06 その3

依頼人はミランダ婦人…いや婦人は名前じゃないけど…という名前だった。家名とかは聞いてないので知らないけど。そしてダンカンお頭に受けた鼓膜破裂はマウンテリバーの教会からヒーラーさんの出張サービス(ダンカンさんたちの給料天引きらしい)を受けて治癒した。サービスで血痕の付いた衣服を綺麗にして貰ったけど、自分がやった方が綺麗にできるよなぁって…いや、そんなことはどうでもいいか。その後、ようやくサンドフィールドっていう名のミランダ婦人の夫が統治する町へ向かうことになったんだけど、最初の野営地で水泥棒に出くわしたんだ。1度は撃退?したんだけど(勝手に逃げてったともいう)2度目の襲撃時に取り敢えず捕縛したんだけど放置してたせいで…うん、何事も後始末はきっちりやっとかないといけないってことなんだね。反省…

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- 野営地・翌朝 -


「んを?…何やら騒がしいな…って、あれ?」


寝こけていた御者台からのそりと起き上がると、馬車周辺は人が集まって何やら騒がしかった。人々は数人がとある地点に集まって何かと戦ってるって雰囲気が伝わってくる。


「あれは…あぁ、ロープトラップを仕掛けた所か…。また水泥棒が増えたんだろうか?」


ぼそぼそと呟きながら御者台を降りる。すると、すぐ傍にミランダ婦人とキャスパー御者がぼ~っと突っ立っていて、事の成り行きを見守ってる…そんな感じで佇んでいた。


「あの~、ミランダ婦人と師匠。どうかされましたか?」


いきなり師匠呼ばわりされたキャスパーさんがビクぅっ!…と小さく飛び上がって、ぎぎぎ…と油が切れた人形のように首を巡らして…まぁ簡単に言えばゆっくりと顔をこちらに向けて見たんだけど。


「おい…あれ、お前の仕業か?」


「はい?」


指差し向けた先…生き物のようにびよんびよんと…まぁ現実にはあんな生き物は居ないけど…跳ねてるロープに吊り下げられたトラップにぐったりとしている2人の水泥棒と、そのロープを切って囚われている水泥棒を救出しようとしている…ように見える数人の男たちが目に入る。ちなみに、ロープは地面に突き立っていて、棒のようにビンッ!と伸びて途中…大体3mくらいから性質が変わったかのように柔軟性のあるロープに変化して今だにびよんびよんと収縮してるって感じだ。自然界でこんな奇妙奇天烈なトラップなロープには、魔界にでも行かない限りお目に掛からないだろうね。多分、きっと…


「くそっ!…また武器を取られた!?」


「これで何本目だよ!…このトラップワームめぇっ!?」


大騒ぎになってる場面を直視して、(立札くらい立てとけばよかったかな?)と思いつつ、


「…あ~。まぁ~…そうですね…」


どんな説明をすれば早く理解してくれるかと思考に没頭してると、お2人がどんな風に理解したのかわからないが、気付いたらさっき見た男たちに囲まれてる状況に陥っていた。


「貴様があのようなトラップを敷いたのか?」


とか、


「今すぐレダとダレンを開放しろ!」


だの、まるで僕は悪者のような扱いの言葉責めを受けた。いや、悪いのはあの2人なんですけどね?…僕は対策を講じたに過ぎないし…とはいえ、説明責任を果たさないと話しが進まないのも事実。取り敢えず騒動でうるさいのも事実なので、まずは静かになって貰おうかな?



「…とまぁ、そういう訳でして。僕はこの2人が水泥棒をする現場を見まして、お2人は慌てて逃亡してったんですよ…。どうも水を運んでいるのがバレてしまったようで、後で再び盗みに来ると予想しましたので対策を講じたという訳です。ご理解頂けましたでしょうか?」


昨夜の事件の流れを掻い摘んで説明する中、辺りは静寂に包まれていた。依頼主とその従者であるミランダ婦人とキャスパー御者はそのまま立っていたけど…いや、馬車の中と御者席にでも座っていて貰いたかったんだけど立って聞いているというので仕方なくその通りにして貰っていた…他のメンツは一部静かな者たちを除いて土製のロープで縛られていた。といっても雁字搦めに拘束してたんじゃなくて、うるさいんで口と両手足をね。口は怒鳴らないように、両手足は暴力を振るって来ないようにね。ま、多少むーむーいってるけど叫ぶよりは静かなもんだと思う。


「…事件?の流れはこんな感じですが、誰か反論のある方はいらっしゃいますか?」


すると、水泥棒の2人の仲間だと思われる人が数名、挙手していた。さっき、水泥棒の名前を叫んでた人もその中に含まれているに、仲間なんだろう。3人程だから5人のチーム…いや、冒険者っぽいからパーティって奴かな?


