05 その2

ご婦人(実はまだ名前を聞いてない)の依頼で長期出張(マウンテリバーから山5つ越えた先の砂漠地方の町に向かう)に出る僕、ザックですが…出発する前から鼓膜破裂3回という…普通の人間が出す威力じゃないと思う。何あの音波兵器!?

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- 取り敢えず治療されるザック -


「では、お大事に…」


「はぁ…どうも」


出張サービスで教会から出張ってきたヒーラーさん(女性)が手際よく僕の耳を治癒と洗浄を施し、主犯のダンカンさんから寄付料という名の治癒代金を受け取り、次の目的地へと歩いて行った。ちなみに、サービス(有料ではなく、無料の意味での)と称して、垂れた耳血が汚した衣服の洗浄もしてくれた。僕のクリーンとは違って表面の汚れを削っただけなので若干血が染み込んでたけどね…


(臭いも残ってるか…まぁサービスだからしょうがないかな?)


手を抜かないと布地も削ってしまうからしょうがないけど。僕はピュアウォーターを少し含ませて汚れを浮かしてクリーンで分解。弱めにドライを掛けて余分な水分を飛ばす。全部低威力なので掛かった時間は2秒とない。無音なので誰も気付いてないんじゃないかな?…魔力視を使えれば気付くかも知れないけど、魔力も然程消費してないんだよね。


「…!…!?」


ご婦人さんはさっきからダンカンに説教をしている。ヒーラーさんも居なくなったし、水瓶の積み込みもあるだけは済んだみたいだし、そろそろ出発した方がいいんじゃないかなぁ?…ちなみにダンカンさんがご婦人の名前をいってたような?確か…


「えーと、ミランダさん、かな?…そろそろ出発した方がいいんじゃないかなと思うんですが…」


いつまでも、いい年したおっさんが老齢に届きそうな妙齢の女性から正座させられて説教をする図を見てる訳にもいかないので、遠回しに口を挟んでみた。


「急がないと故郷の人々が困るんじゃないですか?」


と…


「…そう、ですね。しかし困ったわ…。残りの空の水瓶はどうしましょう…」


ずらっと並んでいる108本の空の水瓶が馬車に詰め込まれずに並べられている。馬房の宿亭の前に並んだそれは邪魔以外の何ものでもないだろうと思う。少し思案した後、


「取り敢えず詰め込んで貰ったらどうでしょう?…道中で綺麗な泉でもあれば補給できると思いますし…」


と、適当なことをいって人足さんたちに馬車へ詰め込んで貰った。ちなみに、先に詰めた100本近くの水瓶は水が満載されてるのにも関わらず、馬車は軋みのひとつも立てていない。いや、御者の人が作業の合間に試しに少しだけ走らせてたのでわかったんだけどね…繋いでいた馬2頭も普通に引いてたんで驚いたけど。


(この馬車、重量軽減も施されてるんだな…それもかなり強力な奴を)


でなければ、見た目は普通のお馬さん2頭だけで引ける訳がない。車体も屋根に積んだ荷物くらいしか重さを感じさせない感じだったし(流石に屋根の上の荷物スペースには何も魔術を施してないっぽい)



- ようやく出立するザックたち -


「ありがとうございました!」


「はい。次はあんなことは無いようにお願いしますよ?」


ダンカンさんたちが控えめな声量で出発する僕たちに頭を下げる。ミランダさんが小言で締め括り、馬車に乗り込む。僕も軽く頭を下げてから続いて乗り込んだ。


「ふぅ…疲れた」


「本当に…まさか、こんな大怪我するとは思わなかったわ」


ミランダ婦人じゃなくて、僕だけどね。3回も鼓膜を破壊されるとは夢にも思わなかったよ…。こんなとこ、鍛えられる部分じゃないからなぁ…


「鍛錬不足ですかね?…う~ん」


「ほほほ…急いで耳を塞ぐ鍛錬をすればいいのですよ?」


「え~…ダンカンさんの傍に寄らなければいいんじゃないですか?」


しかし、ミランダ婦人は微笑みを絶やさないでこちらを見るばかり。え?まさか…砂漠って似たような攻撃をしてくる魔物でもいるのっ!?



