよ!


「ちょ、ちょっと待って!」


流石にストップを掛けたんだけど…いや、解毒薬を10倍でなら売るぞ!って叫んでる他の探索者が出始めたんで…ダメだろ。濡れ手に粟な商売始めるぞ、あいつら…



「ここなら安全だから」


3人を引き摺って階段前の短めの通路に押し込んだ。いや、流石に1人で3人は無理なので1人づつそれぞれのチームメンバーに引っ張って貰ったんだけどね。それで中に野次馬が入って来れないように数人で壁になって貰っている。


「…先に使うね。どうも気絶してヤバそうだし…」


と、解毒薬をそれぞれの口に…そのまま流し込むと気道に入りそうなので、起こしてから食道側の道を確保してから流し込んだ。静かに少しづつ流し込んで、全部流し終えた頃には容態が良くなって解毒が完了したみたいだ。同じように流し込んでと、他の2人にもチームメンバーたちに指示をして飲んで貰い、無事3人とも容態が良くなった時点で全員が安堵の息を吐いた。


(う~ん…毒で体力も落ちてるみたいだなぁ…意識を取り戻しても自力で歩けるかどうか微妙?…確か、前に買っておいた体力回復薬スタミナポーションがあったよね)


と、ストレージ内を探すとサンフィールドで仕事をしてた頃に買い溜めしてあったのが10数本だけ残っていた。流石にMPポーションだけでは減り続ける体力(HPではなく、純水に体力)がヤバイってことでまとめて買っておいた奴の残りだ。


(ストレージはバレるとヤバイからなぁ…巾着から取り出すように見せ掛けてっと…)


3人をそれぞれのチムメンが取り囲んで感激している隙に、巾着袋に手を突っ込んで小瓶3本を取り出すザック。


「気付いたようですね。体力はどうでしょうか?…恐らく毒に侵されてて抵抗するのに体力を使ったと見えますけど…」


できるだけ丁寧にと意識して言葉を紡ぐと、


「確かに…少しふらつくな」


「えぇ…足元が覚束ないですね…」


「くっ…これでは行くにしても帰るにしても…また迷惑を掛けてしまう!」


(そこ、興奮して大声出さない。ほら、またふらついて倒れそうになってるし…)


「そこで、こんな物があるんですが…体力回復薬スタミナポーションです」


「スタミナ、かい?」


「えぇ」


興味を示した何人かが訊いて来る。


回復薬ヒールポーションじゃ駄目なのかい?」


確かにあれでも若干の体力は回復するけど、主な効果は怪我や火傷などの治癒効果。それも階級次第では骨折すら治癒するし最上級の物なら部位欠損も治してしまう。が、最上級以外は体力回復効果は若干なんだよね…エリクサー、マジぱない。


「ほんの少しだけ回復するみたいですが、体力回復薬スタミナポーションは疲労回復に使う薬なんですよ。流石に連続使用はお勧めしませんけどね?」


「何故だい?」


「普通、凄い疲れて、飲んでシャキっ!とする薬を、1日の内に何度も飲んで体に悪影響を与えないと思いますか?」


「…それは薬次第では?」


(う~ん…どういえばわかって貰えるかな?)


暫く考えてからザックは説明する。


「この薬は、いわば「体力の前借り」をするようなものなんですよ」


「体力の前借り?」


「えぇ」


「今日、午前中に探索をして疲れました。普通ならお昼にご飯を食べて休憩を入れ、1時間くらい体を休ませてから午後も探索をします」


「…まぁ、それが普通だな」


「偶に余り休憩しないで、早めに引き上げることもあるがな」


わはは、と笑い声があがる。


「ですが、体力回復薬スタミナポーションを使えば、疲れた時に飲めば疲れが吹き飛んで継続して探索が行えます。とはいえ、お腹が減ったら食べなくちゃいけませんが」


「そらそうだ。腹が減っては戦ができぬって昔からいうしな!」


また笑い声があがる。


「大体、この体力回復薬スタミナポーションは夕方まで有効ですね。効果が切れたら、物凄い倦怠感が襲って来ますが…」


「けんたいかん?」


「体が怠いって奴ですよ。1回だけ試しにもう1本飲んだんですが…その時は疲れは綺麗さっぱり無くなりました」


「おお、そりゃあいい」


「続けて飲めばずっと働けるって奴か」


「えぇ、まぁ…。忙しい時、何本か飲んでたんですよ…ですが」


「ですが?」


「効果が切れた途端、ぶっ倒れました。その時は2日程飲んだ後だったんですが…1日中動けなくなりましたね…幸い、それだけで済みましたが…」


「「「…」」」


「副作用とかそういう奴か?」


「いえ、最初にいいましたよね?…「体力の前借り」だと。つまりはそういうことです。1本なら問題ないので…どうせ地上に戻ったら念の為、すぐベッドで横になるんですよね?…ギルドの医務室か、貴族街の病院かは知りませんけど」


