02 その2

呼び出しを受け、探索者ギルドに出頭したザックを待っていたのは「ランクアップ」だった。それまでのランクはE。最底辺のFから1年の内にEに上がっていたのだがぼっちが故にダンジョン第1層しか許可が出ずに、ランクEなのに最底辺扱いされていたザック。そのザックがサンフィールドの「水不足を解消して欲しい」という依頼をクリアしたことにより、2階級特進のランクCとなっていた。「殉職した訳でもないのに」とボケをかますが、今までのランクEの灰色のギルドカードはランクCを示す鉄色に変更されていた。

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- さて、何か依頼でも請けようかな? -


「ランクCかぁ…このランクで何が請けられるのか調べないとかなぁ…」


掲示板のある壁へと歩くザック。既に粗方割のいい依頼票は剥がされた後だが、残された依頼票からでも該当ランクの傾向はわかるというもの。DとCの掲示板を順繰りに見て回っていると…


「おうザック。ここはランクEの掲示板じゃねーぞ?」


と声が掛かった。


(誰だろう?)


…と思いつつ背後を見ると、


(えっと…誰だっけ?)


見知らぬ顔がこちらを見ていた。


「…あ、ご親切にどうも」


と、ぺこりと軽くお辞儀をして引き続き依頼票を検分する作業に戻るザック。


「…わからねぇ奴だな?…邪魔だからどけ!つってんだろぉ?」


ぐいと肩を掴まれて強引に後ろを振り向かされるのだが…


「あの、痛いんですが…」


嫌そうな顔で肩の手を退かそうとすると、そこには驚愕の表情を浮かべている名称不明のおっさんが居た。


「…なっ…お前…いつの間に…ランクDに…」


狼狽えているだけで質問した訳ではないのは口調からしてわかっている。が、ここはひとつ問いに応えるのは情けというものだろう…と考えたかどうかは不明だが、ザックはにやりと口角を歪めて答えた。


「あ、ついさっき、だけどね」


それだけいうと、肩の手を振り払って受付へと向かう。このままでは調査を邪魔されるばかりでどんな依頼を請けられるか把握できないと思ったからだ…



「あら、ザックくん。どうかした?」


サンディさんが居たので取り敢えず並んでみた…とはいえず、取り敢えず質問をしてみた。


「えっと…ランクDとCって、どんな依頼を請けられるのか。一般的に気を付けないといけない事とか…なんですが」


本来ならギルド長の所で聞けるんだろうと思っていたが、渡された規則表にはそれらしいことは載っておらず、常識的なことしか書かれてなかったのだ。せいぜい、ダンジョンの許可された階層がランクCで10階層までということくらいだろうか?


「規則表とか受け取らなかった?」


「これですか?」


懐から4つ折りにした規則表を渡し、受け取ったそれを見るサンディ。暫くしてから、返されるが…


「ここに書いてあるのが全てかな?…まぁ、ランクEの物と殆ど変わらないけどね?」


と、苦笑いされる。基本的に冒険者ギルドと変わらない内容で、違いといえばダンジョンの許可されている階層が追記されている程度だという。


「は、はぁ…でも、僕ってソロなんですが大丈夫なんでしょうか?」


「まぁ………大丈夫なんじゃない?」


これまた苦笑いで返される。ダンジョンは余り広い部屋は多くなく、殆どが横に3人が並んで戦闘できる程度の通路で構成されており、前後を魔物で囲まれない限りは通常のチームで行動していれば問題はない。深い階層に行く探索者は最低でも3人以上で構成を推奨されているのはそのせいだ。だが、個人でも強者の場合は例外的に深い階層に潜ることを認められている。


「ランクCに認められたってことは、十分強いってことなんだよ!ちゃんと自覚しなきゃね?」


ぽむぽむとサンディに肩を叩かれるザック。先程のおっさんのごつく硬い手で掴まれるより何倍も心地いい筈だが、考え込んでしまったザックは気付かないのであった…



- 依頼を請けてみよう! -


「じゃあ、ランクC初心者でも請けられる依頼とかありますか?…その、あんまり難しくない奴でひとつ…」


「え…っと、ランクCで難しくないねぇ…」


サンディさんが受付カウンターの影で掲示板に貼り出されてないであろう依頼票をぺらぺらと捲っているようだ。恐らくは塩漬けの古い依頼とか、定期的に貼り替えられてる常設依頼などだろう。


「…これなんかどうかな?」


ぴらっと手渡された古ぼけた紙が1枚。受け取って見るとこんな内容が書かれていた。



【薬草「魂魄草」探索依頼】

---------------

◎とある薬の材料の1つ「魂魄草」を探してください

◎必要数は10。最初の1本を採取してから3日以内に持ち帰ってください

◎いつまでも待っていますが、なるべく1年以内にお願いします

◎報酬は魂魄草10本で金貨1枚を支払います

---------------



…掲示板に掲載された日を見て愕然とする。それは…


「期限、1週間後じゃないですか…」


「まぁ、塩漬け依頼になってましたしねぇ…」


暫し無言の時間が続き、


「あの、請けてみますか?…勿論、失敗してもペナルティは無いです…よ?」


こちらを伺うような顔でサンディさんが見詰める。ペナルティが無い?


