12 その3

休憩地に辿り着けず、休憩がてら道の傍に仮初めの寝床という名の土蔵を即席で創りあげてその中で横になるザック。思ってたより疲労が濃かったせいか、そのまま朝まで寝こけてしまい土蔵を破壊されて起こされる。数人の人間が周囲を囲っており、ザックを捕まえて貯水池の治水資金を盗んで逃走したという指名手配書を見せられ、捕まえて突き出すという…あからさまな虚言にキレるザック。殺さぬように悪人たちを叩きのめすと慌てて逃走していったが、もし手配書が本物だとすれば誤解を解かないと後々面倒なことになるなと、サンフィールドに戻ることにしたのだった…

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- 不本意な出戻り -


「さぁ、ここだ」


そこそこ立派な建物の中に入り、その中の部屋に案内される。多分役所なんじゃないかな?って思うんだけど…故郷の村にはそんな建物はなかったし、マウンテリバーでも行ったことがないので自信はない…


「あ、はい」


案内されるがままに部屋に入る。そこには既に誰かが座っており、こちらを見上げていた。


「えっと…?」


「ザックくんといったか?掛け給え…」


有無をいわさぬ威圧感を感じて怯んだけど殺気などはない。ザックはいわれた通りに着席する。



「…結論からいおう。この手配書は…偽物だ」


「…本当ですか?」


頷く目前の偉そうな人。ならば、今後はあの連中からは追われることもないかな?…と思ってたんんだけど…


「だが、既にあちこちでこの手配書が見られているようだ」


「…え?」


「…ということはだ。今後も狙われる可能性は否めないな…おい」


「はっ」


思わぬ展開に目を白黒させていると1枚のカードと衣類が差し出される。


「…これは?」


「擬装用の身分証明カードとローブだ。ローブには顔を変える効果がある。流石に体全体を擬装する魔導具のローブは高価だからな…」


「…これを貸して貰えるので?」


擬装ということは身分や顔を一時的に変えて帰れということなんだろうけど、返すにしても何処で渡せばいいのだろう?…という意味で訊いたんだけど。


「いや、カードは破棄して貰えばいい。ローブは差し上げよう。元々、全身擬装の研究の過程でできた失敗作だからな。いい触らしさえしなければ自由にしていい」


「は、はぁ…わかりました。有難く」


「うむ。ではこれにて解散…」


ガタガタと席を立ち、座っていた人々は部屋から出て行った。暫く呆然と見送っていたが、ローブの内ポケットに紙が入っていることに気付き、取り出して見た。



【ザックくんへ】

我々の上役…まぁ領主のことなのだが…すまなかったな。虚偽の予算の公表。そして、最大の功労者に対する労力に見合わない報酬。余りにも巨額の予算を発表したことによる影響…今回の追剥染みた悪人どもの狼藉なのだが…今後も無いとはいえない状況だ。一時凌ぎにしかならないだろうが無いよりはマシだろう。という訳で、この「粗末なローブ虚ろいの容貌の装い」を贈ろう。金貨にして5枚程にしかならないしがない魔導具であるが有効活用して欲しい



(え…この見た目粗末なローブが金貨5枚!?…魔導具って見掛けに依らないんだな…


僕は紙をローブの内ポケットに戻すと上から羽織り擬装カードを首から掛けた後、元々の探索者カードをストレージに仕舞ってから門番さんに頷き、一緒に部屋を出たのだった…



- 今度こそ、サンフィールドを出立? -


「じゃあ僕はここで…色々と有難う御座いました」


ぺこりと頭を下げる。


「あぁ…色々と大変だったな。まぁ、後は任せておけとのことだから心配ないだろう。道中の安全を祈るしかできないが…達者でな!」


「はい!」


再び頭を下げて門から離れる。あれから2時間も経ってないんだけど、ようやく後顧の憂いを絶った僕は、サンフィールドから離れることとなった。尤も、馬車で1箇月の道を徒歩で帰還するという、トホホな旅程なんだけど…あ~、どれくらい遅れるんだろうなぁ…


「あ~…途中で個人か商人の馬車が通ったら手紙を運んで貰うように頼もうかな…」


取り敢えず休憩地で寝る時間を少し削ってでも手紙を書こうと思う。一応、預かって貰ってある荷物は先払いの宿賃が尽きても問題ないようにしてくれてるけど。余り帰還が遅れると処分される可能性もあるしね…先手を打っておかないと何されるかわからないご時世だし、できるだけの手は打っておかないと…などと考えてたら、