マウンテリバーには医者が常駐している場所は3箇所しかない。探索者ギルドと冒険者ギルドの医務室。平民街には医者は居らず、貴族街にしか病院が無い。単純な怪我の治療や火傷の治療ならば、生活魔法のヒールエイド癒しの助力で治癒する。時間は掛かるけどね。大抵の生活魔法行使者はそれだけで体内魔力が半減する程になるので覚えている人も少ないか、自分の為だけにしか使わない。やや高いけど絆創膏を買った方がお手軽だからだ。何度も行使して熟練度を上げれば、僕みたいに上位魔法を覚えることもあるけど…


「だが、体力回復薬スタミナポーションなんて見たことも聞いたこともないぞ?」


それはそうだろう。マウンテリバーでは扱っている店は存在しない。だが、常に暑い気候のサンフィールドでは普通に販売していた。暑い中で作業をしていれば体力不足で倒れる人も居る。そこで体力回復薬スタミナポーションという訳だ。買う人も多いし常に在庫を用意しておかないといけないせいか、量産されていて単価も安かった。


(確か、10本で銅貨2枚くらいだったかな?…寧ろ、瓶代の方が高いくらいだったよなぁ…)


中に入れる薬の品質が上がると、それだけ瓶も高品質の物が要求される為にピンからキリまであるって話しだ…。ちなみに解毒薬は瓶代で銅貨1枚に中身3枚。普通の回復薬は瓶代が銅貨3枚に中身7枚。低級回復薬は全部で銅貨2枚だけど落っことすとすぐ割れるので銅貨1枚の価値も無さそう…


「この体力回復薬スタミナポーションはね…サンセスタの国のサンフィールドって町で買った奴なんだ」


「サンフィールドってあの?」


「確か、このマウンテリバーから山5つ越えてようやく辿り着くって…」


「馬車で1箇月掛かるとも聞いてるが…まさか」


(割と情報通だな、この人たち)


僕はゆっくりと頷いて小瓶を持ち上げる。よく見れば小瓶のデザインもマウンテリバーの物とは違い、角張った部分が無い滑らかな感じだ。


「確かに…あの意匠はマウンテリバーの物ではないな。砂漠の国、サンセスタの物に違いない」


マウンテリバーはハイマウンテンという国の中の1つの町だ。大きめな町ではあるが。そしてサンフィールドもサンセスタという国の中の1つの町。町の規模は貯水池を含めればサンフィールドの方が広大だけど、町そのものはどっこいどっこいだと思う。


「なら…そいつぁこのマウンテリバーでは貴重品ってことにならないか?」


(普通ならそうだと思う。だけど、この小瓶は余り品質が良くないので落とすとすぐ割れる…つまり、長い輸送の間に割れないで済む瓶が何本あるのか…損失を考えると、往復2箇月も掛けて輸入する人しようと考える人はほぼ居ないんじゃないかな…)


仕入れ原価は非常に安い。安いが、輸送コストを考えると数倍に跳ね上がっても割に合わない。多分、それが理由で輸出しようなんて考える人も居ないのだろう。仮に輸送コストをクリアしたとしても、こちらで売れるかどうかもわからないのだから…


「それは幾らで売ってくれるんだ?…流石に金貨…いや、銀貨って訳でもないんだろう?」


ようやく毒が抜けたはいいが、フラついている1人が訊いて来た。矢張り、体力が低下していて辛いのか、仲間に肩を借りてようやく立っている状態だ。


(無理しないで座ってればいいのになぁ…)


とは思ったものの、座りながら話すのは失礼と考えているのかも知れない。


「原価は物凄く安かったですよ。瓶が粗悪品でして…このくらいの高さから落としただけで割れてましたから」


と、手を下げてどれくらいの高さかを示す。僕の体格だと瓶を手に持った状態で60センチメーターも無いくらいだ。以前、手が濡れた状況で小瓶を持ったらツルっと滑って…後はいわなくてもわかると思う。


(瓶のデザインがマウンテリバーの物と同じように少々角張ってれば滑らなかったかも知れないのになぁ…)


そんなことを考えても過ぎ去った過去は戻らない。その時は、偶々1本しか手持ちが無かったせいで、疲れた足を引き摺って帰路についた訳だけど…あの時は辛かった。ま、それはいい。今は原価をそのまま正直にいうか、それとも欲張って足元を見るかだけど…


「正直にいうと、さっきもいいましたけど…安いです。瓶代入れて10本で銅貨2枚です」


「なっ…」


「それ、薬としてどうなんだ?」


「粗悪品じゃないのか?」


などと疑われるが、確かに僕自身もどうなんだろう?…とは思った。が、効果としては問題無くうたわれた通り発揮していて、非常に疲れた時に何度か飲んで実感している。


「いえ、さっきもいいましたが僕自身もあちらで仕事で赴いた時、何度か飲用していますが…問題なく効果を発揮していました。勿論、使い過ぎは良くないですが」


ごくり…と、誰ともなく出したであろう唾を飲み込む音が響く。お互い、顔を見合わせた後に、再び先程のふらついている男が質問を繰り返す。


「それで…君はその…体力回復薬スタミナポーションを幾らで売ろうと考えているんだい?」


と。


(別に原価で譲ってもいいんだよね…これ。売ろうと思って持ってた訳じゃないし…。解毒剤もそうだけど、目の前で人死にが出たら後味が悪いなと思って創っただけだし。でも、後からいいように使われるのが嫌だから高く売るっていってるだけ…。はぁ、どうしたもんかなぁ…)


