エピローグ
エピローグ
慌てた部下の言葉に血の気を引かせて奉行所の門前まで駆ければ、それはもう殴ってしまいたくなるほどの笑顔があった。
「そんな顔しないでください。禍神に対抗し負った傷とあらば、我らが主も心配為されているのです」
「そうですか! そんじゃ、その御心だけ頂戴頂ければ十分ですので、どうかそのままお帰り頂けますかね!?」
神の直属の部下である臣下が、町の奉行所にやってくるだけでも重大事件だ。本来、奉行の責任者が出るべきところだが、生憎全員出払っている。いるのは、怪我をして休養している五条と粟田、そして長船だけ。できれば休ませてほしい。
だというのに、問題は夜鴉ではなく、その後ろにいる小さな姿の方。
「個人的には後処理の大変さについて愚痴を溢したいのですが」
「帰れ」
最後の虎渡の一撃は禍神どころかその周辺を抉り取った、人間とは思えない一撃だった。そんな人並外れた事案の愚痴など聞きたくもない。
「では、用事が済みましたらお暇させて頂きましょう。主。五条殿もお辛いでしょうから」
突然、臣下どころか国を治める神の一柱が現れたら、それはもう大事も大事。
「体の頑丈は取り柄ですし? 心配されるほどでもないですよ」
「嘘は良くない。お前も相当辛いだろ」
「いえいえ、妹神様が心配されるような怪我じゃないですよ」
本当は立っているのも辛いが、主神に弱音など吐けない。とにかく早く穏便に帰って頂くために笑顔を向けるが、そっと夜鴉に耳打ちされる言葉。
「主は文字通り、物事を見通す神眼を持っていますので、そういった嘘は良くないですよ」
「チクショウ……」
神ゆえに何でもありかと、愚痴を溢したくなる。
「あーはいはい。心配して頂き、感謝致します。所長たちに代わり、奉行警邏三番隊隊長五条が御礼申し上げる」
もうやけくそだった。
「それで……あのー妹神様? 後ろのは一体……」
先程から嫌な予感がしてならない、後ろで控えている虎渡が抱えている大きな風呂敷。
「見舞いの品です。禍神を倒すのに協力して頂いたのですから、当然の報酬かと」
「御言葉だけで十分! マジで!!」
怪我のせいか、精神的なことかわからない胃痛がした。
「本来泣いて喜ぶところですよ」
「そりゃアンタたちはな!? 一般人からしたら爆弾落とされたような気分だわ!」
「失礼ですね。一般人でも喜ばしいことでしょう。そもそも、主からの厚意を邪険にすると?」
「そんな恐ろしいことしたくねェから言ってんだよ!」
主神の厚意を邪険にするなど罰当たりなことできるはずがない。風呂敷の中身がなににしろ、重すぎると言っているのだ。
分かった上で笑っているのだから、この男は苦手だ。
「うわぁ…………」
嵐のように去っていた主神たちの置き土産を開くと、そこには重箱。
中身は、桜餅だった。
さすがの長船も、表情を強張らせていた。
この国において、主神の御神木は枝垂桜であり、桜を使用した桜餅は縁起物とされており、ハレの席では必ず置かれる。
ただの桜餅ならば構わない。だが、これを渡してきたのは、御神木が枝垂桜である主神本人。十中八九、この桜餅は御神木から作られている。
「正直なことをいうと、ここで療養させて頂けて本当に助かりました」
確かに、ひとりでこれをもらった日には困るどころではない。
「とりあえず、皆にも配ろうか」
「お、いいですね。世は道連れってやつですね」
食べるだけでも緊張する桜餅など一生経験することのない体験を、仲間にもさせてあげなければ。悪い笑みを隠しながら、近くを通りかかった隊員へ声をかけて戻れば、頬を膨らましている女がいた。
「めっちゃおいしいです」
「今、本気で粟田ちゃんを尊敬してる」
「どういう意味です!?」
押し付けられる桜餅の向こう側で、長船が困った笑みを浮かべていた。
闇夜に散り咲く光の花 廿楽 亜久 @tudura
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