「おい!そこの坊主?…危ないぞ!避けてくれ!!」


と、タイミング悪く急いでいるのだろうか、馬車が暴走気味の速度で後ろから来た。


「!…うおおっ!?」


後ろを確認するまでもなく、馬と御者から発せられる圧にびびって大声を上げて横っ飛びに回避。勢い余って偶々生えてた木に全身を強かに強打して体が痺れる…幸い、痺れただけ、ちょっとした打撲だけで済んだ。


「あ~…びっくりした。つーか、何をそんなに慌ててるんだ?」


しゃがんで、ジンジンする右腕と右足を擦りながら馬車が去ってった方を見ながらぼやく僕。遠ざかりつつある馬車を見ると、大型だけどそんなに御大層な感じではなくて、使い古した中古のボロって感じ。所謂幌馬車で個人の商人が使ってるような物だ。中には荷物じゃなくて大勢の人間が乗っていた。まぁ荷物も積んでるようだけど、多分乗ってる人たち用の食料とか水が積んでいるんじゃないかな?


「…ん?」


ふと、左…サンフィールド側から音が近付いてくる。顔をそちらに向けると…うん、絵に描いたような「さっきの馬車を追跡してます!」といった風情の騎馬が数頭と、1台の馬車だった。まぁ、馬車は騎馬より速度が出ないのでようやく見えるかどうかって距離だったけど。


「…」


1騎の騎馬がこちらに向かい、残りはそのまま追いかけるようだ。そして、馬車が遅れて到着し、そのまま進むと思ったらすぐ近くまで来て停車した。「一体何だろう?」と思っていると先程の騎馬から人が…見たままなら騎士だろう…下馬してきた。馬車からは御者が何か中の人に話し掛けているだけで降りてくる気配はない。


(また何か厄介なことに巻き込まれる気がするんだけど…流石に人の足じゃ馬に勝てないしな…逃げるよりはここにいた方がマシ、かな…?)


もし、殺しに来てるなら殺気を纏っていると思うけど、感じられる気配には殺気ではなく疑心的な訝し気な気配しか感じられない。とすると、さっき大声で怒鳴っていた暴走馬車に乗ってる人たちは追われる者たちで、この騎士たちは追う者…つまりは逃げる犯罪者たちと犯罪者たちを追う騎士団って所だろうか?


「…すまないが、訊きたいことがある」


「…はぁ。何でしょうか?」


まだ木に叩き付けられて右腕と右足が痺れている。立ち上がろうとは思うけどもう暫くは無理っぽい。


「立って貰えないだろうか?」


「あ、えっと…申し訳ないですが、もう暫くは無理です。さっきの…」


「何?…無理と申すか?」


「えぇ…さっきの…」


すらりと剣を抜く騎士。


(え…ここで無礼打ち?)


まさかの展開に焦る僕。後ろ退ろうとしてぶつかった木が邪魔をしてそれも叶わない。もう1分もあれば痺れも取れて立てるんだけど…と困惑していると、馬車から慌てて出てくる人があった。



「ちょっ!…何勝手に無礼打ちしようとしてんのよ!」


ぼぐっ!


馬車から出て来た人物は、手に持った荷物…バッグかな?…を騎士の後頭部に思い切り、フルスイングして叩きつけた!


「うおっ…お嬢様、何を!」


「何を!じゃありません!!何勝手に情報源になりそうな人を殺そうとしてんの!?」


お嬢様…まぁ女性だな…が、騎士の兜を取り上げて投げ捨て、グーパンチで


ぼぐっ!