「期限が過ぎても大丈夫ってことですか?」


「えぇ…まぁ…。もう依頼主も諦めてるらしく、最初の半年くらいは毎月のように達成したかどうか訊きに来てたんですが…ね」


目線を下に向けて、何かを見ながら喋っているサンディさん。取り敢えずペナルティが無いならと、魂魄草の資料を借りて読むことにした。…あ、うん。対象の薬草が今の僕が採取しに行けるかどうかを判断してから請けるかどうかを決めようと思ったんだ。流石に性急に決めてダンジョンに潜ってから、「…やっぱり無理でした」ってのは流石に無責任だと思うしね…



魂魄草こんぱくそう生物いきものの魂が僅かに籠っているとされるが詳細は不明。万能薬エリクサーの原材料の1つ。生と死が漂うダンジョンの奥に極稀に生えている。籠っている魂は道半ばに倒れた探索者たちの魂ではないかと推測されるが採取してすぐにエリクサーの材料として消費される為に憶測でしかない。採取してから3日以内に処理をしないと効果が失われる為である…と」


資料を音読してみたが、「どの階層で見つかるのか」とか、「どのように持ち運べば保存状態を保てるのか」など、欲しい情報はさっぱり記録されていなかった。


(まぁ~…最悪、ストレージに放り込めばいいか。あれって、全く時間経過せんからなぁ…)


尚、アイテムボックスは付与された性能にもよるが、最下級の物は収納容量拡張だけで時間経過は普通にする。重量軽減が付与されている物はやや高級品で、時間経過緩和が付いている物が最上級品とされている。尤も、3種類の機能が付与されている物は滅多に見ることはできない。大抵は発掘、或いはドロップしたら高額オークションにまわされるか大金で買い取ってくれる大商人や貴族に売り飛ばされる為だ。噂で聞いた話しでは、見た目は革袋・容量1リッター・容量拡張10倍・時間経過緩和15%の代物が、大金貨10枚・金貨890枚でオークションで競り落とされたとか…。出品した冒険者のパーティは引退して悠々自適の生活を過ごせたか。それとも大金を奪い合ってどうにかなったのか。詳細は知らないけどね…


(前者だといいけど後者の可能性も高いんだよねぇ…人間の欲望って果てが無いし…。サンフィールドの治水工事事業費大金貨1000枚とか桁が違い過ぎてピンと来ないけど、どれくらいの報酬を貰ったか知りもしないのに襲ってくるのも、無理は無いのかなぁ…)


はぁと溜息を吐きながらザックは資料を纏めると、ギルドの図書室の司書をしているギルド職員に資料を返す。一応、必要な情報…魂魄草の姿絵とダンジョンで生えていそうな場所の特徴(流石に詳細な生息地や階層は書かれてなかったが)…は書き写してある。


「貴重な資料を貸して頂いて有難う御座いました」


「いえいえ。これってあの塩漬け依頼のでしょう?…もう期限も間近だと聞いていたのでどうなるんだろう?…って思っていたんですよ」


司書さんはニコニコとしながら資料を受け取りつつ、そういった。


「あ~、まぁ、魂魄草って植物にちょっと興味があったのもあって…」


確実に採取できるとは限らないし可能性を上げる為に資料を見て情報収集しに来ただけ…とはいえず、曖昧な笑みを浮かべてザックは図書室を出るのだった。



- 受付カウンター・サンディ -


「おかえり~。資料は見つかったかな?」


「えと…まぁ」


笑顔のサンディに、手にした紙を軽く持ち上げて応じるザック。


「じゃあこれ、依頼票ね」


「え…まだ請けるっていってないんですが…」


「でも請けるんでしょ?」


「えぇ、まぁ…」


許可された10階層…要は地下10階だ…までの探索ついでに見つかればいいかなと思っていたザックだ。もし道中で見つかれば戻って来た時に依頼を請け、同時に採取した魂魄草を引き渡してしまえば失敗せずに済む…そう思っていたのだが。


「最初の魂魄草を採取してから3日以内に戻って来ないとダメだからね?頑張って行ってらっしゃい!」


と、依頼票を強引に渡して突き放すサンディ。依頼票を見ると、既にサンディのサインが入っていて強制的に依頼を請けてしまっていることとなっていた…


(えぇ~!?そんな強引な………)


だが、既に依頼は請けていることとなっており、嫌でもクリアしないといけない。請けてしまってからのキャンセルは、キャンセル料が発生してしまうからだ。しかも…


(キャンセル料は報酬の半分だっけ…)


確か金貨1枚。半額は銀貨50枚だ。


(宿代1000日分…いや、今の僕ならぽん!と払える額だけど…ぐぬぬ)

※実際には前払いなら割引きが発生するのだが当日払いや1週間以内の前払いだと発生しない。


生来の貧乏性(実際に貧乏だったけど!)がキャンセルを拒否し、仕方なく請けることにするザック。3日という期限を考えて、探索者ギルド内にある食料品店に入り、保存食を3日分買い込む。


(まだストレージに在庫があるけど、買っておかないと何かいわれるかも知れないしなぁ…)


今日の分は通常の弁当にして、明日以降の分を保存食にする。水だけでは味気無いので味付けしてある果実水も購入しておく。


(後は…今までは不要だったけど、ダンジョン内の野営用の道具も揃えておくかぁ…)


ギルドの道具屋に向かい、店主に訊いて不足している道具類をいわれるままに揃えて買い込む。珍しいのは個人用の魔物避けの効果をもったシートだ。テントタイプもあるがシートタイプでも十分らしい。流石に10階層より下では効果が薄いらしいが…


(…一応、回復薬も補充しておくかな?)