あれから数時間が経過し、一行は最初の休憩予定地に辿り着いた。出発がある程度遅れてしまった為に休憩予定地は混雑しており、この大型馬車を停める隙間は無いように見える。


「ご主人様、馬車が停められるスペースはないみたいです。如何致しましょうか?」


初めて御者さんの声を聞いたけど、割と渋い声だ。見た目は年相応の中年男性で中肉中背で何処にでも居るようなおっさんなんだけど、声は目元を隠す仮面を被ったイケメン戦士(男)みたいだ。口癖は「当たらなければどうということはない」とか「見せて貰おうか…新型武器の性能とやらを!」とかだったかな?…これも町の食堂で聞いた演劇の舞台役者の台詞なんだけどね。何で声が似てるのがわかったって?…当人が居なくても音を記録しておけば後でいつでも聞ける魔道具があって、それを使って聞いてたんだ…その人たち。あんな高価そうな魔道具を持ってるってことは、お金持ちか大商人だったのかなぁ?あ、そのイケメン戦士の容姿は、配ってたチラシで描かれてたんだ。表にはイケメン戦士と若い戦士の2人が描かれてたんだけど、2人の争いの舞台なのかな?


「そうね…お昼を食べられればいいし…。あなたには休む時間が無くて申し訳ないのだけど」


「いえ、食事が摂れれば1日程度は問題御座いません」


互いに信じあっている主従の関係を見ていて少し感動しつつ…僕も口添えしようと思った。


「時間もありませんし、御者さんの食事の間は僕が手綱を握りますよ。道が真っすぐなら持ってるだけで問題ないですよね?」


「いえ、客人の手間を取らす訳には…」


ミランダ婦人がそのやり取りをじっと見つめ、


「ザックくんは御者の経験は?」


「あ、いえ。無いですが…」


「そう。では、教えてあげなさい。道中、キャスパーが怪我をすることもあるでしょう?」


キャスパーっていうんだ…この御者さん。見た目はおっさんだけど…名前ははっちゃけてる感じがしてる気がする。何だろう…この感じ?


「…わかりました。ご主人様のいう通りにしましょう」


渋々、キャスパーさんは僕への御者の教育を承諾した。但し、今すぐという訳にはいかないだろう。ここは休憩地であり、他の人も馬車・馬も多いからだ。


「では、先に進みましょう。ザックくんといったか…君への教育は安全と思われる場所で行おうと思う」


「わかりました。その前に…」


僕は宿で頼んでいた弁当を荷物から取り出す。予想した通り、御者とミランダ婦人と僕の3人分を作って貰っておいたんだ。もし、4人目が居たら困ったことになるんだけど、その時は分け合えばいいし。


「はい。出る前に買っておいた弁当です。ミランダ婦人の分はこれになります…といっても中身は全部同じなんですけどね」


僕は2つを持って御者席に乗り込む。キャスパーさんは少し驚いていたけど、無言で御者席に乗り込んできた。


「先に食っとけ。手綱の動かし方を説明したら、俺も食わせて貰おう…」


「はい!」



ミランダ婦人はその様子を見て、「大丈夫そうね…」と微笑み、渡された弁当を開くことにした。後方の席に座って壁に仕込まれた小型テーブルを伸ばし、固定する。


「さて…あら。飲み物もあるのね?」


弁当の蓋を外すと中には小型の容器が入っており、蓋を取ると中にお茶…紅茶が入っており、既に温くなっていたが香りが漂って来た。蓋は一旦外すと差し込むことはできるが緩くなってしまう為に再利用はできない。使い捨てと割り切ってコスト削減しているみたいだ。


こくり…


一口含み、舌の上で転がしてから嚥下するミランダ婦人。味に満足したようでゆっくりと頷いた後に弁当本体に視線を移す。食器は木製の小さ目のフォークとスプーンしかないが、見た感じはそれ程硬い食材は無いように見える。弁当箱の中は幾つかの区画に別れており、内蓋があるのはスープがあるように見える。


「これはスープかしら?」


僅かに出ている突起に指を引っかけて静かに引っ張ると、予想した通りに液体…スープが入っていた。知らずに引っ張れば盛大に手を…酷ければ服すらも汚してしまう罠だが…


「あら、紙が…食事をする時の説明書なのね」


ふむふむと読み進める婦人。確かに例の蓋の中身も説明書には注意と記されていた。


「ぅわっちぃ!…これ、スープぅ~!?」


御者席から悲鳴が聞こえてきた。どうやらザックくんが説明書を読まずにやらかしたらしい。くすくすと笑いながら次の食事を堪能することにする。彼は水魔法を使えるのだし問題無いと思…無いわよね?