と殴り倒していた。突然起こったコントに僕はびっくりして見詰めていると、


「あ…その、すいません。お体大丈夫でしょうか?何処か怪我でも?」


と、当のお嬢様が駆け寄ってきて体のあちこちを擦って来た。


「あ、いえ、その…さっき暴走馬車が後ろから迫ってきて、危うくぶつかる所で避けたんですが…前方不注意…ではないですね。横に木があるとは思わなくて思い切りぶつかって痺れちゃいまして…無様に倒れてたんですよ…あはは………」


情けないことだから話し辛い。けど、嘘をいっても仕方ないので真正直にさっき起こったことを包み隠さずに述べる。


「…成程。では、先程の集団とは無関係の…逆に殺される所だったという訳ですね?」


話した内容を吟味し理解したお嬢様が端的に纏めて僕の立場を確認する。


「えぇ…ぶっちゃければそんなとこですね…で、まだ痺れが取れない内に…」


「うちの唐変木が貴方が立てないからと斬り殺そうとしてたと…」


「…も、ももも」


「桃?」


「申し訳ありませんでしたぁっ!」


恐らくは僕よりは数段身分が上の騎士さまが土下座をしていた。まぁ、誤解が解けたならそれでいいと思い許したんだけど…凄く緊張するわ。後で2人きりになった途端に暗殺とかされないよね?



「…で、何で馬車に同乗してるんでしょう、僕?」


「あら、いいじゃないですか…どの道、途中までは同じ道を進まなければならないのですし?」


山5つ越えたマウンテリバーまでは、この馬車がギリギリ2つ通り過ぎることが可能な街道というのも差し出がましい道を進むしかない。道を外れれば魔物が非常に多く出る山の中だし、そもそも馬車が進むには厳し過ぎるのだ。単騎で駆けるにも厳しい林や森の中では、魔物から逃げるのも難しい。


「えぇと…お嬢様がいいのであれば僕としては構わないのですが…」


(丁寧に話すのは別にいいんだけど、同年代の女の子と話すのは緊張するなぁ…お嬢様に話せるような話題なんて無いし…)


ふと馬車の外を見ると、例の騎士がチラチラとこちらに視線を向けていた。外敵の監視そっちのけでこっちを監視しててもいいんだろうか?…って、他にも数騎の護衛が居るからいいのか…


「外が気になりますか?」


「へ?…あ、いえ、その…」


僕はこちらを見ている騎士を見ながら、


「えぇ…こっちをずっと見ている騎士さんが居て、周囲の監視しなくていいのかなぁ~?」


と、しどろもどろに伝えると。おもむろにその騎士が居る方のドアを開けて(窓は嵌め殺しになっててドア毎開けないといけない模様)


「ハーミット!…貴方、ちゃんと仕事しないと首にするわよ!?」


と叫んで、バン!とドアを閉めて席に戻ったのだった…お嬢様、怖っ!!


「お嬢様!…ミュールお嬢様!…何卒!…何卒首だけはご容赦を!!」


と、窓越しなので聴き取り辛いけど何とか陳謝の声が聞こえてくる。


(ミュールっていうんだ、このお嬢様…)


普通、身分の高い人たちは一部を除いて滅多に名は名乗らない。下手に知れ渡ると、名を偽って悪さをしたり、名前を通じて探し出されて攫われたりするからだという。平民の人たちだって、同じ村や町の者以外には名をわざわざ教えることはない。大抵は村や町の中だけで色々と完結しているので、外部の者に教える必要が無いからだ。せいぜい、外部の人間と交流のある商人とか商店の人たちが必要に応じて教えている程度だろうか?…規模にも依るけど、教会があればその教会の人たちが他の村や町の教会との交流があるのでそれぞれ名前を交換しているという話しはあるけども…


「はぁ…何度いっても身分が下の者に対する偏見というか…あ、あらごめんなさいね?」


「いえ…でもあの騎士さんのいいたいことはわかる気がします」


「そう?」


可愛く小首を傾げるお嬢様ミュールさん。自分が護衛している貴族のお嬢様が、身分も下の…それも何処の馬の骨ともわからな…くはないけど。一応、擬装用の身分カードを見せてる訳だし…まぁ、ついさっきまで知らない男が同じ馬車に同乗してる訳だしね。男としては痛い程わかるよ…うん。


(要は、ぶっちゃければ嫉妬だよね…)


「ええ…だから、余り虐めないでくれれば…と」


(でないと、溢れんばかりの嫉妬心で殺されそうだし…)


僕は、外から漏れてくるハーミットさんの嫉妬心から来る昏い暗黒的な圧力で、今にも魂が殺されそうな悪寒に必死に抗い、そう伝えるので精一杯な僕だった…


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精神的に追い詰められるザックに明日はやってくるのか!?…それは、ミュールお嬢様の無意識の采配次第かも知れない…

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