「そう…ですね。スタミナポーションは、別に原価で譲っても構いませんよ。アイテムボックスの中に偶々残ってただけですので」


「アイテムボックス!?…その、腰に付けてる袋のことかい?」


「えぇ、これです」


紐を摘まんで持ち上げて見せるザック。巾着袋はゆらゆらと揺れているが口を結んだままなので中は見えない。


「中を見せて貰っても?…勿論、手は触れないので」


(触らなきゃ問題無いかな?…まぁ、触れても問題は無いけど)


ザックは巾着袋の口を両手で開けて見えるようにする。ザックの巾着袋の中を見ようと階段の出口で壁になっている面子を除いて集まって来た。


「えっと…危ないですからフラついてる人は座ってた方が…」


というと、残念そうにへたり込む3人。残りも全員が雁首並べて見る訳にもいかず、順番待ちとなった。


「ほぉ…これが…」


「この袋、山1つ越えた辺りの村で売ってなかったか?」


「確かに見覚えがあるな…」


などとアイテムボックスの中身…外側から見た目に反して広がっている空間を見て感嘆の声を上げたり、巾着袋のことについても話し合っている。そして、背を向けて何か相談している人も出てきた。耳を澄ますとこんな内容の話しが…


「あの村の特産品じゃないか、あれ?」


「ああ…まさかこんな隠し能力があったとはな」


「確か然程高い商品じゃなかった筈…」


「買占めに行くか?」


「あぁ…上手く行けば大儲けだ」


…なんて話しが小声でやりとりされていた。


(しょうがね~なぁ…欲に目が眩んだ人間って。でもしぃ~らねっと)


あの村にとっては特産品が売れるからいいことだろうし。


(あ~…でも、アイテムボックスじゃないと謂れの無い文句を付けられる可能性もあるのか…どうしたもんかなぁ?)


少し考え、確認するには金も時間が掛かかる為に実行し辛い方法と思い、こう説明した。


「えっと、この巾着袋はサクチーミ村で買った物ですが、買った時はアイテムボックスじゃあなかったですよ?」


と。


「え…じゃあ、唯の袋で?」


「えぇ…これは、サンフィールドの魔道具店で購入した拡張石で広げた物なんですよ」


「「「拡張石…」」」


ひそひそと話し合う数名。適当な話しをでっちあげたつもりだけど、どうやら信じてくれたようだ。


「それはお高いのでしょうか?」


「えぇ、まぁ、それなりに…頂いた報酬を殆ど使ってしまったかな?」


「ちなみにどれ程掛かったのですか?」


(突っ込んでくるなぁ…うーんどれくらいなら適正価格なのかわからん)


取り敢えず、おいそれと手を出せない金額にでもしておこうかと思ったけど大金貨は現実的じゃないので金貨にしておいた。


「金貨で100枚くらいだったかな…」


思い出してる風を装って近くに居る人だけに聞こえる声量で呟いておく。


「ひゃくまい…」


「くそたっか…」


絶望的な表情で仰ぎ見ている彼らの1人がこちらを見た。


「よく…そんな金を…どうやって稼いだんだ?」


目が濁ってる気がする。盗んだんじゃないか?…と、言外に物申す目のような気がした。


「あれ、聞いてないんですか?…サンフィールドで僕、仕事してきたんですよ…「治水工事」をね」


「治水…」


「…工事?」


「えぇ、予算が大金貨1000枚の大工事でしてね…」


急にざわざわしだす探索者たち。そして…


「坊主、さっきの解毒剤の代金だ。受け取ってくれ。すたみな…回復薬の代金もだ。悪いが急ぐんでな…」


急に雰囲気が代わり、手に銀貨が握らされる。それも10枚もだ。


「え、えぇ…じゃあこれを」


と、全部をいわせて貰えずにスタミナポーション3本を手から奪うようにして持ち去られる。へたり込んでいた3人に飲ませると、3つのチームは急いで支度をすると急ぎ足で歩いて行った…第2階層へと続く階段を登って…


「あ~…人の話しを全部聞かない内に…本当、知らないよ?」


ザックは溜息を吐いて、既に姿が見えなくなった探索者へと呟く。


━━━━━━━━━━━━━━━

人の話しを全部最後まで聞かないと困るのは自分たちっていうお話しでした。急がば回れともいうかな?


備考:

探索者ギルド預け入れ金

 金貨250枚、銅貨1617枚(変化なし)

ストレージ内のお金

 金貨23枚、銀貨10枚、銅貨61枚(変化なし)

財布内のお金:

 銀貨13枚、銅貨1枚(ダンジョン第3階層階段にて解毒薬×3(ザックお手製)と体力回復薬×3(サンフィールド産)の売却)

本日の買い物:

 なし

ザックの探索者ランク:

 ランクC(変化なし)

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