「ふぅ…堪能したわ…。あの宿の料理長、スカウトできないかしら?」


見た所、食材そのものは特に珍しい物や高価な物、入手が難しい物は無かった。が、多少温く冷えてしまってもこれだけ美味しいお弁当を作る技量、食べる者が美味しく食事できる為の気配り…あの説明書ね。そして食器を添付しても可能な徹底的なコストダウン。なかなかできることでは無いと思う。


「うちの料理長も腕は悪くないんだけどねぇ…」


伝統通りに作られる料理には…悪く言えば飽きた。よくいっても…


「毎日食べるにしてもレパートリーが少なくて…やっぱり飽きちゃったとしかいえないわね」


(食材も種類が少ないのもあるからしょうがないのかしら?…だから、今回は水以外にも食材を買い込んだのだけれど…)


「料理のレパートリーが増えて、輸入する意義が見いだせれば夫に…領主さまに上申できるのだけど…あの料理長じゃ難しいわねぇ…頭固いし」


取り敢えず弁当を食べ終えたミランダ婦人は説明書通りに弁当箱に食器を収め、外箱の蓋をして最初に外した紐で結わえる。説明書には、「そのまま燃えるゴミとして破棄できるので、強めに結わえて大丈夫です」と書かれていたのできつく縛った。これで蓋が取れて中身が飛び出すこともない。


「ふふ…これも気配りなのでしょうね」


婦人はぽいっと車内備え付けのゴミ箱に弁当箱を放り込んだ。それは、見た目は室内によくあるゴミ箱と変わらないが、内容量拡張の魔法を付与された特注品だった…



「ぅわっちぃ!…これ、スープぅ~!?」


弁当箱の外蓋を外して中にも蓋を発見した僕は、構わず内蓋も取り外した。正確には一辺が外れなかったんだけど。そして…盛大に中身のスープが顔を襲ったんだ!


「おやおや…御者席を汚さないで下さいよ?」


皮肉を込めたのか丁寧語でキャスパーさんがちらと視線だけこちらに寄越して来た。表情は変わってないので、仮に汚しても後で綺麗にすれば大丈夫なんじゃないかな?…まぁ僕には無敵のクリーン清浄化があるから問題ないけど…まぁ、傷付けたら弁償代がトンでもない額になりそうだから、先にピュアウォーターで汚れを浮かしてからかな?


「………」


聴き取れないくらい小さな声でピュアウォーターとクリーン、最後にドライを行使。これでスープがかかってきた部分は綺麗になった筈。被害が出たのは僕の顔と衣服のみ。ざぱっ!と掛かった訳じゃなくて、少し跳ねただけだからね。弁当箱側にもまだスープが残ってるし。


「また跳ねて来ない内に飲んじゃうか…」


スプーンを取ってずずーっと口に移して飲んでしまう。底の形が四角ではなくて丸く湾曲してるから飲み残しも少なくて助かる…っていうか、こんな細工を施して一体幾らで売り出すつもりなんだ?…あの料理長は。


「弁当箱そのものは使い捨てっていってたよなぁ…入れ物だけで銅貨1枚行っちゃいそうなんだけど…」


実際には使い捨ての容器なんかは卑賎で買えるくらいの価値しかない。10個纏めて、100個纏めて幾らって世界なんだよね…聞いた話しで申し訳ないけど。大体、宿の食堂で使っている食器で言えば、普通サイズの丸皿が100枚で銅貨1枚くらいの価値。勿論焼き物の高級品じゃなくて木製の割れない奴ね。食器に使えるギリギリの品質の木材…建材として使えない細い木とか曲がりくねった木が材料になるのかな?…を切り出して削って研磨して…病気を持ってないか?というのも最初に調べるけどね。そして鑑定持ちが品質を保証して初めて卸せるんだけど、それで100枚で銅貨5枚いけばいい方かな?これが銘持ちの木造作家が作った皿なら数10倍とかに価値が上がるんだけどね。有名陶芸家が作った皿なら、木皿の10倍から数100倍ってなるかな。無名でも見目が良くてすぐ割れるような粗雑な物じゃなければ木皿の5倍以上で売れるしね…まぁ、どれもこれもギルドで調べものをしてた時に目にした情報とかまた聞きの情報で…皿なんて作る気がないからどーでもいい話しになるんだよね…はぁ。