最低限の低級回復薬ではなく、ノーマルな回復薬。そしていざ!という時の為のMPポーション。状態異常を回復する麻痺解除薬と解毒薬も念の為に買い揃えていく。第1階層では状態異常を与えてくる魔物は遭遇したことはないが、下の階層では稀に出現すると聞く。対策はしておくに越したことはないのだ。


(こんなもんかなぁ…)


目の前に並べられた道具類を見て再確認する。ひとつ頷くと


「じゃあこれでお願いします」


といって清算する。


「毎度あり!…全部でえーと…銀貨2枚と銅貨19枚だな」


いわれた通りの代金を支払い、サービスで渡された薄い布の袋に仕舞い込む。


「有難う御座いました!」


店主の声を背に受けながら店を出るザック。ちなみに今回購入した内訳はこんな感じだ。



食料品店

・弁当2食分…銅貨2枚(@銅貨1枚)

・保存食2日分…銅貨6枚(同上)

・果実水入りボトル×3…銅貨3枚(同上)


道具屋

・敵性生物忌避シート×1…銀貨1枚

・回復薬×5…銅貨50枚

・MPポーション×2…銅貨40枚

・麻痺解除薬×2…銅貨8枚

・解毒薬×2…銅貨8枚

・煙幕丸×1…銅貨2枚



単純に合計すると銀貨1枚と銅貨119枚で、財布から銀貨2枚と銅貨19枚を支払った訳だ。



- いざ、ダンジョンへ! -


「さてっと…行くか」


ダンジョン第1階層は1年程歩き回ってほぼ知り尽くしている階層だ。勿論第2階層への階段も位置を把握済みだ。このダンジョンは階層を階段で繋がっていて、通常は階段はセーフティーゾーン扱いになっている。仮に魔物から逃げて階段へと逃げ込めば、魔物はこちらを見失って暫くすると元の位置へと戻って行くらしい。但し、完全に安全という訳ではなく、大勢の魔物に追いかけられていた場合、階段に逃げ込んでも先頭の数体が後ろから迫っている魔物たちに押し出されて階段に突っ込むことも稀にあるようだ。その際、階段に押し込まれた魔物と階段上での戦闘になることもある…と聞き及んでいる。その際は諦めて勝利をもぎ取らない限り、待っているのは死…だろうね。


(…後、注意するのは10階層毎にあるボス部屋か)


僕が許可されている最下層の第10階層にある初めてのボス部屋。この中に居るボスを倒さないと先に進めない。逆に言えば、中に居るボスを倒せない探索者は、この先でも普通に徘徊している雑魚魔物にも勝てないということになる。勿論、ボスと同じ強さの雑魚が居る訳じゃないけど、若干の劣化版が雑魚として普通に居るらしい…。無事に撃破すると、ボス魔物のドロップ品と運が良ければ宝箱もドロップするらしい。運が悪ければ基本ドロップ1品以外は何も出ないらしいけどね。他、経験値がそこそこ大量に入るとか。…いや、自分の強さが具体的にわからないのでレベルアップとかしてもどの程度の強さなのかは次に戦ってみるまでわからないっていう。


(レベルアップした瞬間には体力の回復やMPの回復は感じるからわかるんだけど、どの程度の強さになったのか。どの程度の相手なら安全に戦えるのか。その辺は実際に戦ってみるか、相対してみないとわからないってのがなぁ…)


取り敢えず、自動運転でぼ~っとしながら襲い掛かってくる魔物を蹴散らし、生えている経路上の薬草などを採取するのは止めた方がいいなと、第2階層の階段を前にして我に返ったザックは思うのだった…(いつか死ぬかも知れんな…)と。


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夢遊病?…いいえ、自動運転です(ケフィアでもありません)


備考:

探索者ギルド預け入れ金

 金貨250枚、銅貨1617枚(変化なし)

ストレージ内のお金

 金貨23枚、銀貨10枚、銅貨61枚(変化なし)

財布内のお金:

 銀貨3枚、銅貨1枚(ギルド内店舗にて合計銀貨2枚と銅貨19枚を支払い)

本日の買い物:

 弁当・保存食2食分、・果実水入りボトル×3、敵性生物忌避シート×1、回復薬×5、MPポーション×2、麻痺解除薬×2、解毒薬×2、煙幕丸×1

ザックの探索者ランク:

 ランクC(変化なし)

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