第11話 陶子⑩

 手術の日は、悔しいほどの秋晴れの日だった。心地よい風が襟筋をかすめたが、心は沈んだままだった。

 病院に行くと、他にも同じような患者がいるのか事務的に進められた。カーテンで区切られた簡易ベッドの個室で、用意されたガウンに着替えると、早々に名前を呼ばれ手術台の上に促された。 

 横たわると、左腕に麻酔の注射が打たれた。看護師の

「いいですかー。呼吸をゆーっくりしながら数を数えてくださーい。行きますよー、ひとーつ、ふたーつ、みーっっつ・・・」

 五つまで数えて、その後はカチャカチャと医療器具の音と、脚の付け根を人工的に開かれる感触まで私は覚えていたが、意識が遠のくのと同時に深い闇が全てを覆った。


「陶子・・・?」

 優しく肩を抱かれ、目が覚めるとそこは簡易ベッドの個室で心配そうな顔の哲郎が覗いた。起き上がると、大丈夫?と手を添えられた。

 麻酔のせいか、記憶が断片的に抜けているらしい。哲郎がいることに腑に落ちない私の表情に

「今日と明日は安静にしといた方がいいって。シャワーは、浴びれるらしいから、帰ったらゆっくりするといいよ」

と言いながら、支払いに行ってくれた。

 私は洋服に着替え、術前と術後でもさほど変わらないお腹をさすると、自然に涙が出てきた。

“外見は、なんともないのに・・・“

 ついこの間まで、小さくあった命の灯りが静かに消えたのを感じたからだ。

 声こそ出なかったが、涙はいつまでも止まらなかった。


 どんなに辛くても、日々は容赦なく過ぎゆく。二日程は、安静にしていたが家にいても考え込んでしまうので、仕事には復帰することにした。重いものを持たない事務処理や、カウンターでの貸し出し作業を主にしていると一日は、あっという間だ。

 ただ、仕事はかろうじて普通に働けるのだが家のことは、まるで手につかなかった。

 “今更して何になる?“

という感情に阻まれると、気力が失われるのだ。

 そんな時、マリアから小包が届いた。この間忘れた日傘を送ってくれたのだ。包みを開けると、日傘と手紙が入っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

女たちは、夜の住人 リノベ和香 @rinobewaka

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