「取り敢えず急いで食ってくれないか?」


キャスパーさんが急かすので味を堪能する暇もなく一気食いする羽目に。何かこう…考え込んでると動きが止まってるみたいなんだよね、僕。悪い癖は中々治らないっていう…



「食べ終わりました」


「口の周りに付いてるぞ」


端的に口の汚れを指摘されて、手拭いで急いで拭く。まぁ汚れは後で綺麗にすればいいか…と思いつつ、ゴシゴシと…


「手の汚れも落としたか?…ではこれを頼む」


キャスパーさんが手綱をずいっと寄越し、弁当箱を取って端に寄った。


「あ、はい…」


御者席の中央付近へと腰を移し、キャスパーさんが持ってたポーズで手綱を握る。別に持ち上げてる訳じゃなく、力を抜いて自然体で両手で保持してたので真似してるだけだけど…


「お、美味いなこれ…」


キャスパーさんは僕の失敗を見てたのか特にスープの洗礼を受けずに食事をしていた。紅茶の入った容器も蓋を開けてずずずと飲んでいる。スープ以外はフォークで突いて食べるだけなので基本は片手で弁当本体を保持し、片手で食べられるのがこの弁当のいい所だ。そして冷えても美味しく食せる。これも弁当の基本の1つだ。料理長は「食い物ってのはいつでも美味しく食べるものだからな」が基本理念の1つといってたし。


「…ふぅ、ごっそさん」


などと考察?に没頭してたら食べ終えたようで、キャスパーさんは弁当箱の蓋をして紐で縛っていた。どうやら説明書を読んでくれたようだ…って、読まずにスープの洗礼を受けた僕がいうことじゃないか…がっくし。


「じゃあ…」


「はい!師匠!!」


「教えることは、もうない」


「ええ~っ!?」


「馬車を最初から最後まで走らすんでなければな?」


「あ、そうなんですか…じゃあ!」


「だが、断る!…俺の仕事を奪わせる訳にはいかない!!」


以上、僕の御者技術習得の機会は永遠に失われたのでした…。まぁ、「見て盗むなら見てても構わんがな?」とのお言葉に、以後は御者席が僕の居場所となったのだった…ミランダ婦人が寂しそうにしてたけどね?



- 野営地に到着す -


「ここが今晩の野営地だ。誰よりも先に出発したから、停められる場所があって良かった…」


本来の出発時間より1時間程早かったお陰で、先行していたり逆方向からの旅人たちの馬車や馬、徒歩旅行者しか居らずに大型馬車の停車空間が確保できていた。尤も、この野営地の水場は結構歩いた先にあり、水瓶に水を汲むには向かないと釘を刺されたんだけど…


「水場って…井戸じゃなくて?」


「あぁ…ささやかだが渓流があるんだ。水量は普通だけどちと遠いんだ。坂道になってるから行き来が大変というのもある」


「成程…」


坂道があり、見える範囲ではその道も狭いから人が譲り合ってすれ違うのが限界に見える。大型の水瓶なんぞ抱えてたらそれこそすれ違うのも大仕事だろうなぁ。


(せいぜい、片手で持てる水筒を1つ2つ持つくらいかなぁ?)


両手で持ち上げて蟹股がにまたで持ち運ぶような大型の水瓶だと細い坂道を1人で占有してしまう。行きも帰りもだ…これじゃ他人からはブーイング必至。荒くれ者の冒険者とすれ違おうものなら足を引っ掛けられて大笑いされるに違いない…結果、貴重な水瓶を1つ失うと…婦人に冷たい目で怒られそうだな。


「まだ山1つ越えてないせいか渓流とかあるんですね。砂漠の地方だと無いんでしょうか?」


「坊主は外に出たことはないのか?」


「あ、いえ…逆方向の山3つ越えた所が故郷でして…」


「成程な…」


ちなみに馬車を固定し、馬を馬車から解放して馬草を食わせたり。例のカーゴスペースに積んでいる水瓶から専用の水桶に注いで飲ませたりとかしながら話している。御者の技術を盗みたいなら作業を手伝えっていわれてさ…まぁ何もしないでボサっとしてるよりはマシなんだけどね…。あ~お馬ちゃんかわええ…ブラッシングしようね?


ぶひひぃん!


(ぶわさぶわさと頭振って…うわ涎が飛んできた!)