「では、弁明があるようなので口の枷を解除しますが、また怒鳴り散らすのでしたら今度は鼻も塞ぎますからね。いいですか?」


3人はぶんぶんと首肯している。(大丈夫かな?)とは思ったけど顔の傍で土ロープを控えさせておけば変な言動はしないだろう…多分。


「では…解除」


脳裏でパラメータを追加して3人の拘束…口だけを解除した。魔法発動のキーワードだけを唱えても、僕のオリジナル魔法なので他人は解除できないんだけどね。さっきから「解除」って必死になって唱えている人が居るので笑わないように苦労してると、


「レダとダレンはあんなことをする男じゃない!」


と、最初に叫んでたことと大して変わり映えのしない発言が耳朶を打った。あぁ、最初は「解放しろ!」だったっけ?


「でも、昨夜、うちの馬車の水瓶から水を盗んでいったのは確かですよ?…うちの馬に水をやりに水瓶から離れた隙にやられたんですよ」


隣でキャスパーさんも「あぁ、あの時か…」などと相槌を打っている。


「そんなの見間違えだろう!…証拠はあるのかっ!?」


証拠と来たか。確かに証人が居ればいいんだけど、僕の身内では証人とは思われないだろうなぁ…つまり、第三者の証人が居なければ証拠足り得ないと…それがわかっている水泥棒の仲間たちはニヤリと笑ってこちらを睨んでいる。確信犯?それとも…。どちらにせよ、水場まで水を汲みに行けば良かったのに水泥棒をしてあんな目に遭っている仲間を助けたいのは…あー、どうしようかな。


(あの表情を鑑みるに、恐らくはグルなんだろうなぁ…)


暫く思案して「そういえば」と思い付き、未だにびよんびよんと跳ねている当人たちを降ろすことにした。いや、余り長時間ダイナミックに脳を揺らしていると後遺症が出るかも知れないって懸念もあったしね。


「おお…レダ!ダレン!…無事かぁっ!?」


と、号泣して2人を囲んでる仲間たち3人。まだロープで拘束してるからよちよち歩きで近寄ってしゃがみ込んでいるだけだけど…。そしてきっ!とこちらを向くと、


「さっさと開放しやがれ!」


などとほざいている。いや、別に開放する為に降ろしたんじゃないんだけどね?


「ふぅ…取り敢えず「ヒールハンド癒しの手当て」」


3人を避けて近寄り、ぐったりしている水泥棒の頭に手を当てて唱える。怪我をしてるんじゃなくて脳を揺らされてぐったりしてるから、回復効果は中程度で。今は足しか縛られてないからいきなり逃走しようとするかも知れないし、元気にしなくてもいいからね。


「う、う~ん…」


「ここは…?」


(おや、意識が戻ったようだね。じゃあ自分たちの口から昨夜何をしたか自供して貰おうかな?)


僕は、ニヤリと口を歪めて、もう1つの魔法を行使した。それは…


ピュアマインド・ウォーター素直に質問に返答する薬精製…」


コップを2つ持ち、精製した水で満たす。2人の目前に差し出し、


「お2人とも、一晩中絶叫して喉が渇いたでしょう?…お水です。どうぞ」


差し出されたコップを見て、確かに喉がカラッカラな2人は、


「あ、あぁ…」


「…すまない」


と、素直に受け取って…一気飲みした。余程喉が渇いてたんですね?


「げほげほ…美味いな、この水」


「あぁ…まるで生き返ったようだ…」


悪人ならではの感想だなとほくそ笑む。この水は名前の通り、飲む前はどんな嘘つきでも素直な心に強制的に、だがあくまで自然に改心して…質問された内容に馬鹿正直に返答する悪魔の水。人によっては効果が無いけど、それはその人が人として世間様に恥ない綺麗な心を持っていた場合だけだ。


「じゃあ質問するけど、いいですか?お二方」


「ん?…あぁいいぜ。どんな質問だ?」


「わかる内容でなら何でも答えますよ?」


意識のあった時の横暴な怒声を吐いていた、同じ口とは思えない清らか?な台詞が返される。仲間たちは「一体何が?」とか「あいつらあんな気持ちのいい青年だったか?」とか呟いていた。う~ん…そんなに激変する程、普段の粗暴さが洗い流されたとか…ちょっと効果が高過ぎたかな?…まぁいいや。機会があったら、残りの3人にも飲ましてやりたいな…残念ながら効果期間は1日くらいなんだよね…残念なことに(飲んだ水の大部分が汗や小便として体外に流れ出ちゃうので、残った量では効果が殆ど現れないせい)


(ま、こんな魔法水が創れることが何処かにバレたら、死ぬまで創らされるだろうから大っぴらにできないよね。幸い、こんな僻地にはそんな所に勤めてる人が居ないだろうけど)


取り敢えず、2人は昨夜何をしていたか。どうしてこんな所で拘束されていたかを聞き出す。証人なんて居なくても、本人から聞き出せれば…それは決定的な証拠となるし確実だからね!