「気に入られたようだな。まぁ存分に世話してやればいい。世話すればするだけ、返してくれるからな?」


何となく言葉足らずだけど、まぁいおうとしてる意味はわからなくもない。人間だって素直な性格の人なら好意を寄せてくるもんだし。ひねてる奴?…知らん。何しても返すつもりがない奴は世話するだけ無駄だからね!


「あぁ、水瓶仕舞っておいてくれ。後はこちらでやっとくから」


キャスパーさんがそういったので放置していた水瓶を仕舞おうとカーゴスペースに向かったんだけど…


「ちっ!やべえ気付かれた!!」


「急げ、ずらかるぞ!!」


と、何やら暗がりから走り去る人影が2人分。何があった?…と思って歩み寄ると。


「水瓶の水が…あぁ、ほぼ空っぽだな」


確か、半分くらいは残ってた筈。まぁ横に倒れてる状況で残ってる筈もないか。


「他の水瓶は…無事か」


元々空の水瓶が手前にあった為に馬用に出していた物が最後の1つとでも思われたんだろうな…


「不幸中の幸いといえばいいのかなぁ?…でも、これじゃお馬さんが可哀そうだよな」


水無しでは馬は2日ともたないだろうし…。尤も、残りの道程で馬に全投入しても問題はない…却って余るくらいにはあるし?


「はぁ~…水泥棒さんには後で何かしら対価を頂くとして、まずは水の補充か…」


(補充するには渓流まで降りて汲んでこないいけないけど、道は細いから却下。僕が汲んでくればいいんだけど面倒だしね…わざわざ苦労して汲む必要はないからなぁ。水泥棒はまだミランダ婦人とキャスパーさんにはバレてないみたいだし…)


取り敢えず横になってる水瓶を立ててピュアウォーターを行使。汚れを落とす為に内外全てを洗い流すように。


「…よし」


水瓶を持ち上げてひっくり返す。水で手を滑らせないようにドライで外側だけ乾かした後でね。中身が殆ど流れ落ちたことを確認した後、中身をどうするか考える。


「…人が飲む用じゃなければウォーターで十分かな?」


僕が行使するウォーターで生成する水は、標準仕様の生活魔法のウォーターよりは高品質だと思う。実はさっき試しにトイレに行った時に生成してみたんだけど…


(淀みや汚れが殆どなかったし…多分、雑味も殆どないんじゃないかな?)


流石にピュアウォーターのような蒸留水レベルではないと思う。あぁ、蒸留水ってのは蒸留酒を生成する時と同様の過程で精製する水なんだけど。水を沸騰させて発生した水蒸気ってのを冷却して造る綺麗な混じり気の少ない水って本に書いてあった。まぁ、ガラス製か金属製の特殊な装置を使う必要があるから造ったことはないんだけどね。


(まぁ、ピュアウォーターが使える僕には関係は無いか…)


取り敢えずは目の前の水瓶を水で満たす方が先だね。


「…水瓶の8割くらいを埋める量で…ウォーター」


水瓶の口ではなく、内部に水球を発生させてゆっくりと注ぐように水を落とす。次第に水瓶は予定通りの8分目を満たして水位上昇が止まる。


「蓋は…あった」


蓋を手に取って小容量のピュアウォーターで流して土汚れを洗い流す。


「あいつら、蓋をこんなに汚しやがって…」


ぶつくさ言いながら蓋をセットしてぐりっと回す。この水瓶は輸送時に転倒しても中身が零れないようにこうして蓋をすると中の突起が噛み合って外れないような構造になっている。流石に割れたら中身は出ちゃうけどね…後、頑丈だけど陶器なので隙間が開いてるから、長時間横倒しにしてると徐々に漏れ出す…まぁしょうがないか、陶器製だし。


「あ…陶器ってことは素材は土か。土だな…なら!」



時間が掛かりそうだったのでミランダ婦人とキャスパー御者に断りを入れて、再び馬車の後部…カーゴスペースに戻ってきた。いや、元々僕は「水不足を何とかして欲しい」って依頼で婦人について来た訳だし?