「…いい辛いが、それは俺たちが水泥棒をしたせいだ」


「…あ、あぁ。済まない…水場に汲みに行くのを面倒がった為に迷惑を掛けた。本当に済まない…」


涙を流しながら自供する水泥棒の2人。というか、あんまり涙を流さないで欲しいかな?…ピュアマインド・ウォーターの効果が落ちちゃうからね。涙流したくらいじゃすぐに効果が無くなるって訳じゃないけど…


「…だそうですよ?」


顔を青くしている3人にドヤ顔で語ってみる。当の本人が自供した以上、水泥棒の罪は決定的だろう。…まぁ、そう思っても3人は


「くっ…俺は知らねえっ!…関係無い!!」


「そいつらが勝手にやったことだ。俺たちは無実だ!」


「このロープから解放しろや!…いい加減にしねえとぶっ殺すぞ!?」


と、申し開きどころか開き直りやがった。どうしてくれよう?…最後の奴なんて、単なる暴言にしかなってないし…


「ね、どうします?これ…」


ミランダ婦人に振り向いて裁定をお願いしようと思ったんだけど、当の婦人は黙ったまま。まぁ、どうしようか考えてるっぽいけど。


「師匠…」


「俺は…俺には判断は付かないな…」


その権利も無いしと呟いている。まぁ、御者には馬車を操作して旅程を進ませる仕事しか与えられてないもんね。しょうがないかぁ~…


「…我が町では、水泥棒は重罪です」


お?…ミランダ婦人が何かを語りだしたよ?


「我が町、サンフィールドは砂漠を傍に構えている町です。広大な砂漠が近い故に、水資源は僅かしか得られません。雨季に蓄えられる貯水池の水も、乾季にはその大部分が失われ…人々は水を買い求めて山を越え、魔境を越えて行き来するのです…」


うわぁ、魔境って…多分魔物が多く生息している魔の森のことだよな?…確か北の方にあるって聞いたことがあるんだけど…サンフィールドからは近いのか…


「確かに、この地はサンフィールドから山を5つ越えた地です。関係無いといわれれば無いのでしょう…ですが」


まぁここまで言えばわかるよね。一滴が血の一滴に値するサンフィールドへ持ち帰るべき水を盗んだ罪を。盗んだ水は馬に与える物だったとしても、代金を支払って得た物だし…盗めば罪を負うことになる。単純に支払った代金を弁償すればいいって訳じゃない。


「我が町では小さな子供でも知っています…「水を盗めば、代償は等量の血で贖え」と…聞けば水瓶の半量を盗んだとか。貴方がたの血で贖えますか?」


ちょっと冷気を感じた僕は、そっとミランダ婦人の顔を…見ようとして止めた。きっと、僕、見たら最期…おしっこちびっちゃうと思ったから…怖えよ!…だって、こちらを見てる人全員の表情が抜け落ちてデスマスクみたいになってんだもん…



「裁定…血で贖えないのなら全財産を以て賠償とせよ」


いやまぁ、水瓶の半分の血なんて、あの5人の生き血集めても足りないもんね。衣服や戦闘に使う道具類や武具。必要最低限の路銀は残して、残りの冒険者ギルドに預けてあるっていう全財産をサンフィールドの領主の館に届けるという…血印を押した契約書を交わし、取り敢えずの終結と相成りました。聞いた所によると、全部で金貨30枚くらいになるそうで…端数…といっても僕からすれば大金の銀貨やそれ以下の貨幣は…支払う賠償金には入れなくてもいいと許されたそうだ。まぁ、路銀にも金貨3枚くらいあったので、それは取り上げられて泣きそうになってたけどね…


「あは、あはははは…」


乾いた笑いを浮かべて…必ず交わされた契約を実行する魔法のギアス誓約が刻印された契約書なら問題ないだろうってことで、全員のロープを解除した。ちなみに、全員にここで見聞きした内容を他言しない、筆談による伝言も許さないって内容の契約を交わしてるけどね…何故って?


(まぁ…僕がサンフィールドで仕事を終える前に…何処ぞのやんごとない人々に拉致されたらたまんないから、だろうねぇ…)


有難いことではあるけど、サンフィールドに軟禁されないよね?…う~ん…どうにも身震いがするよ…これからクソ暑い砂漠地方に向かうってのに…


「取り敢えず、朝飯食ってから出発だ。先に飼い葉を与えて水をやってくれんか?」


「はい師匠!」


ようやく動き出した野営地に先程の騒動とは違う朝の営みの音が響き渡る…


「平和が一番だよね…」


そんな呟きを吐いて、僕は馬車のカーゴスペースへと向かった。


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水泥棒(水瓶(大)の半量…凡そ10リットル程。物は現代の牧場で扱ってる牛乳を入れて運んでるアレと大体同じくらいと想像して貰えば)をしてほぼ全財産を失う冒険者パーティが現れる。盗んだ額は水瓶半量程。ちなみに水瓶1杯分で銅貨1~3枚相当。貯水池から汲むか、生活魔法使役者がウォーターで生成するかで品質が変わる為にその価格は変動。水属性魔術師が作った水の場合はウォーターより高品質となる為、銅貨10枚程に上昇するらしい。が、予算不足により大部分は仕入れられるだけ貯水池から。不足分を生活魔法使役者に頼もうとしたが魔力不足により僅かしか買い取れなかったとか…苦労が偲ばれます

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