「取り敢えず邪魔が入らないようにしないとな…また水泥棒が来ても面倒だし…」


ダンジョンの中で泊る時に使う…ことは無かったんだけど、万が一ってことで買っておいたんだ…結界符を荷物から取り出した。あぁ、すぐ取り出して使う用の腰に取り付けてるポーチからだけどね。これはいつも持ち歩いてるので御者席に居た時にも腰にあった奴だ。いつも背負ってるのは貴重品も多かったので馬車の中の…使ってない席に置かせて貰ってるけど。


「さて…解析…」


これは生活魔法とは関係ない僕のスキル。魔力は一切使わないので多分魔法じゃないと思う。じゃあ何?って訊かれても説明はできないんだけどね…本当に何だろう?


「…成程」


呪符に込められた魔法陣ぽい魔力回路の解析が完了する。使い道からして「魔物」を「遠ざける」効果を含んだモノとわかってるから、「魔物」の部分を「悪意のある生物」に置き換えるだけでいい。簡単なように見えるけど、多分呪符を創ってる人でも難しいかも知れない。0から呪符を創ってる人なら可能だろうけどね。


「…対象を呪符に設定。パラメータ「魔物」を「悪意のある生物」に改変と設定。魔力回路改変開始…終了」


僅かに立ち上がる魔力の残滓を幻視し、置いてあった呪符を手に取る。そして、馬車の後部…カーゴスペースの上辺りに貼り付け、


「「人避け」呪符起動…」


パラメータが変わって名称が連動して変化した魔除け呪符ならず人避け呪符を起動させる。正確には悪意をもつ生物避け呪符だが、まぁ目的通りの名前だからいいかと放置。


ぅぅううぅぅ…


普通には聞き取れない音…人の呻き声にも聞こえるそれを聞き取り、


「よし、正常稼働を確認。これで安心して作業に入れるな!」


と、安心して水瓶を取り出した。その数108本…まごまごしてると夜が明けちゃうからね。ちなみに2人に何ていった来たかというと、


「不審者を見掛けたので、今日は不寝番を僕がします。お2人は馬車の中でゆっくり寝てて下さい」


ってね。一応、お馬さんも馬車の近くに居るから人避けの呪符の効果範囲内に居るから問題無し!…さて、サクサク行こうかな…やっぱし僕も少しは寝たいからね!


ごとん、ごとん、ごとん…


水瓶を1つ1つ取り出して並べていく。流石に全部取り出すと隣の馬車まで水瓶で埋まっちゃうから、取り敢えず10本づつ取り出して並べて…


「…ウォーターボール×10」


投入する水の量は同じ8分目までだからそこは変えずに同時に10の水球を生成するようにパラメータを変える。目視した水瓶の内部に発動させるだけなので、同時生成個数だけ発動キーワードに追加しただけだけど。


どぽぽぽぽ…


内部に流れ落ちる音が10個分あるからそこそこ響き渡るけど、人避けの呪符が効いてるからか水泥棒は近寄って来ない。今回は作業を見られても困るから「安易に水を分けてくれ」って考える人間も含めている。水音を聞いて近寄るまでは防げないけど(流石に3つ以上も条件付与は難しいし)、作業現場を見てそのような考えが思い浮かんだ瞬間に自然と遠避けるって塩梅だ。この場所は水場への道からも結構遠いから最初から水場で水を汲もうと考えてる人ならかち合うことは無いって訳だ。


「…よし、10本いっちょ上がり」


蓋を再び付けてぐりぐりと回し…ふと思い出す。


「あ、さっきも思い浮かんだけど…」


(折角の水瓶が割れないようにしとかないとな)


そう…水瓶全部に「アースウォール・デフアップ土壁硬化」を掛ければいいんじゃね?…てね。この魔法は土でできている壁状の物なら割合と対応してくれる。この場合は壁じゃないけど何とかできる気がするし。


「じゃあ早速…アースウォール・デフアップ×10」


目の前の水瓶10本にバフ魔法が掛かっていく。こんこんと手で叩いてみたが、水瓶が出すような音じゃない硬質音が響くのがわかった。


「問題無さそうだな…よしよし」


検証完了とほくそ笑んで、残りの水瓶も水を注ぐ前に洗浄と強化、そして注水と繰り返した。いや、途中で面倒になってアレンジしてその3工程を自動化したけどね。いや、魔力節約と時間節約のダブルでお得だからいいじゃん…


「ふぅ…さて、水が入っている水瓶はどないしょ…」


流石に注水してくれた努力を無碍にするのもなんだしな…と思った僕は、水瓶の強化だけに留めることにした。これもアレンジで強化×10の自動魔法を創ってからやり遂げました。端数の残り8本は8回アースウォール・デフアップしたんじゃなくて、単に×8で省略したけども。回数指定はデフォルト機能だからね…使える物は使おうって基本方針だし!



「ふぅ…疲れた。さて、仕舞ってから寝るかな…」


最後の8本の水瓶をえっちらおっちらとカーゴスペースに仕舞い込み、蓋を閉じて預かっていた鍵で施錠する。これは物理鍵と魔法鍵を兼任していて、カーゴスペースの物理鍵を強化する魔法鍵が掛かっている…いや、聞くつもりはなかったんだけど、キャスパーさんが「凄いだろぉ!?」って嬉々として説明してくれたんだけどね…子供かっ!?


「はぁ~…さて、人避けの呪符だけじゃちょっと不安だしな…」


生活魔法のアレンジ魔法が炸裂するぜ!…とばかりに、ちょっと仕掛けを仕込んでおいた。誰も来なければ発動することもないから問題ないだろうし!…何て思っていた時期がありました…



「ぎゃあああああっ!?」


「助けてくれぇぇぇっ!!」


うぅぅぅぅ~~~~~~!!!


ようやく眠りに落ちた頃。寝入りばなって奴だな。突然の叫び声×2名様と警報音でその眠りは引き裂かれたのだ…


「な?何だ何だ!?」


ガバッ!と飛び起きて目を擦りつつ罠を張った辺りを見回す。


「お~…まさか引っ掛かる奴が居るとは思わなかったんだけどなぁ~…」


見上げると、びよんびよんと未だに跳ねてる特製のロープ…素材は土だけど…に足を引っ掛けられて泣き喚いてる大の大人…多分、僕よりは年上だと思う…が叫んでいた。特製というだけあって、そんじょそこらの安物ナイフや短剣くらいじゃ切り裂けないんだよね、これ。下手に斬り付けると粘着性の汁が滲んできてロープに引っ付いて剥がれなくなるし。


「そこの!おい!助けろ!!」


「助けてくれないと、酷い目に遭わせるぞ!!」


…と、見えないけど多分凄んでるんだと思うけど、暗闇の中でびよんびよん跳ねてるロープに振り回されてるだけなので…ぶっちゃけ何の恐怖も感じない。何か危険な武器を投げてくれば話しは別だけどね。


(手持ちの武器は…あ、全てロープが奪取済みか…朝まで放置してても問題ないかな?)


ちなみに、このロープって原始的なゴーレムなんだよね。正確にはゴーレムの一種か。生活魔法で植物繊維からロープを編み出すってのがあって、それをアレンジして何処にでもある土からロープを編んで、魔法陣を内包させて命令プログラムに沿って動くようにしたんだ。まぁ単純な行動しかさせられないんだけど、ロープだけに幾つかの部位に分けて魔法陣を仕込めば、3つくらいなら組み込めるからね。



・不審者が近付いたら足に巻き付いてぶら下げて無力化

・無力化中はびよんびよん跳ねて抵抗させ辛くする

・拘束を解除しようとしたら、道具を奪うか手が届かない場所へ弾く



一瞬でロープを無力化できなければ、これで一晩くらいは安全に過ごせると思う。魔術師が少ないこのご時世、大体がそこそこの実力を持つ旅人だろうしね。強力な魔法を使える魔術師がコソ泥をするとは思わないけど…居たらどうしよう?…まぁ居たらその時考えればいっか。


「てめぇ!返事しろや!!!」


「ごらぁっ!!!」


僕はふわぁとあくびを1つして、警報を停めると寝床にしてる馬車…の御者席によっこらせっと登って…敷いていたマントを掛けて寝た。ちなみに警報は自分しか聞こえないように調整してたので誰にも聞こえないと思う。魔力感知能力が高ければ聞こえたかも知れないけどね…。あぁ、2人の怒鳴り声は別かな?…この馬車の中には聞こえないように減衰結界を張っといたけど。2人には静かに休んで貰いたいからね!


「…あーあ。他の人たちが起きてきちゃったか…まぁ放置でいっか」


説明責任を果たすのは起きてから…ってことで、僕は残りの時間を寝て過ごすのだった。もし、4つ目の魔法陣で「捕縛した対象の声を出せないようにする」という機能を付与できていれば問題無かったのに、できなかったことであんな事態に陥るとは予想もできずに…


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はい。冤罪ですね?わかります…

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